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メイプルロード  作者: いてれーたん
黄金週間
39/110

要求?



 あれから一時間、ひたすらにプールの底を睨み続けた。けれど一面の青の上には、たまに誰かが落としたらしい小物が見つかることはあっても、俺が失くしたヘアピンはなかった。


 通りすがりの人にも聞き込みをした。特徴のあるヘアピンなので、説明も簡単だし見かけた人がいたらわかるはずだった。でも、いくら聞いても首を傾げる人がほとんどだった。


 あっという間に時間が過ぎ、待ち合わせの時間になってしまう。俺たちは案内所に落とし物として届けられていることに一縷の望みを持って、そこへ向かうことにした。


「ごめんな、二人とも。こんなことに付き合わせて」

「しょうがないわよ。どうしても見つけたいものだったんでしょ?」


 茉希ちゃんが俺の後ろ髪を絞りながら聞いてきたので、俺は「うん」と声で肯定した。


「今度でいいから、甘いものでも奢ってくれたら許すわよ」

「みんなの分を奢るよ。約束する」

「ならよし!」


 茉希ちゃんやみんなには世話になっているから、スイーツを奢るくらいどうってことない。茉希ちゃんはそれによほど気を良くしたのか、探し物が見つけられなかったとは思えないほど意気揚々と集合場所に向かった。


 俺たちが待ち合わせに遅れたのか、すでに案内所の前には茜ちゃんと翔太が立ち尽くしていた。


「そっちはどう? 見つかったかしら?」

「いや、プールサイドには落ちてなかったよ。聞いて回ってもみたけど、見かけた人も拾った人もいないって」

「ということは、落とし物としても届いてねーってことか?」


 二人の様子から嫌な予感はあったけれど、翔太がはっきり頷くと同時に、俺のテンションは底まで落ちた。暗い顔をした茜ちゃんが視界に入らないように俯き、それを自覚した情けない自分に怒りが湧く。


「茜ちゃん、ごめん」


 逃げるな。自分にそう言い聞かせて、真正面から茜ちゃんに謝った。


「わたしは気にしてないよ」


 そうは言うけど、茜ちゃんの顔はまったく晴れていない。俺はもう一度言葉で詫びた。


「本当にごめん」

「謝らないで。もういいから」


 完全に諦め状態で、俺のほうを見ようとしない。それでいて辛そうだった。茉希ちゃんが言った通り、茜ちゃんにとってもあのヘアピンには何か思い入れがあったに違いない。じゃなかったら、こんなに表情が暗くなることもないのだから。


「本当に悪かったと思ってる。許してほしいなんて言わないから、そんな顔しないでくれ。俺にできることなら何でもするから」


 さらに頭を下げると、ようやく茜ちゃんが床から俺に視線を移した。


「本当に……?」

「うん、なんでもする」

「……それじゃあ、一つだけお願い事、聞いてくれる?」

「いい、けど……」


 俺が肯定するのと同時に茜ちゃんが顔を近づけてきたので、驚いて言い淀む。どうやら他の三人に聞かれたくないらしく、俺は耳を貸した。


「わたしね――」


 茜ちゃんは俺の右耳に、その願い事を耳打ちした。


「お兄ちゃんと、デートしたいの」






 驚いて声も出ない俺を置いて、茜ちゃんは三人とこれからの段取りを進めてしまった。


 まずは俺と茜ちゃんが二人っきりになるために、別行動を申し出たのだ。みんなで動くはずだったために反対はあったが、茜ちゃんは俺と同じように茉希ちゃんにも何事か耳打ちして、納得させてしまった。それからは茉希ちゃんが翔太と透を宥め、別行動が決まってしまったのだ。


 デートの場所はプールの外、プリズムリゾートになった。遊園地らしくある程度のアトラクションはあるし、動物と触れ合える施設もある。デートスポットとしては十分に楽しめる場所だ。


 俺たち五人はひとまず水着から私服へ着替えてプールを出た。俺自身はまだヘアピンを諦めきれず、最後の抵抗として通り道を探したが、結局見つからなかった。


 プールの出入り口でいったん全員が集まり、これからの予定を確認する。


「あたしたちもプリズムリゾート内にいるわ。二人からはある程度離れるけどね。それで、いつごろ終わりそう?」

「夕方かな。時間で言うと六時くらい」

「わかった。それじゃあ六時にゲート前に集合ね」


 ほとんど茜ちゃんと茉希ちゃんが決めてしまって、俺たちは二手に別れた。翔太と透はわけがわからないって顔で茉希ちゃんに連れて行かれたけれど、俺もきっと同じような顔をしていると思う。


 茜ちゃんのお願い事がデートとは、さすがに予想できなかった。


 そもそも「なんでもする」とは茜ちゃんに対するお詫びの気持ちであって、何かお願いがあるとしても「何か買って」とか「今度何かして」くらいのものだと思っていたのだ。それがデートになるなんて、茜ちゃんは変わっている。


