透とウォータースライダー
ミラージュウォーターパークには、大小合わせて五つのプールと、ウォータースライダーがある。深めのプールが二つと子供用のキッズプール、流れるプール、スライダーで飛び込むためのプールだ。
「あっちの深いプールなら空いてるな。ボール遊びもできそうだ」
プールサイドは人で溢れていて身動きも取りづらいほどなのに、深めのプールの片方がかなり空いている。目星をつけた透が真っ先にそこへ向かい、俺たちもそれに続こうとした。
「あ、待って。そっちは温水じゃないプールって書いてある」
パンフレットを広げていた茉希ちゃんが声を上げる。
「ってことは、冷たいの?」
「そうみたいよ。泳げないことはないけど、寒いからみんな入ろうとしないみたい」
「だったら、透に知らせないと」
律儀な翔太は俺たちを置いて、透を呼び戻しに行った。
「他にスペースないかな?」
「どこも混んでそうね。さっきウォータースライダーの待ち時間見たけど、二時間だってさ」
「ひえ~、並んでられないよ」
メインのアトラクションがメリーゴーランドと観覧車しかなかったプリズムリゾートからすれば、開園以来の繁盛ぶりだ。混雑も行列も、滅多に見るものじゃなかった。
プールサイドの人垣を掻き分けて、透と翔太が戻ってくる。せっかく見つけたスペースが使えないとわかって、透は不満げな顔をしていた。
「なんで水なんだよ。使えねーな」
「まあ、温水って費用が馬鹿にならないしね。そのままでも入る人はいるって思ったんじゃない?」
実際、水のプールにはちらほらと入っている人も見られた。遊ぶところがなくて止むを得ず入ったか、物好きかのどちらかだろう。
「それで、今空いてそうなプールは?」
「もう片方の深いプールかしら。流れるプールは人気みたいだから」
スライダーは言うまでもなく行列ができるほどの人気だ。次いで、流れるプールも人垣でダムが作れるくらいの混雑ぶり。まさかキッズプールで遊ぶわけにもいかず、残るは普通の温水プールだけだった。
飾りっ気はないが、プールなのだから遊べないわけではない。今なら他の人たちが別のプールにいるおかげで空いているはずだ。むしろ時間が経てば、スライダーから人が戻ってきてここもいずれ混むだろう。
「とりあえず入れるなら、どこでもいいんじゃないかな」
「そうね。空いているうちに行きましょうか」
翔太の意見にみんなが同意して、俺たちは再びプールサイドを移動した。着いてみると人は多かったが、ちょっとくらい泳げそうなくらいには空いている。喜び勇んで飛び込もうとした透を、茉希ちゃんが腕を掴んで止めた。
「はいストップ。みんな、ここで準備運動ね」
「うげ、面倒くせえ」
「そうじゃなくても、飛び込みなんて迷惑で話にならないわ。小学生でもしないわよ」
「あぁ? と、飛び込もうなんてしてねえし! そんなガキみたいなこと誰がするかよ!」
図星でどもる透はさておき、茉希ちゃんの委員長っぷりは相変わらずだ。俺たちは傍に荷物を置いて軽く準備運動を始める。このプールは少し深めなので、足をつらないようによく解した。
真っ先に運動を終えた透が、今度こそとプールへ入った。茉希ちゃんに釘を刺されたため飛び込むことはしなかったが、やっと遊べるとあって表情は子供みたいにキラキラしている。
「お前らも早く来いよ!」
「はいはい、今行くから」
宥めるように言った茉希ちゃんは、まるで弟を持つお姉さんみたいだった。次いで翔太、俺、茜ちゃんが準備運動を終えて、プールに入る。
深さは一番背の高い翔太のおへそが隠れるくらいで、俺と茜ちゃんの胸のあたりが水面になっていた。このプールは奥に行くほどさらに深くなっているらしく、小さい子供がいる家族連れには入りづらいかもしれない。
「俺、もうちょっと向こう行ってみてえ」
「深くて楓と茜が足つかなくなるんじゃない? それに、荷物を置きっぱにできないわよ」
「なんでプールに荷物がいるんだよ」
「お昼ごはんにお財布がいるじゃない。それにタオルだって、濡れたままじゃ寒いから軽く拭くために持ってきてるのよ」
ウォーターパーク内には簡単な食事処や休憩所もある。それを利用するために、現金がその場で必要らしかった。でもここは半屋外で、濡れたままの身体で動き回ると風邪を引きかねない。茉希ちゃんが下調べをしてくれたおかげで用意はあるが、それでも荷物があっては水遊びしづらいのも事実だった。
「それじゃあさ、先に昼飯済ませちまおうぜ」
透の提案に、俺たちは思わず時計を見た。ウォーターパークのどこからでも見れる時計台は、いつも昼食をとる時間よりもはるかに前を示している。
「遊びを後回しにするなんて、透にしては珍しいね」
翔太が意外そうに言ったが、俺を含む三人も頷いた。
