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メイプルロード  作者: いてれーたん
生まれ変わった日
5/110

学校へ通う方法

 

「やっほー! かえでーただいまぁー!」


 ノックもなしにドアを乱暴に開け、大きな荷物を抱えた女性が病室に踏み込んできた。かなり大きなキャリーケースに、これまた大きい旅行鞄を乗っけて、背中にはバックパックを背負っている。春なのに半袖短パン、顔にはサングラスと、どんな装備だよと突っ込むのも躊躇われる。ポニーテールが若々しいが、実年齢は高校二年生の息子を持つ母親として相応の歳だ。


 悲しいかな、こんな外見も言動もクレイジーな女性が、正真正銘の俺の母さんである。


「ただいま、じゃないよ。病院なんだからもっと静かにしてよ」

「なによー久々に帰って来たんじゃないの。長く我が息子に会ってなかったんだからはしゃいだってしょうがないじゃな……」


 早口だった母さんが突然のフリーズ。凝視するその先には俺。何だか知らないけど悪い兆候だというのはわかる。やがて母さんはぎこちなく口を開けた。


「もしかして、今のやりとりしてたほうが楓?」


 俺の隣にいる茜ちゃんと、俺を交互に見比べてから、再び俺に焦点を合わせる。どんな母親でも息子が女の子になったら驚くだろうと思っていたが、俺の母さんが困惑する表情は初めて見た。


「ていうか、二人ともすごいそっくり……まさか姉妹? ええと、片方は茜ちゃんよね?」

「は、はい」


 思わず頷いてしまう茜ちゃん。ネタばらしは最後にしたかったし、母さん自身がどっちが俺か見分けてほしかったのだけれど、咄嗟に俺が母さんの格好に突っ込みを入れたこともあって、母さんもある程度の目星はついてしまったらしい。


「そうだよ。相変わらずだね、母さん」


 正体を明かして微笑んでみせると、母さんは驚きのあまり目を見開いた。茜ちゃんと姉妹みたいな姿なら当然か。あるいは、まだ信じきれてないかも。元から変なんだから、混乱してさらに暴走はしないでほしいけど――。


「ま、マジでえええええ!?」

「うわっ?」


 絶叫したかと思うと荷物を放り出し、俺に抱き付く母さん。俺の心配をそっちのけで、なぜか満面の笑顔。俺の予想は脱線事故して思考回路が混雑状態だ。目を白黒させている間も母さんは俺の身体を離さず、ぐりぐりと頭を撫で始める始末。


「ちょっトかあさん、クルじい、いたイ」


 片言みたいに言葉にしながら、抱き付いて離さない母さんの背中をバシバシ叩く。ギブだ、ギブ。こんな小さい身体とはいえ、全然抵抗できなくなるとは思わなかった。母さんは生前の俺と同じくらいの身長がある女性だし、大人と子供の体格差もあって、完全に押さえ込まれている。


「ああ、ごめんね。楓がこんな可愛くなってたから、興奮しちゃって」

「色々と問題発言だぞ、あおい

「あら、いつきも来てたの。ご無沙汰ね」


 母さんの後ろからおじさんが登場した。葵とは母さんの下の名前だ。俺の父さん、りょうと合わせてこの三人は、大学時代から仲の良い友人同士だと聞いている。同じ医学部だったから、というのもあるそうだ。進路にバラつきは見られるが、三人とも医学関係に進んでからは、たまに連絡を取り合うらしい。今回俺の両親に連絡してくれたのもおじさんだ。


「来てるも何も、ここは私が手配した病院だ。楓くんの容体は安定しているが、いつでも不測の事態に対応できるようにしておかなくてはな。幸い、杞憂に終わって何よりだが」

「そうね。今回のことは本当にありがとう。楓を生き返らせてくれたのは驚いたわ。おまけにこんな可愛くなっちゃって……」

「むぎゅう」


 未だに離れない母さんは今の俺が相当気に入ったらしく、ほっぺ同士をこすり合わせてご満悦のようだ。小さい頃はこんなスキンシップを取ったかもしれないが、大きくなった今は恥ずかしくてしょうがない。逃げようにも身体はがっちりホールドされていて、そのまま母さんの頬ずりを受け入れるほかなかった。


「とにかく、一旦楓くんから離れろ。大事な話だ、時間もないんだろう?」

「そんなことないわよ。あたし、一ヶ月は日本に滞在できるよう、支部長に交渉してきてるから」


 支部長というのは、母さんたちが医療活動の拠点としている支部を纏める人だ。基本的に活動は支部長の判断と指示で指揮が取られ、母さんたちのようなスタッフが実質的な救援を行う。要するに母さんたちの上司であり、会社の位でいえば専務だ。


「飛行機が飛ばない二週間もの間、ただあたしが悶々と空を見続けたと思う? 楓のことが心配だから、少なくとも一ヶ月は傍にいさせてくれって、寝込みも襲って頷かせたわよ」

「言わんとしていることはなんとなくわかるが、言葉の使い方がおかしいぞ。まあ、時間があることはわかったが、お前だけの話ではない。私にも仕事がある。結局、時間は有限なのだ。わかったら、さっさと椅子に座れ」

「わかったわよ。相変わらずお堅いんだから」


 ようやく母さんは俺を解放して、茜ちゃんの隣の丸椅子に腰かけた。乱暴に撫でられて頬ずりされたせいで、せっかく茜ちゃんが整えてくれたツインテールが酷いことになっている。溜息をつきながら、俺はゴムを引っ張って髪を解いた。


