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メイプルロード  作者: いてれーたん
黄金週間
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ゴールデンウィーク最終日


 菊池さんとのお出かけから二日経ち、その朝。何度もスヌーズ機能で繰り返し鳴るアラームを電源から止め、午前九時を指す針を見ながら、土日以外でこんな時間まで寝れる日も今日までと布団の中でしみじみ思う。


「お姉ちゃん、そろそろ起きない? いい天気だから、お布団干したいんだけど」


 ドアが開き、茜ちゃんが顔を出す。俺も今日はやることがあるし、一日中寝ているわけにもいかない。


「うん、起きるよ」


 もぞもぞと布団の中から這い出て、顔を洗いに一階へ下りた。


 顔を洗って着替えて、それからご飯とお味噌汁の簡単な朝食も済ませて。身体が温まってきたところで、まずはゴールデンウィーク前に学校から出された課題に取り掛かる。


 毎日少しずつ、一定のペースで進めていたおかげで、量も残りわずかだった。ちなみに茜ちゃんは数日前に全部終わらせてしまったらしい。そんな我が妹は今日も掃除や洗濯に勤しんでいる。天気がいいし、連休の最終日なのでやれることやろうと気が入っていた。


 俺はそれを少し気にしながらも、もくもくと課題を進めてお昼頃には終わらせることができた。掃除が一段落した茜ちゃんと、そのままリビングで昼食をとる。炊飯器に残ったご飯とお味噌汁、焼き鮭で朝より少しボリュームを持たせたお昼を茜ちゃんと食べ終えた。


「片づけ手伝うよ」

「今日も? 気にしなくていいよ、いつものことだし」

「手伝いたいんだよ。茜ちゃんばっかりに頼ってると全然お姉ちゃんらしくないからさ」

「そう? じゃあわたしお皿洗うから、お姉ちゃんはすすいで乾燥機に並べてくれる?」

「うん、わかった」


 最近になって、俺は茜ちゃんに家事の手伝いを申し出るようになっていた。俺も小坂家で家事全般をやっていた身なので、できる以上は手伝わなければいけないと前々から思っていた。もちろんきっちりやる茜ちゃんのほうが上手なので、今はお皿洗いや食事の前の食器の準備、簡単な掃除くらいしか任されない。


「お姉ちゃんがお手伝いしてくれるのは助かるし嬉しいんだけど、急にどうかしたの?」

「いや、本当はここに来た時から手伝いはしなきゃって思ってたんだけど、茜ちゃんのほうが上手だし、俺だと邪魔になるかなって思って言えなかった。でも最近になって、俺ももっと料理とか掃除とか、上手になりたいって考えるようになったんだ」

「そうだったんだ」


 二人が肩を並べると、シンクの前ではさすがにちょっと狭い。でも一人でやるよりはやっぱり効率は良かった。茜ちゃんが泡立てたスポンジで洗ったお皿を、俺が受け取って水で流し、横にある食器乾燥機に並べて入れていく。食器も二人分しかなかったので、十分にスペースを開けても全部入れることができた。後は乾燥させる時間をタイマーでセットして、蓋を閉める。


「家事って他には何かすることある?」

「うーん、午前中に掃除も終わっちゃったんだよね。洗濯物を畳むのもまだ早いし」

「そっか。じゃあ取り込む時とか、俺も手伝えるなら教えて?」

「うん、いいけど……」

「ちょっとやりたいことがあるから、隣に行ってるね」


 首を傾げる茜ちゃんを置いて、俺はそのまま靴を履き外へ出る。隣というのは小坂家のことで、やりたいことは久々の園芸だ。


 この二日間でサルピグロッシスのことをいろいろと調べて、ようやく育てる決心がついた。というのも、種からなので土からちゃんとしていないと育たないからだ。調べた限りでは菊池さんに聞いた通り、ペチュニアと似通った世話の仕方でいいみたいだ。そこから必要な道具、土などを調べて、小坂家にあるものでできることも確認した。


 調べていて気になったのは、ペチュニアは二十~二十五度の割と高い温度で発芽するとあったのに、サルピグロッシスの種まきシーズンは四月いっぱいまでだったことだ。最近は暖かくなってきた上に、今日から梅雨まではしばらく晴天が続くらしいので、ペチュニアにとってはちょうど頃合いだ。けれど肝心のサルピグロッシスについては情報が少なくて、発芽温度まではわからなかった。どちらにしても条件を満たせば発芽するはずなので、早いほうがいいだろうと判断した。そして今日、やっと種まきというわけだ。


