花屋さん雑談会
食品売り場の入口周辺にはファミリーサイズの袋のお菓子がワゴンに乗せられて山になっている。チョコレートやビスケット、駄菓子のアソートもあった。これなら値段とかで気兼ねされることもないだろうと、甘いものとスナックもの、二種類のお菓子を買った。菊池さんの好みはわからないので、もし甘いものが苦手だったとしても受け取ってもらえるように考えたのだ。
買い物かごに入れたチョコレートと駄菓子を見て、確かにちょっと子供っぽいかもと思ってしまう。でも、多分こっちのほうが受け取ってもらいやすいはずだ。割り勘でお菓子の会計をして、その足で「Radiant Flower」に立ち寄った。
「いらっしゃい。おっ、本当に来たね」
出迎えてくれた菊池さんは屈託のない笑顔でそう言った。
「えっと、今忙しいですか?」
「これが終わったらちょうど手が空くところだよ。少し待ってて」
菊池さんは品出しをしている最中で、段ボールから袋詰めの肥料を棚に並べていた。省スペースにするために袋を寝かせずになるべく立たせている。この周辺には他にも赤土や腐葉土、それらを弄るスコップなどの園芸用具が固めてあった。
「よし、こんなもんかな」
売り場を観察しているうちに段ボールが空になっていた。菊池さんはそれを折り畳んで適当な場所に立て掛けると、俺に向き直る。
「お仕事の邪魔してすみません」
「そんなことないよ。それで、何か用かな」
改めてお礼を言うとなると少し緊張する。でもこうして三人で来ているわけだし、無言が長いとどんどん気まずくなってしまう。俺は意を決して、手にしていた袋を差し出した。
「今日は助けてもらって、ありがとうございました。これ、お礼ですっ」
茉希ちゃんと茜ちゃんも復唱するようにお礼を言って、三人で頭を下げた。視線を下げたせいで、菊池さんがどんな表情をしているのかわからない。受け取るかどうか迷っているだろうか、それとも単に驚いて受け取るのを忘れているんだろうか。次の動きがあるまでの数秒、そんなことを考えた。
「正直、ここまで感謝されるとは思ってなかったよ。ちょっと照れくさいね」
空気が和んだのを感じてゆっくりと顔を上げる。菊池さんは言葉通り、照れくさそうにはにかんでいた。
「わざわざありがとう。いただくね」
ふっと手が軽くなる。いつの間にか菊池さんがお菓子を受け取ってくれていて、俺は差し出したままだった手を下ろした。
「せっかくだから、みんなで食べたらどうかしら?」
それまで無言でいたレジの柊さんが、いつもの笑顔で提案した。
「菊池君、裏に行ってきなさい。ちょっと休憩ってことで。お店も今日は私だけで充分よ」
「でも、あんまり休んでばっかりだと」
「心配しなくてもお給料とかは減らさないから~」
「……わかりました。ありがとうございます、店長」
「いえいえ~」
菊池さんは俺たち三人に、ついて来るように促した。店の奥へと進み、「Staff Only」と書かれた扉を開けると、「入って」と短く告げる。
「いいんですか? アタシたちが入っても」
「休憩や着替えに使うくらいだし、そんなに気を張らなくていいよ。今日は特別だからね」
「それじゃあ……お邪魔します」
菊池さんに続き、俺、茜ちゃん、茉希ちゃんの順で扉を潜る。中は四畳半ほどの広さで、物置としても使われているのか大量の商品があった。整理されているおかげで見た目よりは広い。真ん中に長机が二つ横になって合わせてあり、一つの机として使われていた。その机の上に乗っていたものを片付けて、菊池さんが周りにパイプ椅子を用意する。
「狭いところだけど、まあ座ってよ。お菓子、開けるね」
ぱりっ、と小気味良い音がしてチョコレートの袋が開く。中からさらに小分けにされたチョコレートをいくつか取って、菊池さんが席に着いた。俺たちもそれを見て、お菓子を取りながら椅子に座る。菊池さんの隣に俺、向かい合う形で茉希ちゃんと茜ちゃんという席順になった。
菊池さんはすっかりくつろいでいるのか、小分けのお菓子を開けて食べ始める。その様子を見ていると、スナックとチョコレート、交互に食べているみたいだった。
「菊池さんって、甘いものは好きでしたか?」
「結構好きだよ。コンビニに寄る時とかはチョコレートとかグミキャンデーとか、甘いお菓子に目移りしちゃってよく衝動買いするんだ。楓ちゃんは好き?」
「甘いものは好きですけど、俺はお菓子より果物とかをよく食べますね。林檎とかバナナとか、なかったら買いに行ったりします」
「へえ、何だか健康的だね。スイーツとかは食べないの?」
