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メイプルロード  作者: いてれーたん
再・一年生
17/110

ラブレターハザード


 午後の授業は滞りなく進んだ。五時間目にあった榊先生の数学の授業の後、気になっていた校舎裏の花壇のことを聞いてみたけど、先生は存在も知らなかったらしい。むしろ転入生の俺がなぜそんなところを知っているのかと尋ねられたくらいだ。暇潰しに散歩をしていたら見つけた、と少し苦しめの言い訳をしてその場を流した。


 それから六時間目、ホームルームも無事に終わって、号令とともにクラスメイトは各々に帰り支度を始めた。気の合う友達で集まって、口々に話しながら鞄を手に廊下へ出ていく。俺も荷物を纏めて教室を後にしようとした。


「楓、この後用事ある?」


 通せんぼするように茉希ちゃんが現れて、ちょっとびっくりした。茉希ちゃんは俺よりも背が高いし、目の前に立たれるとその先がまったく見えなくなる。透や翔太だったら、目と鼻の先に突然壁が現れたように見えるかも。


「もう帰るだけだよ」


 どの先生からも呼び出されてないし、転入生の俺は委員会やクラブにも入っていない。花壇は気になるけど、明日また行けばいいだろう。


「じゃあ一緒に帰ろっか」


 いつの間にか茉希ちゃんの後ろには透と翔太もいる。ぽかんとしていると誰かが右手を握って来て、思わず振り返った。茜ちゃんだった。


「帰ろう、お姉ちゃん」

「う、うん」


 急にどうしたんだろうな。確かに俺と茜ちゃんは一緒の家だから、一緒に帰るのは当然だろう。でも茉希ちゃんたち三人が一緒に帰ろうというのは、何か意図があるんだろうか。さっぱりわからないまま、その三人を追いかける形で教室を出た。


 廊下に出ると、いつもより人が多い気がした。放課後になったばかりだから、みんなが教室を出てきたところなんだろう。でもどうやら同学年だけじゃなく、上級生も混じっているらしい。その全員がなぜかこっちを見ている。


「茜ちゃん、俺、どっか変?」

「変って?」

「いやさ、なんかすごく見られてる気がして」

「それは……うん。いつもより注目されてるね」


 言葉を濁したってことは、茜ちゃんにもわからないってことだ。

 そんな会話をしていると、俺たちの一歩先を歩く茉希ちゃんが笑った。


「なんで笑うんだよ」

「だってしょうがないじゃない。二人ともどれだけ目立つかわかってないのね」

「双子が珍しいのはわかるけどさ……」

「ううん、それだけじゃないわよ。もうすぐわかるわ。けどその前に、今後は二人だけで帰ろうとしないほうがいいわよ。色々と面倒だから」

「面倒なのはこっちだ」


 茉希ちゃんの言葉に文句をつけたのは、翔太と一緒に先頭を歩いていた透だった。


「茜一人のときでも大変だってのに、楓まで増えるのかよ。こっちの負担も考えて欲しいぜ」

「俺、負担に思ったことないけど」

「おめーは鈍いんだよ!」

「あいたっ」


 反対のことを言った翔太の背中を思い切り殴った透は、茉希ちゃんから同じように背中を殴られた。


「いてっ! 何すんだ!」

「鈍いのはあんたよ、ばーか。本人が一番つらいの、わかってんでしょうが。冗談でもそういうのは言わない約束よ。もし本当にそう思ってるのなら、一緒にいなくて結構。アタシと翔太で充分だから」

