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メイプルロード  作者: いてれーたん
黄金週間
28/110

水着を求めて



 まず茉希ちゃんが俺を連れてきたのは、女性用水着としては定番のビキニの売り場だった。上下はセパレートされており露出度が下着と変わらないので、俺もその認識のまま思わず目を逸らしたくなる。こういう部分はまだ男が残っているのか、それとも単に慣れていないだけなのか。多分、両方だ。


「とりあえずサイズだけ見て、適当なやつ着てみようよ。楓のスタイルを生で見てみたいし」

「えぇ……体育の着替えとかで見てるだろ」

「じっくりとは見れないわよ。恥ずかしがって、いつもパパっと着替えちゃうんだから」

「そりゃ、ジロジロ見られたくはないし……」


 着替え中は特に、周りの視線が気になる。特殊な事情もあるし、身体が変でないか、上手く振る舞えているか、そんなことも常に考えているのだ。茉希ちゃんに指摘されたとおり、恥ずかしいという気持ちもないわけではない。


「まあ、だから一度これを着て、じっくりアタシに見せてよ。それから似合いそうなのを選ぶから」

「こ、これを……?」


 茉希ちゃんが差し出したのは、当然の如くビキニ。これ、もう下着だろ。ブラとショーツだろ。むしろ何が違うんだよ、こんな狭い布面積で。


「大丈夫、お兄ちゃんなら着こなせるよ」

「そういう問題じゃねえ……」

「恥ずかしがることないわよ、水着なんだから」

「そう思えないから恥ずかしいんだよ」

「じゃあ頑張ってそう思うの。ほら、とっとと入った入った!」


 近くにあった試着室に押し込まる。なぜか茉希ちゃんが一緒に入って来て、茜ちゃんが勢いよくカーテンを閉めた。頭の中にクエスチョンマークをたくさん浮かべていると、いきなり茉希ちゃんが俺のスカートを勢いよく脱がした。


「わひゃああ!」


 瞬時にホックを外して摺り下ろすという早業。抵抗も感心もする暇もなく、俺は悲鳴を上げつつあられもない姿になってしまう。スカートでも下半身のスースー感はあったが、スカートがあるのとないのとではやっぱり違う。そしてなによりパンツを露出させているので恥ずかしい。いくらここが試着室の中であっても、だ。


「じゃあね~」

「えっ? はっ?」


 突然のことで動けないのをいいことに、茉希ちゃんはなんと俺のスカートを持って試着室の外へ出てしまった。カーテンの向こうを呆然と見つめた後、俺は声を上げて抗議した。


「な、なにすんだよ! それがないと出られないだろ!」

「出れるわよ? それを着れば」

「それ? って、もしかして……」


 俺の足元には、さっき茉希ちゃんが持って入ったビキニがある。ブラのフロントと両腰の部分にワンポイントで花があしらわれているだけで、柄も何もないシンプルな青単色のビキニだ。


 水着だから、下着で外に出るよりは確かにマシ。だが、露出度は下着とほぼ同じだ。俺はまだ、水着と下着を区別して考えることはできない。


「無理だって! こんなの着ても同じだ! 恥ずかしい!」

「何も恥ずかしくないわよ。そんなんで明日、本当にプールに行けるの?」

「いや、だからこういう水着じゃなくたっていいだろ! こんな下着みたいな……」

「でも、楓のスタイルを見ないと選びづらいし」

「ぐ、うぅ……」


 俺がどう言ったところで、茉希ちゃんはスカートを返してくれないらしい。やられた、完全に嵌められたと俺は悟る。まさかビキニを試着させるためだけに、こんな大胆な行動に出てくるとは思わなかった。


「お兄ちゃん、頑張って」


 カーテンの向こうから俺を励ます茜ちゃんの声がする。今回も彼女は無慈悲な天使を貫くつもりのようだ。


 それよりも、さっきから感じていた違和感が少し強くなった。なんだろう、何を見落としているんだろう。


「かえでー、早くしないと日が暮れるよ?」

「ああもう、わかったよ、着ればいいんだろ」


 違和感のモヤモヤを振り払い、半ば自棄になって俺は上の服を脱いだ。次にブラを外し、水着を代わりにつける。カップの内の肌触りは似通っているけど、やっぱり素材は違うらしく、あまり水を吸わないもののようだ。それから下。これはもうパンツと変わらない。


 大事な部分の試着時は肌に当てないのが常識らしく、パンツを履いたまま重ねるように水着を履く。どちらも良く伸びるので、身に着けるのに苦労はしなかった。ちょっと締め付けは強くなったけど、鏡を見てもそんなに変ではない。


「あ……」


 なんとなく鏡を見たものの、やっぱりこれは下着姿とさして変わらない。さすがに身体は見慣れたものの、これで歩き回ることを考えると頬が熱くなった。


「お兄ちゃん、着替えられた?」

「……うん」


 俺が肯定の返事をすると、遠慮なしに勢いよくカーテンが開けられる。すっと空気が往来して、身に纏う布の少なさに思わず身じろぎした。無意識に肌を隠そうとしているのか、手を身体の前に持ってきてしまう。