「あー、果物系なら食べに行きたいです」
男の時はそこまで好きってことはなかったのだが、最近を思い出してみると甘いものを好んで食べるようになったと思う。これは性別の変化だけじゃなくて、身体の嗜好の変化でもあるかもしれない。同じものでも食べる人によって味覚が違うから、同じ味がするとは限らない。好き嫌いがあるのもそのせいだと思う。
「じゃあ次に楓ちゃんがペイスに来た時は、美味しいスイーツ屋さんを教えてあげるよ」
「スイーツ屋さん? どんなスイーツですか?」
「楓ちゃんが好きそうなフルーツケーキとかクレープとか、とにかく果物をたくさん使ったスイーツがあるお店なんだ。産地もこだわってるらしくて、確か珍しいフルーツも置いてたと思うよ」
「わあ、行ってみたいです!」
「はは、そうだね。楓ちゃん、今度はいつ来れるかな? もう連休中は予定たくさん?」
菊池さんに聞かれて、ふと向かい合った二人に目を向ける。二人は微笑んだまま俺と菊池さんを眺めていて、会話に参加してくる気配もない。
「えーっと、明日と土日以外なら、特に予定はないです」
「それじゃ、今度の月曜日なんてどうかな? 僕もその日はバイトを休みにしてあるから。お昼の二時にここで待ち合わせでどう?」
「は、はい」
あれよあれよと言う間に約束してしまった。予想外の展開だけど、不思議と悪い感じはしない。それよりも菊池さんが誘ってくれた、それだけで価値がある予定のような気がして、自然と口元が緩む。
それから無言だった茉希ちゃんと茜ちゃんも会話に加わり始め、四人で雑談に花を咲かせた。茉希ちゃんが前触れなしにラブレターのことを話し始めた時はさすがに焦ったけど、菊池さんは妙に納得した顔で頷いていた。茜ちゃんからは俺が抱き枕を抱いて寝ているのを暴露され、赤くなる俺とは対照的に菊池さんは屈託なく笑った。……あれ、俺ってばいじめられてる?
恥ずかしさで不貞腐れた俺を余所に、三人は終始笑い声を上げていた。途中で柊さんが部屋に顔を出して、「楽しむのはいいけれど、大きい声はほどほどにね~」と注意をしたくらいだ。それからテンションは落ち着いたが、お喋りは一時間近く続いた。
「わ、もうこんな時間か。すっかりサボっちゃったな」
時計を見た菊池さんが驚いて、ふとドアに目をやる。外はお客さんの往来で騒がしいけれど、お店に来客があるかどうかまではわからない。でも、バイトに来ているのに働かないわけにはいかないんだろう。
「そろそろお暇しましょうか。あまり長居しても悪いですし」
窓はないけれど、そろそろ日も傾いているころだ。俺と茜ちゃんは家事のこともあるし、夕飯の買い物をして帰るにはちょうどいい頃合いだった。
「あはは、すまないね。今度はバイト中じゃなくて、ちゃんと時間作ってみんなで遊びたいよ。あっ、そういえば月曜日また会うんだったね」
そうですね、と言おうとした同意の言葉は、茉希ちゃんが横から耳打ちで囁いてきた言葉に憚られた。
「楓、メアド聞きなさいよ」
「えっ、なんで」
「菊池さんと連絡取れるでしょ? この際なんだからもっとお近づきになりなさい」
今でだって知り合い以上の関係にはなったと思うけれど、言われてみれば今度会う約束だってしているし、何かと連絡が取れたほうが便利なのは間違いない。俺は納得して、携帯を取り出した。
「菊池さん、よかったらメアド交換しませんか?」
「ん、いいよ。ちょっと待ってね」
すんなりとメアド交換が完了した。最近はメアドがよく増える。男の時はメアド交換する友達なんていなかったし、茜ちゃんとおじさん、家族の連絡先が入っていればこと足りていた。この身体になってから、初めて友達ができて、茉希ちゃん、透、翔太の分が増えた。菊池さんはそれに次いで、四人目だ。
新しいメアドが登録された電話帳を見ていると、茉希ちゃんがまたこっそり耳打ちしてくる。
「案外、あっさり言えたわね。なんか拍子抜けしたわ」
「どういうこと?」
「ん? さあね」
とぼけて、にやにやと笑う茉希ちゃん。茜ちゃんは何かを温かく見守るような笑顔をしている。どうしたんだろ、二人とも。
「それじゃ、また月曜日にね」
「はい。今日は本当にありがとうございました」
扉を潜って店内に戻り、柊さんにも挨拶をする。
「長居してしまってすみません。ありがとうございました」
「いえいえ、またいつでも来てね。賑やかだと、花たちも元気になる気がするから」
「はい、また来ますね」
「三人とも、気をつけて帰るんだよ」
菊池さんと柊さん、二人に店先まで見送ってもらって、俺たち三人は帰路についた。