「それにしても、本当に二人、姉妹みたいね。楓の面影がなくてちょっと寂しいけど、これはこれで悪くないわ」


 あ、少しは寂しいって思ってくれてたんだ。自然に言われたからスルーしかけたけど、そう思ってくれているなら嬉しい。


「そのことで少し話があってな。楓くん、君は今まで通り学校に通いたいか?」

「えっ? 学校に通えるんですか?」


 思ってもみなかったことに驚いた。小坂楓は死亡扱いなのだから、俺が通っていた高校には籍も残っていないだろう。もう高校に通えないと思っていたから、おじさんの言葉にはかなり驚いた。


「今まで通りと言っても、別人を装ってもらう必要はあるがな。君が高校に通いたいというなら、手続きはしておこう。予定としては茜と同じクラスに配属してもらうつもりだ」

「茜ちゃんと? でも、学年が……」

「君の肉体年齢で言えば茜と同級生でも問題ない。双子の姉妹ということで通せば辻褄も合うだろう。むしろ学年を一つ上げて君の友人に気づかれることが危険だ」

「そこは大丈夫よ。楓に友達なんてほとんどいないから」


 横から口を挟んだのは母さんである。


「な、なんではっきりと言っちゃうんだよ……」

「だってあんた、電話でも一度も友達のこと話したことないじゃない。学校でのことより、花の世話のこととか、茜ちゃんとどういう話をしたとか、そういうのが多かったわよ。実際は学校で話せる人なんて少ないんでしょ?」

「う……そりゃ、多いとは言えないけど……」


 クラスの同級生と親しく話せていたかと言えば、実はそこまでじゃない。友達と言える奴も数人いるくらいで、親友と胸を張って言える人はいなかった。何をもって親友と言えるのかはよくわからないけれど、茜ちゃん以上に親しい間柄になった人はいない。


「問題は親しいかどうかではない。生前の楓くんを知っているというだけでも、今の楓くんに接触することは避けたほうがいいんだ」

「そんなに神経質になることかしら? 誤魔化せばなんとかなるわよ」

「それだけではない。今の楓くんはその身体に慣れていないだろう? 男が女の身体になったのだから、普段の生活にも調整が必要だ。そのためにも茜と同じクラスに編入させようと言っているんだ」

「じゃあ、茜ちゃんに楓のフォローをさせるってこと?」

「その通りだ。双子の姉妹であれば一緒にトイレや着替えに行っても不思議はない」


 なるほど、確かに慣れない女の子の身体で、一人で行動するのは心細い。だったら茜ちゃんがいたほうが、幾分か安心できて気が楽になる。おじさんの提案はもっともだと思った。


「あの、今更だけど……」


 そこでおずおずと口を開いたのは、これまで黙っていた茜ちゃんだった。


「お父さん、わたしとお兄ちゃんが姉妹っていっても、苗字はどうするの?」

「その点だが、今の楓くんには名前を変えてもらおうと考えている」

「えっ」


 おじさんの言葉に二人が驚く。俺に至っては声を出すのも忘れるほどだった。我に返って真っ先に母さんが声を上げる。


「変えるって、苗字を? そしたら楓は、樹の子供になっちゃうじゃない!」

「もともと身体の提供者は私と茜だ。つまり、今の楓くんは私たちと肉体的な血の繋がりがある。親権が誰にあるか言うまでもないだろう」

「そんな!」

「今の楓くんが北見家と何の繋がりもないことにして、高校に通わせるのも難しいんだ。茜とはこれほどまで似ている。学年が違ったとしても事あるごとに接触しなければならないだろう。楓くんには茜のフォローが必要だからな。姿が似ていて親しいとあれば、姉妹であるほうが自然だ」


 母さんもおじさんの話が道理であるのは理解している。だからといって戻ってきた息子が、知り合いとは言え他の家の子になることには反対なんだ。いつも海外で滅多に会えない両親だから、俺のことをどんなふうに思っているのかわからなかったけど、意外に愛されていたのか。母さんが俺を手放したくないって言ってくれて、ちょっと嬉しい。


「そもそも、生前と同じ名前というだけで危険だ。楓という名前はよしとしても、苗字までは看過できない」

「そりゃそうだけど……」

「楓くんの蘇生には様々な非公開技術が実験的に使われている。クローン技術、記憶と人格の保存、継承。それらを守ることがどれだけ重要か、君にならわかるはずだ」


 そう言って説き伏せられ、ついに母さんは口を噤んだ。おじさんの言うことは正しいんだろう。感情では納得できないといった母さんだが、頭では必要なことと理解しているのだ。だから反論できないでいる。


「じゃあ、楓はそれでいいの?」


 急に水を向けられて、他人事みたいに考えていた俺は動揺する。


「あんたの今後の話なのよ。生き返ったとはいえ、北見おじさんの子供になるのよ。それでもいいの?」


 そうだ、俺の人生に関わる話じゃないか。我ながら傍観者スタンスだったことに呆れる。でも、言うほど北見家の子供になることは悪くない。すでに家族の延長のように深い間柄だし、母さんと会えなくなるわけじゃない。


「俺はいいと思うよ。名前は避けられない問題みたいだし、それにもし家族の枠が変わったとしても、俺の母さんは母さんだけだから」

「楓……」

「そうだ。何も楓くんのすべてを私たちに譲れと言っているわけじゃない。あくまで形式上のことだ。親子関係を崩してほしいなどと微塵も思っていない。これまで通り、葵の子は楓くんだ」

「……そうね。我儘を言っている場合じゃない。今の楓には北見の名前が必要だわ」


 おじさんが俺の言葉に補足して、ようやく母さんの腹が決まったらしい。母さんは椅子の上で姿勢を整えて、二人に向き直った。


「樹、それと茜ちゃん、これからも楓をよろしくね」


 かくして俺は、北見楓と苗字を改め、茜ちゃんと双子の姉妹になることになった。



2016/10/27 会話表現を一部修正

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