「ほらほら、手を退かして気をつけするの。恥ずかしがってると不自然に映るのよ」

「そんなこと言われても……」


 茉希ちゃんが上から下までじろじろ見てくるので、恥ずかしくてしょうがない。いくら見られたって透けたりしないだろうが、肌に感じる視線は落ち着かない。スタイルを見るという名目上、注がれる身体の部位は限られてくる。主に胸とか、腰回りとか。こんな格好なので、俺の首から上はのぼせたように熱くなっていた。


「ふふふ、真っ赤になっていやつめ」

「からかって遊んでるだけならスカート返せ」

「ああ、待って待って。ちゃんと見るから」


 小悪魔的笑みを浮かべる茉希ちゃんとは違い、茜ちゃんは慌てたように俺を宥める。しかし真面目になったところで、余計に恥ずかしい部分に視線が集まるだけだ。もはや拷問のような辱めに、俺は危うく涙目になっていた。


「も、もういいだろ?」

「あーうん、そうね、スタイルは充分観察できた。これで水着を吟味できるわ。それにしても出るとこ出てるわねー、これでもし発展途上なら今後とんでもないナイスバディに――」


 茉希ちゃんの感想を最後まで聞かずに、俺は勢いに任せてカーテンを閉めた。身を乗り出すようにして更衣室に首を突っ込んでいた茉希ちゃんは、驚きつつ身体を引っ込めて事なきを得る。カーテンの外で「何すんのよー!」とちょっと怒った声が聞こえたが、俺はそれに構う気力はなかった。


「しょうがないわね。それじゃ、水着探しに行ってきますか。アタシと茜で楓に似合いそうなやつを選んで来ましょ」

「いいけど、このままで大丈夫かな?」

「楓は少し休憩ね。スカートは私が持ったままだから逃げられっこないわよ」


 そんなことを話しつつ、二人の足音が遠ざかる。どうやら行ったらしい。


「はー……」


 へたり、と更衣室の床に座り込んで溜息をつく。俯くと前髪が目元を覆ってしまうのだが、いつものようにそれを振り払う元気もない。とにかく羞恥と屈辱で疲労度のメーターが振り切ってしまった。


 しばらく全身の力を抜いていると、誰かが近づいてくる足音が耳に入る。もう戻ってきたのか、それとも別の客かな? 頭の片隅で思案していると、「お兄ちゃん」と聞き覚えのある声で呼ばれた。


「早いね、茜ちゃん」

「えへへ。実は、最初にお兄ちゃんに似合いそうな水着は選んであったの」


 嬉しそうに話して、「開けていい?」と聞いてくる。許可を出すと、そっとカーテンを半分ほど開けた茜ちゃんが、ハンガーにかかった水着を一着だけ差し出した。


 ビキニかっ!? と身構えたが、全然違うものだった。上衣はタンクトップかキャミソールとも呼べるようなもので、当然おへそは見えない。下は黒いショートパンツのようなもの。さっき二人がちらっと話していたタンキニというやつらしい。デザインも上は、水色のバックカラーに鮮やかな花が散りばめられた花柄で、派手ではないが質素でもない。ショートパンツの黒が巧い具合に派手さを抑えているようにも見えた。程よくキュートを演出しながらも、幼さを感じさせない水着だった。


 勧められるままに、俺はそれを試着してみることにした。何より普通のビキニよりも布面積が圧倒的に多い。水着というよりは、夏に着る洋服と言われたほうが納得できるデザインだった。これなら恥ずかしがることもなく着ることができる。


 カーテンを閉じて身に着けていたビキニを脱ぎ去り、茜ちゃんが持ってきたタンキニの装着を試みる。基本的にはビキニと同じセパレートらしく、着脱方法は見た目より単純だった。サイズも問題ないことがわかると、俺は即決でこの水着を購入することにした。水着らしさを感じさせない洋服のような水着、しかも花柄ボタニカル。さすが茜ちゃん、俺の好みをわかってる。


 茜ちゃんにこの水着の購入の旨を伝えた時、ようやく茉希ちゃんが水着を携えて戻ってきた。何だかハンガーの数が多い気がする。片手に二、三着ずつ、計六着ほど。自分が展開したファッションショーの時より多いとはどういうことだろう。


「とりあえずこれだけ集めてきたわ。さあ楓、試着してみなさい」

「いや、俺はもう決めちゃったし」

「え……」


 購入を決めた水着を見せると、茉希ちゃんの顔から表情が消えた。それから何かに打ちひしがれたように膝をつき、水着を抱えたまま床に崩れ落ちた。


「嘘ぉー……楓の水着ショーがぁー……」

「頼まれたってしないからな?」

「のぉぉーーん!」


 奇声を上げながら天井を仰いだ後、茉希ちゃんはとぼとぼと一人で水着を戻しに行く。いや、その前に俺のスカート置いて行けよ。しばらくこのタンキニ脱げないだろ。


 そもそも俺の水着ショーなんて見たってつまらないはずだ。そう思いながら茜ちゃんに視線を向けると、はっと我に返った茜ちゃんと目が合った。後ろめたさを隠すように目を逸らした茜ちゃんを見て、味方なんていなかったんだなと状況を認識した。



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