表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メイプルロード  作者: いてれーたん
再・一年生
19/110

眠れない理由

更新遅れ気味で申し訳ない^^;

就活が落ち着いてきたので、更新ペースが戻るように頑張ります



 ゴールデンウィークを来週に控えた土曜日、俺は朝からおじさんが勤める病院に訪れていた。学校でできなかった健康診断と、週に一度の定期検診を受けるためだ。


 リハビリのおかげで生活に不自由はないが、人間のクローン体は世界でも初めて使われた技術なので、データがまったくないと言っていい。記憶の移植技術についても同様だ。いくら実用的でも安全性が確かめられないうちは公表できないので、そのためのデータを俺で集めようということらしい。簡単に言えば俺は実験体ってわけなんだが、生き返る方法が他になかったのだし、おじさんに恩返しをする意思もある。もちろん人としての扱いは変わらないので、断ろうという気持ちもなかった。


 実際今のところは何も問題なく生活できている。学校へ通い、普通に食事を取り、勉強も遊びも思い通りだ。そう、自己評価でも傍から見ても、俺は健康そのものだった。


 しかし、おじさんは一週間に一度の定期検診を俺に約束させた。自身では気づきにくい身体の変化を見ることで、万が一を防ぐと言っていた。その万が一が何かはおじさん自身もわからない。もしかしたら何事もないかもしれないし、ある日突然何かが起こるかもしれない。人間のクローン体については様々な推測があり、その中でも最悪を防ぐために、定期検診が必要だと判断したのだった。


 聞いているだけでは怖いことばかりだが、今日までの生活の中ではほとんど問題なかったので、定期検診も本当に「念のため」といったニュアンスが強いのだと思う。検査の項目は健康診断も合わさって多かったけど、入院中に受けたようなつらいものでもなかった。


 残るところは問診だけとなり、おじさんが空いている診察室を探しに行っている間、俺は病院のロビーで待合席に座っていた。五月を目前にすると朝晩や日ごとによって温度差があるけど、病院の中はいつでも快適だ。寒すぎず暑すぎない、心地いい空気に包まれて、いつもの眠気が襲ってくる。


「楓、こら」


 母さんに肩を揺すられて、俺ははっと目を覚ます。病院は徒歩では遠いので、母さんに車で送ってもらったのだ。自転車で来れないことはないが、この身体で慣れないことをするのはまだ不安だった。茜ちゃんは家事のため、今は家にいてもらっている。


「反対側に傾いたら落ちるわよ。寝るなら母さんに寄りかかりなさい。悪いようにはしないから」

「あえてそう言うのはむしろ怪しいよ……」


 母さんは「あら、心外だわ」と呟いた。口を手で塞いでも、一度出した失言はなくならない。何より母さんの思惑通りになるのは嫌なので、俺は眠気を振り払って起きていることにした。


「茜ちゃんからも聞いてたけど、やっぱり眠れてないの?」

「うん。夜はちゃんと眠いんだけど、布団に入っても寝付けないんだ。入院しているときは普通に眠ってたのに、退院して部屋のベッドになった途端だよ」

「何か心当たりは?」

「あったら言ってるよ。枕や環境の問題じゃないとは思うんだけどね」


 寝不足はずっと続いていた。最近は朝方になってから眠ることに順応してきたせいか、夜に来る眠気も弱いものになってきている。早く寝付けない原因を探して、リズムを戻したいんだけどなあ。


「お待たせ、楓くん。今空いたから、こっちに来てくれ」


 カルテらしき紙束を持ったおじさんが俺を呼んだ。もう察していると思うけど、俺の検査を受け持っているのは今回もおじさん一人だけだ。やっぱり偉い人なんだろうなと思いながら、おじさんの後について診察室に入った。


 俺とおじさんがそれぞれ患者用、医者用の椅子に座る。おじさんはクリアファイルからカルテを取り出して読みながら、俺の顔を流し目で診た。


「今回の定期検診では異常はなかった。健康診断も至って正常で、健康を疑うような要素はない」

「そうですか」


 俺は胸を撫で下ろした。それに間髪入れずに「ただし」とおじさんが続けた。


「楓くんのアンケートで『疲れ気味』『寝不足』という項目にチェックが入っていたが、これは?」

「ああ、そのまんまです。俺、最近寝つきが悪いんですよ」

「その身体になってから、ということか?」

「正確には北見家の部屋で寝るようになってからです。病院ではちゃんと眠れていたんですけれど、最近は朝方になってから寝ていることが多いですね」

「原因に心当たりは? 何か悪夢にうなされるだとか、不安なことがあるとか」

「いや、特にそういったことは……」

「ふむ……最後に夜に眠れたのはいつだ?」

「退院した日の夜ですね。寝つきは悪かったんですが、その日はまだ夜のうちに眠れました」


 俺が答えると、おじさんは目を細めてカルテと睨めっこを始めた。質問もされないまま、居心地の悪い沈黙がしばらく続く。


「検査の数値上は問題ないし、心当たりがないということはメンタルでも異常はなさそうなんだがな。あるいは気づかないだけかもしれないが、これだけで特定するのは難しい。実際に楓くんが寝ている部屋、その環境を見ればわかるかもしれないが、次に帰れるのがいつになるかわからんしな……。すまん、今の時点では原因までわかりそうもない。睡眠不足が余程つらいようなら、睡眠薬を処方して様子見する手もあるが、どうだろう?」

