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メイプルロード  作者: いてれーたん
これって恋?
53/110

一日目 ~英語・数学~


 翌日、テスト初日の金曜日。


 早めにベッドに入ったおかげで、目覚ましに合わせて起きられる。その瞬間から眠気はなく、今日から始まる戦いに顔を引き締めた。


 洗顔と着替え、朝食、登校する準備をすべて済ませて、空いた時間に少しだけ英単語帳を捲る。今日の教科は「英語」「数学Ⅰ・A」の二教科だ。茜ちゃんもテーブルの向かいに座って、数学の教科書を眺めていた。


 別に悪あがきってわけじゃない。ほんの少し自信が欲しいだけ。綴りの不安な英単語とか、数学の公式とか、そういうものの最終確認のつもりだ。


 登校中はさすがに見なかったけど、教室についたら無言でまた単語帳を開く。すでに来ていたクラスメイトたちも同じように、目の前のやるべきことに集中していた。茉希ちゃん、翔太、透までもが挨拶をそこそこに勉強に没頭する。教室内は昨日までなかった張りつめた空気に満ちていた。


 チャイムが鳴って、まずはいつも通りホームルームが始まる。榊先生が入って来て、黒板にテスト科目とそれぞれの時間スケジュール、テスト中の注意事項などを書いていった。


 試験監督は時間ごとに交代するらしく、榊先生は連絡を伝えると教室を出て行く。入れ替わりであまり教わったことのない先生が教壇に立ち、しきりに時計とクラスメイトたちを見回した。


「予鈴が鳴ったら教科書を鞄にしまってください。携帯電話も電源を切って、同じく鞄に入れてください。身に着けていたり、着信音が鳴ったりした場合、カンニングと見なしますので注意してください」


 先生がそう言ったのを合図に、クラスメイト全員がテストの準備にかかる。カンニングのもとになるものをすべてしまって、筆記用具の確認をする。やがて物音がしなくなると、これまで以上の緊張した空気が教室を支配した。自分の心臓の音が大きく聞こえるくらい静かだ。落ち着かない。


 緊張の波に呑まれそうになりながら、必死に頭の中で唱える。提出課題の範囲は完璧に解けるようになったし、英単語もさっきバッチリ確認した。後はテストで出てきた問題を、確実に解くだけだ。


 予鈴が鳴り、テスト用紙が裏向きで配られる。問題用紙が三枚、答案用紙が一枚だ。


 その五分後、テスト開始の本鈴が鳴り響いた。


「始めてください」


 先生のその言葉を合図に、俺はテスト用紙をめくった。








 まずは自分の組、出席番号、名前を書く。一通り問題に目を通して、時間配分を決める。問題をよく読み、答案方法までしっかり確認して、一つずつ解答していく。解答欄の場所もチェックするのを忘れない。見落としに注意しながら、落ち着いて、確実に……。


 問題自体は教科書と問題集をベースに作ってあるようで、すべての英文を読まなくても訳は覚えている。授業でやったことも頭に思い浮かべながら、問題を解く。中には指名されて答えた問題もあって、ああいうことがあると忘れる心配がなくていいな、とも思った。授業も疲れるばかりじゃなくて、ちゃんと成果があったってことだ。


 結果的に言えば、スラスラ解けた。問題を確認して解くまでがスムーズで、すべての解答欄を埋めてからも、三度も見直しをする時間が取れた。予想以上に勉強の成果が出ていて、自分でもびっくりするぐらい。


 次の時間の数学も同じだった。どこかで見たことのある問題がほとんどで、解き方はおろか答えまで暗記している勢いだ。もちろん浮かれたりせずに確認、慎重を常に意識して解いたけれど、内心では笑いそうなくらい余裕だった。


「そこまで」


 数学の試験監督の先生が告げると同時に、クラスメイトたちから気の抜けた声や息が上がる。中には腕をあげて伸びをする姿もあった。俺も身体の力を抜きながら、答案用紙を前に回した。


 答案用紙を回収し終えた先生が教室を去り、しばらくしてから榊先生が帰ってきた。今日のテストはこれで終わりなので、帰りのホームルームが始まるのだ。


「まずは数学の課題ノートを回収する。後ろから集めてきてくれ」


 先生が言い、それぞれの列ごとにノートの回収が始まる。答案用紙を集めたときと同じように、俺も自分のノートを重ねて前に回した。


「これで一日目は終了だ。明日は週末だが気を抜くなよ。次のテストは月曜、科目は『日本史』『現代文』『化学』の三つだ。各教科の課題も忘れないように。連絡は以上だ」


 榊先生の眼鏡をかけた目元がいつもより険しい。数学の担当教師なので、これから添削・採点作業になるんだろう。他にも数学の先生はいるはずだけど、何人かで分けたところで答案用紙の量が多いことに変わりはない。それに加えて回収した課題ノートの添削も……大変だろうけど、頑張って。


