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メイプルロード  作者: いてれーたん
これって恋?
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学生の試練


 廊下で待ってくれていた茜ちゃんと茉希ちゃんと合流し、ようやく教室に帰ってくる。


「何だか難しいことになったわね」

「うん。ここまで話が拗れるなんて思ってなかった」


 歩きながら職員室での顛末を聞いた二人の感想がこれだ。榊先生はアルバイトに肯定的だったのに、そこへ鹿角先生が割り込んできて討論に発展、最終的には校長先生までご登場。たった一人の生徒のアルバイトが、こんな大事になるなんて。


「ほんと、鹿角って余計なことしかしないわね」

「まったくだ。途中まではすぐに許可が下りそうな雰囲気だったのに」


 ぶつぶつと文句を言いながらお弁当を広げる。いつものように机をくっつけて、ようやく三人で昼食だ。あんなに話が拗れることもなければ、もう少し早く食べ始められたのに。


 今思い出しても腹が立つ。あの時の鹿角先生の笑みは、絶対に狙ってた。アルバイトしたいと言いに来たのが俺だったから邪魔した、そうとしか思えない。


「中間テストが良かったら許可が下りる、かぁ。でも、具体的にはどうなの?」

「具体的に、って?」

「要するに何点取ればいいわけ? そりゃ満点取れれば文句ないだろうけど、もしそう言われたら楓は取れる自信あるの?」

「うっ……」


 そうだ、よく考えたら細かい話を全然聞いてない。あの場が収まってすぐは頭にもなかったけれど、いい点とかいい成績とか、そういうのは先生側が決めることなんじゃないか?


「でもそれ、榊先生が言い始めたことなんでしょう? お姉ちゃんのためなら何とかしてくれそうな気はするけど……」


 茜ちゃんのは一種の楽観的意見だけど、正直そうじゃなかったら俺には荷が重すぎる。


 中間テストは当然ながら、それぞれの教科担当の先生たちが問題を作る。化学担当の鹿角先生もそれに関わるわけだ。となると、今回だけ難しく出題する可能性だってあり得る。いや、あの先生のことだからやりかねない。


「放課後に榊先生ともう一度話すんでしょ? その時に聞きたいこと、まとめておかないとね」

「そうだな……ルールに見落としがあったらまずい」


 茉希ちゃんの言葉に頷きながら、俺はプチトマトを口の中に放り込む。


「あとは、テストの範囲とかも聞かないと」

「むぐ……勉強のほうは、あんまり心配してないんだけどなあ」


 何度も言うが、俺にとっては二度目の一年生だ。去年もそこそこの点数を取った俺が、また同じ授業を受けて同じテストを受けるのなら、高得点は約束されたようなもの。


「油断はよくないよ。お姉ちゃんって勉強はできるけど、何でもないところで凡ミスしちゃうじゃない」

「う……茜ちゃん、痛いところを」

「計算ミスとか単位付け忘れとか、そういうのを減らす訓練しないとね?」

「はぁい……」


 俺はテストでしょっちゅう凡ミスをしてしまう。そのせいで普通なら高得点を取れたはずのテストも、不本意に点数を下げてしまっている。過去一番酷かったのは中学の時の数学テスト。計算結果を記号の中から選ぶ問題なのに、解答用紙に思いっきり数字で答えを書いてペケにされた。


 問題を解くときは注意するようになったけれど、依然として見落としや凡ミスはなくなっていない。勉強はできているのに、その結果を残せていないのだ。


 今回だけは気が抜けない。お弁当を食べながら、決意とやる気を固めた。








 午後の授業はもう、眠気がどうのなんて言ってられなかった。中間テストまであと十日、今習っているところも出題されるかもしれないとなれば、頭に叩き込む必要がある。その思い込みだけで、いつもよりも集中できた気がする。


 そこまでアルバイトしたいのか、と自分でおかしく思った。でも、本心はその通りだ。一生懸命育てた花の蕾がいつ開くのか、心待ちにしているような感じ。一種の興奮状態、わくわく感。もうすぐ綺麗な花が見られる、楽しみの時がやってくる。そうわかっているから、頑張れるんだと思う。


 アルバイトもそうなんだろう。一生懸命働いたあとのご褒美があるってわかってるから、やりたいんだと思う。それが何かはまだわからないけど、俺はそれが楽しみでしょうがないんだ。だから勉強も頑張れる。


 そんなふうに授業が終わって、榊先生が教室に戻ってくる。配布物らしきプリントを抱えていて、連絡事項を伝え終わるとそれを配り始めた。


「みんな知っての通り中間テストは十日後だ。今配っているプリントにはその出題範囲が書いてある。各教科、提出課題もあるみたいだから、確認しておくように」


 前の席から回ってきたプリントを見る。中間テストは主教科、「国語」「数学」「理科」「社会」「英語」から七教科が実施される。こう考えるとややこしいけれど、高校生からは一つの教科が分かれて増えるから、テストでも勉強することが多くて大変だ。具体的には、「国語」は「現代文」「古文」の二つになるし、「理科」なんかはクラスによって「化学」「物理」「生物」の三つになるらしい。


 それを踏まえると、実質は「現代文」「古文」「数学Ⅰ・A」「化学」「日本史」「地理」「英語」の七科目という表記になる。これらが今回の中間テストの教科だ。クラスによっては選択科目などでテスト科目は違うこともあるらしい。俺は去年も今年も同じ教科なので、そこは心配なさそうだった。