「ぐ……」


 茉希ちゃんにそう言われて、途端に勢いをなくす透。力関係では茉希ちゃんのほうがトップらしい。透は返す言葉が見つからなかったのか、踵を返すと再び先頭を歩き始めた。


「とにかく二人とも、特に楓は今後、アタシたちの誰かと一緒に行動すること。特に放課後は要注意」

「なんで?」

「説明するより見てもらうほうが早いわ。自分の下駄箱を開けてみなさい」


 俺には未だに何が起こっているのかわからなかった。今もやたらと視線を浴びているのと関係があるんだろうか。首を捻っていると、いつの間にか昇降口に着いていた。


「一応聞くけど、危険はないんだよな?」


 下駄箱の扉に手をかけながら尋ねると、茉希ちゃんどころか翔太も噴き出して笑い声を上げた。


「うんうん、大丈夫よ。危ないことはないわ」


 お腹を抱えて涙目でそう答えられる。釈然としないけど、嘘ではないらしかった。俺はそれを信じて、顔と同じ位置にある下駄箱をそっと開けた。


 ――――がさーっ。


「うわっぷ!?」


 紙の束が雪崩のように俺の顔目がけて降り注いできて、思わずその場から飛び退いてしまう。一瞬目の前を覆われたので、下駄箱に潜んでいた何かが襲い掛かってきたのかと思ったのだ。が、足元に落ちたそれは動く気配がない。固く閉じた目を恐る恐る開けると、


「……なに、これ」


 疑問符すら忘れて、そんな言葉が出てきた。下駄箱から溢れてきたのは、どうやら今足元に積みあがっている手紙らしい。数はざっと数十通。ノートの切れ端に書かれたもの、レター用の紙に書かれたもの、ご丁寧に封筒に入れられてシーリングされているものまであった。


「見てわからない? ラブレターよ」

「えっ」


 俺は手近なものを何通か取って、軽く斜めに読んでみる。


『好きです 付き合ってください』

『君のような髪の綺麗な子は他にいません 友達からでいいので、お話をしてもらえませんか』

『僕と君はいずれこの世界で出会う運命さだめだったのだ!』


 本文を抜粋してみると概ねこんな感じ。手堅い自己紹介から始めるものもあれば、要件を口で伝えるつもりなのか場所と時間だけ書いてあるものもある。しかし、古い風習ってなかなかなくならないものなんだなあ。今時ラブレター、しかも下駄箱に入れてくるなんて――


「ええええええええええええ!?」

「あーもう、うるせーぞ楓のバカ」

「えっ、だって、らぶ……うわああああああああ!」


 透に冷たい目で見られようが知ったことではない。これが叫ばずにいられるか。あろうことか男だった俺が、男子から大量のラブレターを入れられていたのである。一体なんの罰ゲームだよこれ。怖いのは男子どもがみんな本気でこれをしたためていることだ。本気で俺と付き合いたいって思ってることだ!


 もしかして、周りの視線の理由も同じか? 物珍しかったり格好が変ってことじゃなくて、容姿に目を惹かれたってのが真相なのか? だとしたら今後どうすればいいんだ……。


「なんか、想像してたよりショック受けてるみたいね」

「当たり前だ! なんだよこれ、冗談じゃねえぞ! ありえない!」

「すごい拒否反応だなあ……」


 そりゃ、女の子なのは身体だけだからだ。頭の中は健全な男子高校生のままで、同性からの告白の手紙なんて受け取れるはずがない。が、事情を知らない周りからすれば、俺はただの女子高生でしかないのだ。


「茜はどう? そろそろ落ち着いてきたんじゃない?」

「今日は多いよ……」


 茜ちゃんも同じような手紙を三通持っている。俺と同じように下駄箱に入っていたらしかった。


「もしかして、茜ちゃんは毎日入れられてるの?」

「あら、楓には話したことなかったんだ? 頻繁にラブレターが来るようになったのは最近よ。ちょっと周りに……まあ、変化があったからかしらね。それまでも、何通か来たことはあったけど」

「ま、まじか……」


 恐るべし茜ちゃん、君がそんなにモテていたとは。それにしても、周りの変化って何だろう。茜ちゃん自身が高校生になったことだろうか。


「楓ってラブレター貰ったことなかったの?」

「あるわけないだろ。しかも下駄箱に大量になんて、コメディ漫画でも見たことないぞ」

「えっ、初めてなんだ? それは意外だなあ」

「まあいいじゃねーか。これで晴れて楓も男子どもにモテてることが証明されたわけだ。よかったな」

「よくねえよ! いい迷惑だ!」


 まったくこの男どもは! いや、わかるわけないんだよな。俺は茜ちゃん以外に事情を明かしていないから、三人から見れば俺がラブレターを貰ったことはおかしいことじゃない。むしろモテている茜ちゃんと同じような外見をした今の俺なら、何通でも入っていてもおかしくなかったのか。


