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メイプルロード  作者: いてれーたん
再・一年生
20/110

一緒に寝るとしたら



 北見家に戻ってお昼ご飯を済ませると、今度は三人でミニバンに乗り込んで出かけた。大きな道に出て、スピードもなかなか出ている。最近通ったばかりの道だから、どこに行くのかすぐに検討がついた。


「母さん、またペイスに行くの?」

「そうよ。あっちのほうが品揃え良さそうだし」


 そりゃ、ペイスの店舗数や規模は半端じゃないから、そこらのお店を回るより遥かに高確率で欲しいものが見つかるだろう。問題はその欲しいものが何かを聞いてないことだ。朝の話に戻すなら、俺の寝つきの悪さを解消するアイテムのはずなんだが。


「ついでに食材も少なくなってきたし、買い足しよ。ペイスだと一気に買うほどたくさんポイントつくからお得なのよね」

「むしろそっちが本当の目的なんじゃないか……」


 まあ、それはそれでいいんだけどさ。目的のものが何なのか茜ちゃんも聞かされておらず、俺が視線を向けても首を傾げるだけだ。先週と違って昼過ぎだからか、交通量はちょっと多い。お昼を済ませてから買い物に出かける家族と見事に時間帯が被ったのだ。が、ゴールデンウィーク前だからか、渋滞まではならないようだった。


 今回は少し出入り口から遠い場所に駐車し、ペイスの中へ入る。相変わらずの人混みで、俺はすっかり先頭を母さんに任せる気になっていた。三人縦に一列になって歩き、辿りついたのは雑貨屋だった。


「ここって、妙なものばっかり売ってるとこじゃない? 何があるの?」

「まあ、あるかどうかは探してみないとわからないわ。ここが駄目なら二階の玩具屋かしらね」

「はあ……?」


 雑貨屋と玩具屋、なんか共通点がないような気もする。ただ、ゴシックな感じの店内を見て回っていると意外にも面白い。普通のお店には売ってない小物が色々と見つかって、興味本位で買ってしまいそうになる。輸入品のお菓子や玩具、ちょっとした置物までこの店でしか売ってないような独特な雰囲気があった。


「ねえねえ、お兄ちゃんこっち来て」

「ん? なに?」

「いいから、ちょっと目を閉じててよ。良いって言うまで見ちゃだめだよ?」


 なんだろうと思いながらも、言われたとおりに目を閉じる。すっと茜ちゃんが近づいてくる気配がして、少し髪が引っ張られた。それからパチンという音がして、茜ちゃんが離れる。


「いいよ」

「ん。何かしたの?」


 引っ張られた髪を手で撫でると、何か冷たい金属のものがついている。外さないと見えないなと思っていると、茜ちゃんが鏡を持ってきていた。


「どう? 今のお兄ちゃんならきっと似合うと思って」

「お、おう……」


 鏡の中にはもみじのヘアピンを付けた女の子が照れて赤くなっている。今の自分の顔だと頭では理解しているんだけど、男の感覚では可愛いという一言に収束する顔だ。茜ちゃんに目を戻すと、嬉しそうに頬を染めて笑っている。鏡の中の俺よりも、そっちのほうが魅力的だった。


「楓、こっち来て――って、あら、仲睦まじいこと」

「か、母さんっ」


 不覚にも見とれてしまって、しかもそれを母親に見られて、更なる赤面を禁じ得ない。俺は喧しく鳴る心音が茜ちゃんに伝わる前に顔を逸らして、母さんのほうへ向かう。


「どうして恥ずかしがるの?」

「……」


 つい茜ちゃんに見とれてたって言ったら、母さんはどんな反応をするだろうか。いや、茜ちゃんだってそうだ。二人とも俺が女の子になってきたと思っているわけで、頭が男のままだってことを忘れつつある。身体では慣れても意識はあるのだ。俺にとって二人は同性であり、異性でもあるのだ。


 幼馴染とはいえ、不意に顔を近づけられたり、さっきみたいに笑いかけられたりしたら、胸の高鳴りを意識することがたまにある。考えていたことがすっぽ抜けて、視線が釘づけになる。でも男だったときは、すぐに我に返ることができた。茜ちゃんは昔から俺の妹みたいな存在だったから、女の子として恋愛対象になったかと言えば、俺は否と答えるだろう。


 なのに、今更この動悸は何なんだ。男だったときよりもずっと鼓動の音がうるさい。それだけ茜ちゃんを意識するようになったというのか。身体は同性なのに? いや、だからこそ頭の中で男という意識が出てきているのか?


