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メイプルロード  作者: いてれーたん
黄金週間
23/110

ゴールデンウィークの予定


「ねえねえ、明日からみんな予定ってある?」


 日が変わって火曜日の昼休み、お弁当をつまみながら茉希ちゃんがみんなに問いかけた。


 今日を乗り越えれば、世間はゴールデンウィークと言う名の大型連休に突入する。正直、それを目前にして母さんが仕事に戻ってしまったのは本当に残念だと思った。


 とは言っても、特別なにか予定があったわけじゃない。大型連休と言えど、どこかに旅行に行くような柄ではないし、おじさんが仕事している出前で遊びにいくのも気が引けた。要するにきっかけも理由もなかったから、そういう予定とは無縁だったのだ。


「わたしは特に何もないよ。茉希ちゃんはどこかに行くつもりなの?」

「よくぞ聞いてくれました、茜ちゃんっ」


 尋ね返された茉希ちゃんは妙なテンションで得意気に鼻を鳴らした。


「アタシね、ちょっとだけ遠出してみたいのよ」

「遠出って、どういうこと?」

「中学だと親も過保護でさ、あんまり友達三人だけじゃ遊びに行けなかったじゃない? でも高校生になってお小遣い増えたし、この前ペイスに行くときも煩くなかったの。だから、ペイスよりもっと遠くに行ってみたいのよ。ここの五人で!」


 五人? んーっと、茉希ちゃん、茜ちゃん、透、翔太とあと一人は……俺か。


「それって俺も入ってんのか?」


 横槍を入れてきたのは俺の隣で翔太と話していた透だ。まさか俺と同じことを考えていたとは。


「あら、ムッツリ坊主はお留守番をご所望かしら?」

「ムッツリ坊主ゆーな。別について来て欲しけりゃ行かねーこともねーよ」

「アタシはどっちでもいいかな。お留守番する?」

「……行くっつーの」


 茉希ちゃんに笑顔で問いかけられて、透はかなり不機嫌になる。何もハブるようなことを言わなくたっていいだろうに。


「それで、具体的にどこに行くのさ?」


 透の正面に座っている翔太が、行く気満々で茉希ちゃんに尋ねる。


「目的地はもう決めてあるわ。ペイスより二つ先の駅に遊園地あるの知ってるでしょ?」


 みんなはそれに頷く。ただ、透だけは「うげぇ」と嫌そうな顔をしていた。俺も遊び場としてはちょっと思うところがあったので、意見を口にする。


「プリズムリゾートのことか? あそこ、観覧車とメリーゴーランドぐらいしか目を引くものなかったよな?」


 茉希ちゃんは遊園地と言ったが、実際は複合レジャー施設と言ったほうが的確だ。アトラクションよりも屋内競技場や劇場、動物と触れ合える広場などのほうが話題に上がることが多い。なのでプリズムリゾートは、遊園地と言うには物足りない施設ではある。行くならペイスのほうがよっぽど楽しい。


「楓も知ってるのね? 行ったことあるの?」

「そりゃまあ……あ、いや、小さい頃に一回だけな……」


 危ない危ない。「設定」では俺はこの街の外に住んでたことになっているんだった。昔から詳しく知っていたなんて矛盾がある。咄嗟に誤魔化して、何とか疑われずに済んだ。


「なんだ、行ったことがあったのね。でも、これは知らないでしょ?」


 茉希ちゃんはまた得意気になって、茜ちゃんの机にチラシを広げた。日付は二週間前、最近のものだ。大きな文字で「ミラージュウォーターパーク、ついに解禁!」と謳っている。ウォータースライダーと流れるプールの写真がチラシの大半を占めていて、かなり規模のでかいプールのようだ。