「ま、とりあえずこれでわかったでしょ? 楓も茜も、学校中の生徒が注目する双子の美少女よ。アタシたち三人から離れてもみなさい、すぐにそこらへんの男子が群がってくるわよ」

「ぜったい嫌だ……」

「そうよね。だから、なるべくアタシたちと一緒にいなさい。そうすれば滅多なことじゃ寄って来ないわ。特に透はチンピラに見えるから、人避けにはもってこいなのよ」

「人を悪い虫避けみたいに言うんじゃねーよ」


 誰がうまいこと言えと言った。内心そう突っ込みながら、足元に散らばったラブレターに目を落とす。


「あ、もちろん楓が誰かとそういう関係になりたいって言うなら、それを尊重するわよ」

「いえ、尊重しなくていいっす……」


 この身体になってから、恋愛することまではまったく考えてなかった。そもそも男の時だって恋愛には疎くて、話をする身近な女の子も茜ちゃんしかいなかった。茜ちゃんは妹のような存在だから、そういう感情が芽生えることもなかったし……。


 もし恋愛するとしたら、身体に従って相手は男子になるんだろうか。いや、いくらなんでも頭の中までは変えられない。あくまで中身は男のままなのだから、男子相手に恋愛感情を抱くことはないはずだ。だからって女子が相手だと、傍目からは同性愛にしか見えないわけで、そもそも相手も同性愛者である必要があるし……って思ってたら、ピンクの便箋を発見。女子からも来るのかよ、逆に怖いわ。


 どうやっても普通の恋愛はできなさそうだ。そりゃ、俺がもう普通の状態じゃない特殊な存在だから、普通の恋愛しようってのが無理な話だ。


「じゃあ、これ全部断っちゃうのね?」

「それしかないな……」


 というわけで、俺が恋愛できない以上はこれらすべてを断らなければならない。書く側は返事を待つだけでいいけど、貰った側はどうすればいいんだろう。やっぱり一つ一つに断りの返事をするべきなんだろうか。そんなことを考えている俺の目の前で、茉希ちゃんは散らばったラブレターを掻き集めると、躊躇なくゴミ箱に放りこんだ。なんか遠くから阿鼻叫喚が聞こえた気がするけど、気にしない。


「なんだか悪いことした気分になるな……」

「そう思ったら情に訴えられて負けるわよ。こういうのははっきり示しておかないと、後で問題になることがあるのよ。典型的なのは男子側がストーカーになったりとか」


 茉希ちゃんが言うことはもっともだった。彼らには悪いが気にしているとこっちが持たないので、今後は他のラブレターも中身も見ずに廃棄することにした。


 俺たちはようやく校門を出る。先頭にいかつい坊主頭の透、その隣に翔太が並び、その後ろに茉希ちゃん、最後に茜ちゃんと俺の二人の順で歩いていく。


 なるほど、確かに常に五人でいたら声をかけづらい。だからラブレターになるんだろうけど、無視できるなら主導権はこっちのものだ。茉希ちゃんによれば、こっちからアクションを返さなければ次第に落ち着いて行くだろうとのこと。ラブレターの返事をしないことはすなわち、断るのと同義だからだ。声をかける勇気のない輩なら、断られた時点で続けてラブレターを書いてくる可能性も低い。


 生き返った身で多くを望もうとは思っていない。それよりも今この瞬間、茜ちゃんや同じクラスの友達と笑って話ができるだけで、幸せだと思うべきだよな。


 これから大変なこともあると思うけど、ひとまず楽しむことを優先しよう。そう考えながら、五人で帰り道を歩いた。



2015/11/25 会話文等、微修正

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