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メイプルロード  作者: いてれーたん
黄金週間
29/110

水面下の周辺事情



 水着を返しに行った茉希ちゃんが戻って来て、ようやくスカートを取り返した。試着していた水着から着替えて、三人揃ってそれぞれの水着をレジへ通す。学生がおいそれと出せる金額ではなかったことにちょっと面食らってしまったが、何とか予算の範囲内だった。


「むうぅ、せっかくあれだけ選んできたのに、一回も着てくれないなんて」

「ビキニは一回着ただろ……もう二度と着ないけどな」


 茉希ちゃんはずっと不満そうにしていたが、似合うかどうかは別として、やっぱりあの恰好は酷く恥ずかしかった。ビキニ姿を一度見せてやっただけでもレアだと思っておいてほしい。いや、俺のビキニ姿の何がいいのかはよくわからんが。


「ビキニもよく似合ってたよ、お兄ちゃん」

「むっ……」


 茜ちゃんは褒めているつもりだろうが、俺にとっては複雑な思いだ。男のプライドを持っていても意味はないのだが、完全に消えるまではやはりあの恰好は屈辱としか受け取れない。よもやそれを似合うなどと評価されても、ぶっちゃけ嬉しくないのだ。男なんだから。


 そこまで考えた時、胸の内で鳴りを潜めていた違和感がはっきりと形になった。


「茜ちゃん今、俺のこと……」


 俺が一度死んで生き返った結果に女の子の身体になったことは、俺の家族と茜ちゃんら父娘おやこしか知らない。茉希ちゃんは部外者で、このことを話していないのだ。むしろおじさんから秘密にするように言われているため、バレないようにしなくちゃならない。


 なのに、茜ちゃんは俺のことを「お兄ちゃん」とはっきり呼んでいた。茜ちゃんがそう呼ぶのは生前の俺、小坂楓だけだ。それは茉希ちゃんにも知られていることで、つまりこの場での俺、北見楓に向けて使うべきじゃない。秘密がバレるまではいかないだろうけど、いらない混乱を招くかもしれないからだ。


 呼び慣れていた俺はうっかり気づかずに、茜ちゃんの「お兄ちゃん」に返事してしまっていた。無理矢理「お姉ちゃん」呼びに変えつつあっても、昔からの習慣はなかなか変えられないのだ。勘のいい茉希ちゃんはすでに変だと気付いているはずだ。


「ああ、うん、今は『お兄ちゃん』で大丈夫だよ」

「そうだよお兄ちゃん呼びはまずい……え?」


 恐る恐る茉希ちゃんの様子を窺っていた俺は、茜ちゃんから返ってきた予想外の言葉に目を丸くした。「お兄ちゃん」で大丈夫って、茉希ちゃんの前で何を言っているんだ? 俺は慌てて茜ちゃんに詰め寄り、耳打ちで注意した。


「いいわけないだろ、茉希ちゃんの前では『お姉ちゃん』って呼ばないとおかしいって思われるよ」

「思われないよ。だって、茉希ちゃんには話したから」

「話した?」


 ぎょっとして茉希ちゃんを見ると、茉希ちゃんが意味深な笑みを俺に向ける。視線を外してもお構いなしに茜ちゃんは続けて言った。


「お兄ちゃんが事故に遭ったこと、一回死んでること、クローンの身体で生き返ったこと、全部話したんだ」






 俺たちは茉希ちゃんの提案でレストランに入ることにした。昼食がまだだったこともあるし、座って話をしたかったからだ。


 茜ちゃんが俺のことをすべて打ち明けたのは、昨日の昼休みのことらしい。確かその日の俺は授業を真面目に受けた代わりに、昼休みを睡眠の時間にあてていた。昼食を食べ終えた後はすぐに机に突っ伏したから、周りのことなんて気にしてもいなかった。


 その間に茜ちゃんと茉希ちゃんが席を外し、二人で俺のことを話したという。きっかけは茜ちゃんが時折俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶことに、茉希ちゃんが疑問を持って問い詰めたことだった。思い返してみると俺たち二人も、気を付けるのを忘れて呼び合っていたかもしれない。その時にはスルーしていた茉希ちゃんでも、数回耳にするうちに不審に思ったようだ。


 何より茉希ちゃんが引っ掛かったのは、茜ちゃんが「お兄ちゃん」呼びをすることだった。茉希ちゃんはやっぱり、以前から茜ちゃんが「お兄ちゃん」と呼ぶ人物、つまり生前の俺のことを知っていたのだ。そこを起点に茜ちゃん本人を問い詰めてきたので、茜ちゃんは言い訳ができなかったらしい。


「とまあ、こういうわけ。聞いたときは半信半疑だったけど、茜が嘘を言うとも思えない。それで今日の楓の反応を見てたわけだけど、水着であの恥ずかしがりようだもんね。納得したわ」