「お兄ちゃん、行こう?」

「う、うん……」


 頷いた俺の左腕を抱くように自分の身体を引き寄せて密着させてくる。普段ならしてこないスキンシップに驚いたが、同時に茜ちゃんの手が小刻みに動いているのがわかった。


「緊張してるの?」

「……」


 茜ちゃんは答えずに、見えないように顔を俯かせて、さらに俺との距離を詰めた。震えを誤魔化したいのか、俺の抱く手に力が加わる。


 初めて見るいじらしい姿に戸惑いはあったが、そのせいか俺の中に妙な自信が湧いてきた。片方が弱気だと、片方は強気に振る舞えるというよくわからないアレだ。


 誘ってきたのは茜ちゃんだけど、ここは男としてリードしなければ。何よりこれは茜ちゃんに汚名返上・名誉挽回をするまたとないチャンスなのである。


 その意思を「行こう」と言葉に変えて、茜ちゃんを運ぶように歩き始めた。






 さて、とりあえず遊園地のエリアに入った俺たちは、どのアトラクションに行くかを考え始めた。


 プリズムリゾートには定番のジェットコースターやメリーゴーランド、コーヒーカップなど、乗り物もある程度は充実している。デートとしてなら丸々一日満喫できる施設だ。さらにプールができてからはそちら目当てで来る客層が大半で、遊園地のアトラクションはほとんど待たずに何度でも乗ることができる。つまるところ、ほぼ貸切状態だった。


 でもそれが今、俺たちの足を迷わせている原因ではない。実を言うと、茜ちゃんは遊園地のアトラクションの大半が乗ることができないのだ。高すぎたり、動きすぎたりしてすぐ乗り物酔いをしてしまう。その体質もあって、茜ちゃんとここに来た回数は片手で余るくらいだった。


 逆にいうと、派手に動いたり揺れたりしない乗り物、あるいは乗り物ではないアトラクションなら、茜ちゃんも楽しむことができる。数あるアトラクションからそれを絞り込むと、ようやくいくつかの候補が挙がった。


 そして目に留まったのが、「鏡の国の迷宮」というウォークスルー型のアトラクションだった。その名の通り、床以外の壁、天井、ドアまでもが鏡張りの建物だ。内容もシンプルで、迷路を踏破し出口を目指すというもの。


「茜ちゃんに道案内してもらおうかな」

「わたし? あんまり覚えてないんだけど……」


 自信なさげに言うけれど、迷路は迷うから面白いのだ。俺はといえば、一度入った時に道しるべのヒントを見つけてしまったので、先導するとすぐに出口に辿り着いてしまう。だからあえて、茜ちゃんに道順を決めてもらうことにした。


 鏡に惑わされて壁とぶつからないように注意しながら、茜ちゃんの指し示す方向へ歩を進める。


「行き止まりだ」

「いきなり!? じゃ、じゃあこっちかな……」


 方向転換をして違う道を行く。新たな分かれ道に出て、悩んだ末に茜ちゃんが指差す方向に曲がった。するとまた行き止まりに突き当たる。


「それじゃあ、こっちで……」

「そこ、さっき通ったよ?」

「あ、あれぇ~……?」


 頭の上にたくさんクエスチョンマークを浮かべる茜ちゃん。周りが鏡ばかりだと方向感覚を失う上に、通った道を見分けることも難しかった。混乱する姿は面白いのだけれど、さすがに本人がまいってしまいそうだったので、ここらへんで種明かしをする。


「茜ちゃん、足元見てみて」

「足元? 動物の足跡がずっとあるけれど……」


 足跡にはいくつか種類があって、クマ、ウサギ、鳥、犬などいろいろあった。それらは分かれ道で分岐している。つまり、この足跡のうちの一つが出口へ繋がる目印なのだ。


「さっき茜ちゃんが行き止まりになった道は、クマの足跡がついてたんだ」

「ということはクマははずれで……これを繰り返せば、正解がどれかわかるってこと?」

「そういうこと。残りの足跡も辿って調べれば、いつか出口に行けるよ」


 実はそんなことをしなくても、分かれ道ははずれの動物一匹の足跡と、それ以外の正解になる動物たちの足跡で分かれるので、調べるまでもなくわかってしまうのだが。さすがにそこまで言うと迷路の楽しみがなくなるので伏せておいた。お察しの通り、ここは本来ならもっと子供向けに作られたアトラクションだ。それでも地道に足跡を辿って出口に行きついた茜ちゃんは、なかなかに満足そうな顔をしていた。


「楽しかった?」

「うん、意外と面白かった!」

「じゃあ次、どこ行こうか」


 そう言って遊園地のパンフレットを開き、地図を二人で見て次に向かうアトラクションを探し始めた。




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