「睡眠薬ですか……そういうのはあまり……」


 寝付けないのは不安だが、睡眠薬を使うのも気が進まない。薬で強制的に眠ったところで、精神的に休まるとは思えない。おじさんの配慮は嬉しいけど、できれば睡眠薬を服用したくなかった。


「わかった。とりあえず次の定期検診まで様子を見よう。睡眠不足が続くようで、睡眠薬が必要になったら処方する。それまでに私が君の部屋を訪ねて原因が判明するほうが、本当はいいんだがね」

「時間ができたときでいいですよ。茜ちゃんからも、おじさんが忙しいのは聞いてますから。診察に時間を割いてもらえるだけでも感謝してます」

「いや、すまないな。生き返らせたとはいえ、こちらは君を実験的にも観察している状態だ。悪いようにはしないが、これからの医療技術、人間の身体のデータのために、君には協力を仰ぐことになる」


 人の命を実験的に作り出して観察することは、やっぱり罪悪感を伴うものなんだろうか。俺にとっては生き返らせてもらった時点で、これくらいのことは支払うべき代償だとも思っている。おじさんは俺にとって第二の生みの親に等しい存在なのだから、感謝こそすれ恨みはしない。


「俺にできることなら協力しますよ。命の恩人ですし、こういう形でしか感謝を表せないんで」

「感謝、か。楓くんは素直でいい子なのだな。椋も葵も、君のような子を持って幸せだろう」

「俺なんかより、茜ちゃんも純粋で優しい子です。それにしっかりしていますよ。いつもお世話になっていますから」

「……そうか、茜は変わりないか」


 おじさんは娘を褒められて喜ぶというより、普段を確かめられて安心したような顔をした。俺は気になったけど、どう尋ねていいかもわからなかったから、軽く首を傾げるだけだった。


「さて、診察はこれで全部済んだはずだ。学校が休みとはいえ、わざわざ時間を取ってすまなかったな」

「謝らないでください、俺を気遣ってのことだってわかってます」

「今や君も私にとっては娘のようなものだ、当然だろう。おっと、そんなことを言うと葵に怒られそうだな」


 生真面目なおじさんが珍しくおどけたので、俺は吹き出して笑った。おじさんも柔らかく笑みを浮かべて、カルテを片付ける。


「葵のところへ戻ろうか。くれぐれも私の失言については、内密にな」

「はい」


 笑顔で返事して、俺たちは診察室を後にした。






 おじさんは母さんに軽く挨拶をした後、すぐに仕事のほうへ戻ってしまった。診察は完全におじさんが個人で行っているらしく、診察料は請求されなかった。


 今は母さんの運転するミニバンの助手席に座って、家まで帰っているところだ。


「それで、眠れない理由はわからなかったのね?」

「うん。判断するには材料が少ないみたい」

「ふ~ん……」


 納得したのかしてないのか、よくわからない反応をして黙った。静寂が降りると眠気がまた戻ってきて、瞼が重くなってくる。


「あんた、そう言えば退院した日の夜は茜ちゃんと寝てたじゃない。そのことは話した?」

「えっ? あぁ、そういえばそうだったなあ。おじさんには話してないや。けど、関係あるかな? 入院中は一人でも普通に眠れてたはずだし」

「でも、二人以上で寝たら眠れる可能性はあるってことね」

「そう、だけど……」


 つまり、誰かの添い寝があれば睡眠不足が解決するかもしれないってことだ。もしそうなら、俺のメンタルは幼稚園児並……いや、幼稚園児でも一人で眠れる子は眠れるよな。何か俺、一人じゃ寂しいか怖いで眠れないみたいな、情けない子になったみたいだ。


 もしそれが本当なら、俺の睡眠不足の解消は誰かと一緒に眠ることだ。あの日は茜ちゃんから一緒に寝たいって言ってきたけど、そう何度もないだろう。茜ちゃんに一緒に寝てもらうとしたら、やっぱりお願いするしかないかなあ……。


「もう茜ちゃんには色々迷惑かけてるからなあ……一緒に寝るのだって負担だろうし……」

「あら、母さんって選択肢はないのね。ちょっと悲しいわ」

「考えたけど、何してくるかわからないから怖くて寝てられない」

「しくしく……」


 わざとらしく泣き真似をする母さんを放っておいて、やっぱり茜ちゃんに迷惑がかからないようにはしたい。俺の悩みを察しているのか、泣き真似をやめた母さんが独り言のように言う。


「あー、もしかしたら代用できるものがあるかも」

「代用? どういうこと?」

「ちょっと考えがあるわ。まあ、帰ってから教えるから、茜ちゃんと一緒に買い物に行きましょう」

「う、うん……」


 買い物か……まさか可愛いパジャマを着れば眠れるはず!とか言い出すんじゃないよね。何かしら嫌な予感はするけど、寝不足解消のための案だけは聞いておきたいな。俺は怖いもの見たさの好奇心も混ぜながら、その考えとやらが何かを考えていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