「俺を試していたのか」


 だからわざとビキニを着せようとしてきたのか。先ほどの屈辱を思い出して思わず茉希ちゃんを睨んでしまうが、本人は飄々とした態度で肩を竦めた。


「しょうがないじゃない、そんな荒唐無稽な話、いきなり信じるほうが無理よ。でも、いくつか辻褄が合う部分があったわ。だから信じることにしたの」


 確かにクローンだとか記憶継承だとか、それを利用して転生したなんてこと、SFの物語くらい現実味のない話だ。でもそれを信じられるような根拠を茉希ちゃんは見つけたらしい。辻褄が合う部分と言っているけど、それは何だろう。


 それよりも気になるのは、茜ちゃんが茉希ちゃんにこの秘密を打ち明けてしまった後のことだ。何も考えなしに茜ちゃんが話したとは考えにくいけど、秘密を漏らさないというおじさんとの約束はどうするつもりなんだろう。


「心配しなくても、茜はアタシ以外には言ってないみたいよ。茜のお父さんとの決め事なんだってね。だからアタシも口外していないし、透も翔太ももちろん知らないわ」


 なるほど、茉希ちゃんの口が堅いことも知った上で、茜ちゃんは秘密を共有したのか。それだけ信用が篤いということらしい。他ならない茜ちゃんの親友なのだから、俺もそれ以上は茉希ちゃんを疑うのをやめた。


「ごめんね、もっと早くお兄ちゃんにも知らせておくべきだったよね」

「ああ、うん……でも、下手に誤魔化すよりはよかったと思うし、言いにくかったのもなんとなくわかるよ。それよりも俺のことでごめんな。本当ならこういうこと、真っ先に俺自身が話さなきゃいけないことなのに」

「それはわたしが勝手に話したことだから。お父さんとの約束も破っちゃったし……」

「おじさんには言ったの?」

「うん、電話でね。驚いてたけど、ある程度はしょうがないって。それよりもその情報がさらに広まることが怖いから、しっかり釘を刺しておけって言われた」

「はーい、しっかりと釘を刺されましたー」


 くすくすと笑いながら、茉希ちゃんがおどけたように言った。その直後に注文した料理が運ばれてくる。オムレツのランチは茜ちゃん、ナポリタンは俺、チーズハンバーグは茉希ちゃんが頼んだものだ。三種三様の昼食を前にして、茉希ちゃんが話を続けた。


「まあ、心配しないでよ。むしろ知ったからにはアタシも協力させてもらうからさ。傍から見てても二人だけじゃ、何だか危なっかしくて放っておけないもの。もちろん、秘密は他言無用ってのも守るわ」


 そんな美味い話があっていいのかと思う。協力者が得られるのは嬉しいけど、俺と茉希ちゃんには何の謂れもない。


「いいのか? 多分、面倒なことばっかりだし、俺も迷惑かけると思うけど」

「それもわかった上よ。具体的に何を協力すればいいかはよくわかんないけど、相談とかにも乗るし、役不足だなんて思ってないわ。何でも言いなさい。楓も茜も、アタシにとっては大切な友達なんだから」


 俺はどこか、茉希ちゃんをまったくの他人として扱っていた部分があったかもしれない。彼女はこれほどまでに俺のことを、親身になって支えようとしてくれている。無償で差し出された手を、疑って跳ね除ける奴なんていないだろう。


「だからね、楓も迷惑とか面倒とかそういう気遣いしないで、アタシにも頼りなさいって。むしろアタシが増えたから、茜の負担が減るくらいに考えていいんじゃない?」

「わたしだって負担だなんて思ったことないからね? 今まで通りわたしにも頼っていいんだよ」

「健気じゃのう、茜は」

「もうっ、からかわないでよ茉希ちゃん」


 茉希ちゃんが満足そうに笑って茜ちゃんの頭を撫でると、茜ちゃんは子供扱いされたと受け取ったのか、ちょっと膨れて手を避けた。が、実際は満更でもなさそうに見える。そんな二人を見て、俺の口は自然と言葉を紡いでいた。


「ありがとう、二人とも」


 ぽつりと、なんとか声に出した。それ以上の声を出そうとしたら、きっと溜め込んでいる感情が溢れてしまいそうだった。さすがに周りの目があるこの場でははばかれて、二人にも今の俺の状態を悟られまいと笑って見せる。


「何泣きそうになってんのよ。そんなんだから放っておけないんだって」


 呆気なくバレてしまって、仕方なく俺は種明かしをした。


「大丈夫だよ。これ、嬉し涙だからさ」


 思わず目元を拭った俺を、二人は優しい目で微笑んでいた。



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