 久々に小坂家の外にある物置を開ける。先月も開けたばかりだけど、相変わらず少し埃っぽかった。お目当ての大きい鉢と園芸用土を数種類引っ張り出して玄関に並べる。屈んだ時に顔にかかる髪を払いつつ、園芸用土の袋を開けた。


 種まきには有機物をたくさん含んだ培養土が必要になる。特に腐葉土には、芽が出た後の成長に必要な栄養分をよく含んでいるので、培養土には最適だ。けれどそれだけだと過湿に弱いサルピグロッシスは上手く育たないので、水はけのいい赤玉土などを混ぜ込むことにした。鉢の底から順にバーミキュライトを一割、小粒の赤玉土を六割、培養土を残りの三割で埋めて層にする。


 ここでようやく種のご登場だ。パッケージを開けて一度掌に落としてから、鉢の土の上に間隔を空けつつ満遍なく撒く。サルピグロッシスは光好性といって、字のごとく光を好む性質を持つので、穴を掘って埋めたりはしない。細かい種が飛ばないように薄く土をかける程度だ。後は目の細かいじょうろを使って、種が流れ出さないように優しく水をやって完成。最後にその鉢を日当たりのいい玄関傍の軒下に置く。


「呼んでくれたらわたしも手伝ったのに」

「ああ、茜ちゃん。ちょうど終わったところだよ」


 作業に集中しすぎて、いつの間にか近くに茜ちゃんが来ていたことに気づかなかった。


「もう、色んなところ土まみれになっちゃってるよ。服の袖とか顔とか、髪まで。長いんだからこういうときは括らないと」

「ごめん、忘れてた」


 作業中に幾度となく顔にかかってきて煩わしかったので、構わず土を触った手で払いのけていたんだから無理もない。茜ちゃんは俺の髪を後ろに纏め上げると、持ってきていた濡れタオルでごしごしと髪や顔を拭いてくれた。なんだか、泥遊びした後の子供みたいだ、ちょっぴり反省。


「種まき、できたんだよね。いつごろ芽が出るの?」

「上手く行けば一週間以内には。暖かいからすぐだとは思う」

「そうなんだ。楽しみだね」


 茜ちゃんは興味津々に鉢を見つめた。


 ペイスから帰ってきたその日に、サルピグロッシスの種を菊池さんに貰ったことや、柊さんにアルバイトに誘われたことは話している。当然茜ちゃんだけではアルバイトの判断はできないので、翌日おじさんに電話で聞いた。結果、おじさんは俺がやりたいことをやればいいと言ってくれて、家族間での話はついたことになった。もちろん明日には学校の先生にも許可を仰ぐつもりだ。


「先に戻ってるね。おやつを用意しておくから、片づけが済んだら戻って来て」

「うん、ありがとう」


 お礼を言ってタオルを返すと、茜ちゃんは一足先に北見家へ戻った。さて、使った道具や土を片づけなければ。せっかく綺麗にしてもらったから、今度は髪を汚さないように気をつけよう。


 土の袋をきつく閉じて、虫や雑草の種が入らないように、さらにビニール袋に入れて縛る。使ったスコップに着いた土をその場で落とし、すべてを物置の中に戻した。最後に箒と塵取りで作業後の玄関先を掃き、集めた土をゴミ袋に入れた。


「ふう、終わりっと」


 綺麗になった玄関先で一人満足げに呟き、さっき種を撒いた鉢を見る。芽が出てくるのが本当に待ち遠しい。ううん、正確には芽が出たのを菊池さんに報告できるのが、楽しみでしょうがない。


 本葉が増えたとか、背が伸びたとか、蕾が付いたとか、これからそういう話をいっぱいできる。菊池さんも楽しみにしているだろうから、きっと喜んでくれるはず。そのためにも一生懸命、大切に育てなきゃ。


「明日、また来るね」


 呟くように種たちに言い残して、俺は北見家へ戻った。


 ゴールデンウィーク最終日。天気は晴れ、平均気温は二十度。手伝いたいと言ったからか、茜ちゃんは午後から俺にも家事をさせてくれた。よく乾いた洗濯物を畳むのを手伝ったり、夕方には一緒に夕飯を作ったり。やることがなかったら、リビングでテレビのワイドショーやニュースを見て過ごした。


 その中で時折、今日撒いた種が早く芽を出しますようにと願っているうちに、その一日は過ぎ去った。



ようやくゴールデンウィーク終了です。

改稿とかもろもろほったらかしのままですが、次話から新章になります。

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