 俺の悩みごとに気づかないまま、母さんは俺を奥へ促した。部屋に飾る置物とかインテリアの売り場らしい。光るスピーカー、ジュークボックス風のCDコンポ、人体模型までありとあらゆる雑多なものに値札がついていた。


 あれ、探しに来たのって俺が一人で眠れるようになるアイテムだよな? こんなものを部屋に置いたところで、寝つきがよくなるとは思えないんだけど。


「そんな変なもの、可愛らしい女の子の部屋に置くわけないでしょ。第一あんたが置くって言っても母さんが許しません」

「置かないよ。で、母さんが置いてほしいものは何なのさ。見つけたんでしょ?」

「ええ。あれよ」


 と、俺の頭の上を指差す母さん。ぐるりと首を捻って見ると、大きな熊のぬいぐるみが天井近くの棚に座らされていた。他にも像、キリン、ライオンなどのぬいぐるみが陳列している。どれも運ぶときは抱えなきゃいけないくらい大きい代物だった。


「……これなの?」

「そう、これ。ぬいぐるみ兼抱き枕よ」

「ああ、抱き枕……」


 その単語で、やっと母さんが探しに来たものを理解した。一人で眠れないなら、一人だと思わなければいいのだ。抱き枕と一緒に寝ることで精神的にも落ち着いて、子供の寝付きがよくなるとも聞いたことがある。


 確かに安眠には適したアイテムだ。それはわかるけど、俺はあまり乗り気になれない。結局は自分の心が幼くなったみたいで、ぬいぐるみを抱いて寝ることはそれを認めてしまうことになるからだ。けれど、一方で睡眠不足も治さなければいけないと思っている。これまでの自分の適応力を顧みれば、慣れさえすればどうってことない、むしろ必要なことだから慣れるべきだろうという考えも出てくる。


 男子高校生のプライドと、睡眠不足を治さなければいけないという義務感。その葛藤はぬいぐるみの外見を変えればいいという発想の転換に帰結した。つまり、可愛らしいぬいぐるみでなければ、何に抱き付いて寝ようが幼く見えないはずだ、という自論である。


 この店にはぬいぐるみ以外にベッドに持ち込めそうなものはない。できれば動物でもなんでもない、シンプルなクッション形状の抱き枕が一番いいのだが、雑貨店に置いているわけもなかった。ペイスには寝具店もあるから、移動すれば見つかるかもしれない。が、問題は母さんだ。お財布を握っている母さんが、俺の欲しいものを聞き入れて買ってくれるかどうか。すでにぬいぐるみの一つを取って眺めている母さんが、今更ぬいぐるみ以外の選択肢を取るとは考えづらかった。


「楓はどれがいい?」

「どれがって……できればぬいぐるみじゃないのがいい」

「だめよ。なるべく生き物の形をしてたほうが、癒しの効果があるのよ。可愛いものなら尚良しね。あぁ、それに抱き付いて眠る楓を見ることができれば、寿命が十年は伸びるわぁ……」


 説得力のある理由かと思いきや、後半からは完全に自分の願望を口にする我が母。まあ、そんなことだろうとは思っていたさ。


 さて、ぬいぐるみであることが絶対条件となったため、この店にあるいくつかの中から選ばなければならない。抱き付ける大きいサイズで、かつあまり可愛くないもの。条件を絞って探してみると、意外にもベストな動物を見つけた。興奮のあまり「おっ!」と声を上げそうになったくらいだ。


「俺、これがいい」

「ん? どれどれ」


 俺が選んだぬいぐるみを母さんに差し出すと、予想通り母さんは思いっきり顔を顰めた。

 そのぬいぐるみは全体的に白色で、胴体は分厚く胴長。そこから横に突き出るように四本の足が生えていて、後ろには長い尻尾がある。つぶらな両目は離れていて、鼻は顔の先に穴がある程度だ。宇宙人に似たカエルみたいな顔が、不細工だが愛嬌がある。何と言っても特徴的なのが首元のひらひらしたエラだ。


「よりによってこれなの?」

「えっ、いいじゃん。抱き付くのに最適な長さと太さがあるし、おっとりしてそうだから癒しのイメージもあるでしょ?」

「だからってウーパールーパーは……」

「ウーパールーパーだからだよ」


 そう、両生類の癒しペットとして名高いウーパールーパーである。今抱えているのはぬいぐるみとしてデフォルメされていて、本物の特徴を抑えつつものほほんとした表情に癒される。可愛いと言えば可愛いが、これに抱き付いたところで女の子らしさや幼さは強調されなさそうなので、今のところはこのぬいぐるみが一番の抱き枕だ。


「こんなのが可愛いのかしら……最近の若い子の感覚は謎だわ」

「目とか表情とか、癒される要素いっぱいだぞ。これがわからないなんて、流行に付いて行けてない証拠だ」

「むう、言うようになったわね」


 俺に言いこまれた母さんは不満そうだったが、最後は俺の意見を汲み取って、ウーパールーパーの購入を決めてくれた。茜ちゃんも俺と同じセンスがあるらしく、ウーパールーパーのぬいぐるみが可愛いと言ってくれた。


 しかし、ここで終わらないのが母さんとの買い物だ。ランジェリーショップの時のように財力にものを言わせて、「女の子の部屋にはやっぱりこれよね」と最初に見た熊のぬいぐるみも買ってしまったのである。結局ここではぬいぐるみ二つ、ヘアピン一つの合計三点を購入した。大きなぬいぐるみを二つも車まで運ぶのが大変だったのは言うまでもない。


 目的のものが買えると、残りの買い物は食料品となった。先週と同じように母さんが買い物をしてくれることになったので、俺と茜ちゃんは再びあの花屋を訪れることにした。



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