「まあな。でも早いうちに飯食ったほうが楽だろ? 今なら混んでないし、食った後は財布とかもロッカーにぶち込んで思いっきり遊べるぜ?」
「あら、透にしては妙案じゃない」
「だろ?」
透自身は馬鹿にされてることに気づかないようだが、俺としてもいい案だとは思う。正直、荷物をプールサイドに置いたままだと遊ぶことに集中できなかった。でも、先にお昼ご飯を済ませれば財布はいらないし、終わるまでずっとプールで泳ぐなら、タオルも上着もいらなくなる。
「じゃあ、ちょっと早いけど先にご飯食べちゃおっか」
最終的に茉希ちゃんが決断して、みんながそれに賛成した。
プールサイドにあるお洒落な海の家、といった表現が合うレストランのテラスで、俺たちは早い昼食を済ませることにした。雰囲気とは裏腹にメニューを開くと、思ったより数がある。焼きそばとかクレープとか屋台料理のようなものもあれば、手の込んだハンバーグやシチューなんかも出る、何でも料理屋さんらしい。その代わり、値段はちょっと高めだった。
時間が早いせいで席は空いていて、六人用の禁煙席にちょうど男女分かれる形で座った。各自メニューを決めて店員にオーダーをとると、料理が来るまで自然とお喋りが始まった。
「あんた、こんなとこまで来たのにすうどん頼むことないじゃない」
「しょうがねーだろ、他の高いんだし」
茉希ちゃんが真っ先に透の頼んだメニューに突っ込みを入れた。確かにこの店で一番安いのはすうどんだったけど、せっかくだからもう少しいいものを頼んでもいいはずなのに。
「透は持ち合わせ、ないのか?」
「まあ、ないわけじゃないけど、そんなに使うことないだろ? 連休も始まったばかりなんだから、使い切ると後で困るし」
透の言い分はもっともだ。ゴールデンウィークは今日が二日目だし、透に個人的な用があるとするなら、浪費は避けたいんだろう。それ以外でもちょくちょく、透は守銭奴なところがたまに目につくのだけど。
「お姉ちゃんはペペロンチーノ頼んでたよね?」
「ああ、うん。茜ちゃんはクリームパスタだっけ? どっちも美味しそうだから悩んだんだよ」
「じゃあ、あとで一口食べる?」
「いいの? なら俺からも一口あげるよ。あっ、辛いのだめだったっけ」
「一口だけならたぶん、大丈夫だよ」
俺と茜ちゃんがそんな会話をしていると、ふと透が俺のほうを見ていることに気付いた。
「別にひもじいわけじゃないからな?」
「いや、まだ何も言ってないけど」
尋ねる前に自ら地雷を踏む透。まあ、みんな美味しそうな料理を頼んでる中、一人だけすうどんっていうのはちょっと可哀そうではある。
「しょうがないわね。アタシのロコモコ丼、ちょっとあげるから」
「い、いらねーってば。なんか俺が意地汚いみたいじゃねーか」
「別にそんなこと思ってないわよ。それにたぶんちょっと残すと思うし、誰か食べないともったいないでしょ?」
透はよくわからない意地を張っていたが、茉希ちゃんが食べきれなければ、ということで残りをもらうことを渋々承諾した。足りなかったら翔太も唐揚げをあげると言っていたし、透も簡単にお腹が空くことはないだろう。
そんなことを話しているうちに料理が届き、みんなで食べ始める。
「後でスライダーやりてーな」
「まだまだ並んでるわよ。列もさっきより伸びてたわ」
すうどんを啜る透はしかし、どうしてもスライダーで滑ってみたいらしい。うどんを一本口から垂らしながら「ううむ……」と唸っている。
「どうしても、ってわけじゃないけど、俺も滑れるなら行きたいなあ」
「翔太! じゃあ一緒に行くか!?」
「えっ、ああ、うん。俺はいいけど」
ぽつりと言った翔太の一言に、透がここぞとばかりに食いついた。プールに飛び込もうとしたり、スライダーに行きたいと言ったり、透って見た目よりも無邪気な奴なんだな。
「アタシたちはいいわ。二人で行ってきなさい」
茉希ちゃんは大人な態度でそう言うが、透は自分さえ乗れれば問題ないらしい。「おう!」と元気に返事したのが小学生みたいだった。そう思ったのはたぶん俺だけじゃないだろう。
「それじゃあ、どこで合流しようか?」
「んー、楓と茜はどこか行きたいところある?」
「俺は流れるプールに入ってみたいな」
流れるプールなんて、遠い県にあるのをテレビで見たくらいしかない。物珍しさに一度入ってみたかったのだ。
「茜もそれでいい?」
「うん、いいよ」
「それじゃあ食べ終わったら、透たちはスライダーね。アタシたちは一旦荷物をロッカーに預けてから、流れるプールに行きますか」
茉希ちゃんのまとめにみんな頷いて、それからもお喋りをしながら昼食を続けた。
やっとこさ体調もよくなりました
しばらく亀ペースの更新が続きます