「最近できたっていう温水プールよ。学生なら割引もしてくれるんだって。ゴールデンウィークで人が多いかもしれないけど、こういう機会に行ってみるのはどうかしら」


 茉希ちゃんはそう言って、みんなの顔を見渡した。


「いいな。わたし、行ってみたい!」

「たまにはこういう賑やかなところで、ぱーっと遊ぶのもいいね!」

「……まぁ、割引あるんならいいんじゃねーか?」


 三人とも、一様に賛成のようだ。それから全員の視線は、答えを言わなかった俺に向けられた。


「楓はどう? 来てくれる?」

「いいと思うけど、日付はいつ?」

「いつでもいいわよ。基本的にみんなが空いてる日に組み込もうと思ってたから。何なら、楓の予定に合わせても大丈夫」

「それなら、土日以外がいいんだけど……」


 土日の片方は、週に一度の定期健診のために開けておかなければならなかった。どちらになるかはおじさんの都合によって変動するため、当日になるまでわからない。

 日程だけが不安要素だったが、茉希ちゃんは大きく頷いた。


「もちろんよ。ゴールデンウィークでも土日のほうが混むだろうし、だったらそれ以外の日に行きたいわよね」

「そっか。じゃあ行く。あっ、でも……」


 肯定しようとしたところで、もう一つ大事なことに気がついた。


「どうかしたの?」

「ああ。そう言えば、水着を持ってないなあって……」


 市民プールだって行かないから、男の時も遊びに行く用の水着なんて持ってなかった。当然、女の子用となるとなおさらだ。


「じゃあ、予定合わせてペイスに買いに行く? アタシもちょうど、新しいのが欲しいって思ってたし」

「あっ、それならわたしも行くよ。おにっ……お姉ちゃんの水着、一緒に選びたい!」

「茜ちゃんが来てくれるなら、行こうかな」


 俺がそう言うと、茉希ちゃんは身体の前で大きくガッツポーズをとった。


「よっし! それじゃあ明日、早速三人でペイスに行きましょ。駅の南口に十時集合でいい?」

「三人? 透と翔太はいいの?」

「……えっ?」


 茉希ちゃんは握っていた拳をといて、信じられないって顔で俺を見た。いわゆるドン引きだ。男二人に視線を向けると、困ったように笑いながら目を逸らされる。何だろ、俺なんかまずいこと言ったか?


「お姉ちゃん、さすがに水着を見に行くのに、男の人は一緒に来れないよ……」

「あっ、うあ、そうか」


 考えてみたら、水着の露出度は下着と変わらない。水着が浸透していなかったその昔は、水着もはしたないという声があったと聞く。今でこそ一般化しているけど、それでも女の子にとっては恥ずかしい格好なのか。そりゃそうだわな。


 何もかもすっ飛ばして簡単に言えば、俺は女の子の下着選びに男を同伴させようとしたのだ。ドン引きされて当然である。


「もしかして楓、今のって素で言ったの? 茜より天然とは、恐れ入るわ……」

「ごめん。考えなしだった」


 素直に謝ると、茉希ちゃんは反らしていた身体を元に戻す。引くのはやめたようだけど、茜ちゃんに耳打ちで何か話していた。茜ちゃんは思いつめたような顔をして、茉希ちゃんに同じく耳打ちで何かを囁く。即座に驚きの表情作ったけど、茜ちゃんが耳元から離れると、茉希ちゃんは咳払いを一つして普段の顔に戻った。


「コホン。とりあえず明日は、ペイスに出かけて楓の水着を見に行く、でいいわね?」

「お、おう。よろしくお願いします……?」


 雰囲気の変化には気づいたが、なぜ変わったのかまでは見当がつかない。また藪蛇に突っ込むのは嫌なので、それ以上は聞かなかった。








「北見楓、ちょっと来てくれ」

「はい?」


 ホームルーム終了直後、明日からゴールデンウィークだと浮き足立っていた俺は突然、担任の榊先生に呼ばれた。


「なんですか?」

「健康診断のことだ。向こうの学校でも受けてないということだったから、どうするのかと思ってな」

「あっ、それなら土曜日、総合病院で受けてきました」

「そうなのか。診断書はどうした? なるべく早く提出してほしいのだが」

「今日持って来ようとして、忘れました……」


 先生に聞かれるまで、診断書を家に置いてきたことすら忘れていた。俺が項垂れると、先生は怒るでもなく淡白な調子で聞いてくる。


「ふむ。なら悪いが、明日の朝一番に職員室へ顔を出せないか?」

「明日の朝、ですか?」

「そうだ。本来ならば健康診断書は今日までに全生徒分を集めなければならなかったんだ。強制ではないのだが、連休明けになってから忘れられても困る。そういうわけで、明日来てほしいのだが、来れるか?」


 俺は頭を悩ませる。昼休み、茉希ちゃんと茜ちゃんと三人で、ペイスへ出かける約束をしたばかりだ。集合時間は駅に朝十時。


「具体的に何時に来れば、先生はいるんですか?」

「八時半から九時の間だ。それ以降は部活の顧問として体育館にいる」

「それじゃあ、八時半には顔を出します」


 二人の約束にも間に合うだろうと判断して、俺は時間を告げた。先生が頷くのを確認して、俺は教卓を離れる。すぐさま、茜ちゃんと茉希ちゃんが寄ってきた。


「何の話だったの?」

「ちょっと提出し忘れた書類があってさ、明日の朝に職員室に行かなきゃいけなくなったんだ。明日の約束だけど、十一時に集合でも構わないかな?」

「そういうことなら全然大丈夫よ」


 念のため、集合時間を遅らせてもらった。準備は万端だが、折角の休みに明日また学校に来なきゃいけなくなるとは。俺は健康診断書を忘れたことに後悔せざるを得なかった。


 ともあれ、明日からゴールデンウィークだ。茉希ちゃんが遊びの予定も立ててくれて、明日はペイス、明後日はメインのプリズムリゾートだ。胸が躍らないと言えば嘘になる。かつてないイベントが待つ大型連休に思いを馳せて、俺たちは帰路についた。



2015/11/25 会話文等、微修正

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