 クラスメイト達が青い顔をする中、先生が号令をかけてホームルームを終わらせる。絶望のあまり起立も礼もしない人がちらほらいたけど、お構いなしだった。


「北見楓は少し残ってくれ」


 榊先生に呼ばれることはわかっていたので、俺は鞄をそのままにして教壇に上がった。


「昼間はすまなかったな。不本意ながらお前を試す形になってしまうが」

「いえ、先生のせいじゃないですし、俺も大丈夫です」

「ふむ……勉強のほうは自信があるのか?」


 先生が意外そうな顔をして俺に聞いてくる。居眠りしていた生徒が言うんだから、信用がないのもしょうがないか。


「まあ、悪いほうじゃないので、これから勉強してテストに備えます」

「中学と違って教科も多いから、大変だぞ。まあ、そこまで言えるなら私は信じるが」

「その、テストのことで質問なんですけど……」

「なんだ?」

「今回のテストでいい成績だったら、アルバイトの許可が下りるってことはわかったんですけど、いい成績って具体的にはテストで何点取ればいいんでしょうか?」

「ああ、その話もしてきた。鹿角先生と校長先生、他の先生方も含めてな」


 榊先生は手帳を取り出して見ながら言う。俺からは見えないが、多分話し合いで決めたことが書いてあるんだろう。


「具体的には七教科すべて八割以上を取れば合格点だそうだ。居眠りの件があったせいで、これ以下の点数は鹿角先生に断固拒否されてしまった。少し高めで厳しいかもしれないが、どうだろう?」

「八割って言うと、八十点以上ですか。それも七科目全部……」


 聞くだけだとかなり高いハードルに感じる。実際、去年の俺の中間テストの平均点は七十五点くらいだ。授業を真面目に受けて、課題をきっちりやってこの点数なので、今回はそれ以上の勉強が必要になる。けれど、決して届かない点数じゃない。


「難しいか?」

「はい。でも、頑張ります。先生がくれたチャンスですから」


 顔を上げて答えると、榊先生は嬉しそうに笑った。


「ああ、私はお前の味方だ、応援している。わからないことがあったらいつでも声をかけてくれ。それと、こっちはあまり心配していないが、各教科の課題もきっちり提出することが前提だそうだ。さっき配ったプリントで確認しておくんだぞ」

「わかりました」

「伝えることは以上だな。部活があるから私はもう行くぞ。頑張れよ」

「はい」


 日誌や連絡帳を手に教室を出る榊先生を見送る。俺も帰ろうと、鞄を取りに自分の席へ戻った。そこにはもう帰り支度を済ませた四人が待っていた。


「お話は終わり? じゃあアタシたちも帰りますか」

「お姉ちゃん、帰ったら勉強だからね。ちょうどわたしもわからないところがあるし、一緒にしよう?」

「あーぁ、テストかあ。課題とかもっとやりたくねー」

「教科も多いから量もすごいな。俺も勉強がてら、今日からやろうかな」


 茉希ちゃん、茜ちゃん、透、翔太。それぞれがテストへの姿勢を見せながら。


「待たせてごめん」

「いいのよ。って、そろそろこのやりとりやめない?」

「いや、まあ、なんとなく言っとかないと」


 俺が一人で帰れないのを、わざわざ待ってもらってるんだから、言葉だけでも言わないと。待ってもらったり助けてもらったりするのを、当たり前だとは思いたくないし。それを変に思ったのか、透が口を挟む。


「変なとこ律儀だよな、楓って」

「透も見習えば?」

「うるせーぞ翔太、今日借りたCD返さなくてもいいんだな?」

「なんでさ! 律儀から遠ざかってただのパクリだよ!」


 男子二人が騒がしく言い合うのを笑って、俺たちは帰路につく。その道すがら、榊先生と話したことを伝えた。


「高校生初めてのテストで全教科八十点以上って、かなり厳しいわね」

「そう言う茉希ちゃんはできると思うよ。わたしは無理だけど……」


 俺が思うには茜ちゃんも大丈夫だと思うけどな。授業聞いて課題やれば、わからないところはほとんどないし。


「翔太はどう? あんた、けっこう頭良さそうだけど」

「いや、俺も自信ないな。平均点取れるかどうかがいいところさ。透は?」

「取れるわけねーだろ、そんな天文学的数字。こっちは赤点取るか取らないかの瀬戸際だぞ?」

「それはあんたが真面目に授業受けてないだけでしょうが!」


 翔太もまあそこそこできるとして、透はなんで胸を張ってそんなこと言えるのか。茉希ちゃんの突っ込みも当然だが、それ以前に「天文学的数字」って言葉の使い方を間違ってる気がする。


「楓の応援なんてしてられないわ、透。あんたも今日から勉強漬けよ。アタシが見てやるからしっかりやんなさい」

「いらねーよ、課題してりゃ何とかなるだろ?」

「その課題すら解けないかもしれないから言ってるの! そういうわけで、アタシたちこっちだから、またね!」

「ちょ、ぐえ、襟を引っ張るな……」


 住宅街に入ったところで、透の抵抗虚しく茉希ちゃんに連行されていき、俺たちと別れる。なんか白目剥いてるけど大丈夫だよな、透……。


「じゃあ俺もこっちだから」

「またね、翔太くん」

「また明日」


 少し進んで翔太とも別れる。北見家はもうすぐそこだ。


「みんなテスト前でちょっと緊張してるね」

「そうなんだ。茜ちゃんも?」

「うん、やっぱり不安かな。教科が多いし難しいし……お姉ちゃんこそ、もっと緊張したほうがいいよ」

「わかってる、気を抜いちゃいけないもんな。勉強、頑張らないと」


 全教科八十点以上。この高めの目標を目指して、俺はやる気を総動員させることにした。



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