 号令がかかり、解散と同時にすぐ榊先生は出て行った。クラスメイトたちもそれぞれの顔をしながら教室を後にしていく。けっこう解けて自慢してる人や、予想外に解けず青くなっている人など、表情はまちまちだ。


「お姉ちゃん、どうだった?」


 茜ちゃんが鞄を持って隣に来る。


「うん、けっこう……いや、かなり自信あるよ。茜ちゃんは?」

「そっか、えへへ。わたしも同じくらい」


 俺の心配をしてくれたあたりは茜ちゃんらしい。返事を聞くとすぐに顔を綻ばせて安堵していた。そこへ、茉希ちゃんたち三人も集まってくる。


「そういう顔してるってことは、案外余裕そうね、二人とも」

「おかげさまで。そっちはどうだった?」

「んー、アタシはそこそこってところかしら。運が良ければ褒められる点数、かな」

「俺は思ったよりも解けたほうかな。課題で目をつけてたところがドンピシャでさ、内心ガッツポーズした」


 茉希ちゃんと翔太は予想通り、無難に今日のテストを乗り切ったみたいだ。結果が分かるまでなんとも言えないけど、二人とも言葉より自信がありそう。


「それで……」

「聞くな」


 名前を呼ぼうとした瞬間にすぐさま遮られる。まだ何も言ってないんだけど。さらに透は逃げるように教室から出て行くので、俺たちも追いかけるように帰路についた。


「まあ、その態度だけでお察しよね」

「絶望的ってわけじゃねーよ。運がよけりゃ赤点だけは避けられる程度に解けた自信があんだ。けど、お前らと比較しちまうと惨めになるんだよ」

「一夜漬けでそこまで解けたのなら、ちゃんと勉強してたらもっといい点とれたと思うな」

「でも明日から丸二日あるじゃない。むしろ帰ってからすぐ勉強すれば、今日みたいなことにはならないわよ」

「簡単に言うなよ……」


 茉希ちゃんの案はもっともなのだが、透は苦い顔をしてそっぽを向く。そんなに勉強が嫌いなんだろうか。でも苦労してるってことは、本人は勉強しなきゃって思ってそうなんだけど。


「だったら、どこかに集まってみんなで一緒に勉強しない?」

「みんなでって……俺としてはすげえ助かるけど……」


 茉希ちゃんの提案に、透はもごもごと言葉を濁らせる。


「けど、俺なんか足手まといだぞ? 迷惑なんてかけられねーよ」

「迷惑なんかじゃないよ。一緒に勉強するんだから、わたしたちにとってもいいことだよ」

「茜の言う通りだね。みんなと一緒なら楽しいだろうし、モチベーションも上がるんじゃないか?」


 茜ちゃんと翔太は賛成して、透を促すほうに移った。


「楓はどう?」

「いいに決まってるよ。むしろ歓迎する」


 茉希ちゃんに話を振られて、俺は即答した。教え合ったほうが勉強が捗ることは、ここ一週間の茜ちゃんとの勉強で実証済みだ。透の役に立つならぜひ活用したい。


「決まりね」


 茉希ちゃんがその場を仕切り、勉強会の開催が決まった。


「ねえ、どこに集まるの?」


 そうとなったら場所の問題が出てくる。五人が一度に入れるところって、どこがあるだろう。


「ここは無難に図書館とかじゃないかな。勉強スペースもあって静かだしさ」


 翔太が提案したが、茉希ちゃんは首を振った。


「あー、この時期はやめたほうがいいわよ。みんな考えることは一緒だから、テスト期間中はけっこう混むみたい」

「そうなんだ。じゃあ、誰かの家とか……」

「わたしの家ならどうかな?」

「茜……と楓の家ね? アタシたちは助かるけど、大丈夫なの?」

「平気だよ、お父さんは仕事だから。お姉ちゃんもいいよね?」

「うん、いいよ」


 案外あっさりと場所も決定。みんな一度帰って着替えてから、北見家に集合することになった。


 みんなと別れて二人きりになると、茜ちゃんは少し速く歩き始めた。歩幅が同じなので、俺も自ずと早歩きになる。


「どうしたの?」

「うん、みんなが来るなら洗濯物を取り込まなきゃって。ついでにお掃除もしたいし」

「あー、うん、なるほど」


 訪問者に干してる洗濯物は見られたくないよな。部屋を綺麗にしたいっていうのもよくわかる。茜ちゃんのことだから、みんなに快適に勉強してほしいという心遣いなんだろう。


「俺も手伝うよ」

「うん」


 鞄の紐を肩にかけなおして、なるべく帰宅を急いだ。



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