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メイプルロード  作者: いてれーたん
再・一年生
16/110

昼休み


「いくらなんでも不真面目すぎるわ。授業に出ればいいってもんじゃないのよ?」


 昼休みにそう厳しく言及されたのは、当初怒られる予定だった桐山くんではなく、俺である。


 二時間目、三時間目、果ては四時間目も、俺は睡魔に敗北していた。四戦全敗、戦績としては目も当てられない有様だ。委員長肌の茉希ちゃんを筆頭に、困り顔の茜ちゃんと翔太に囲まれたら、俺は項垂れるしかなかった。桐山くんは三人の後ろで興味なさそうに欠伸をしている。見た目に怖い彼も加わったら顔を上げられなくなるところだった。


「出席が足りてたって、授業態度が悪く評価されたら結局は赤点、留年するじゃないの。透にしても楓にしても、春から心配させないでよ」


 茉希ちゃんの説教が続く。お腹空いてるんですけど、昼飯まだですかねー。そんなこと言ったらもっと怒りそう。いつまで続くかなあ、はぁ……。

 心の中で溜息をつくと、茜ちゃんが助け舟を出してくれた。


「茉希ちゃん、それくらいにしてあげて? おに……お姉ちゃんは昨日の夜、今日のことで頭がいっぱいになって、寝付けなかったみたいなの。きっともう居眠りしないと思うよ?」

「そうなの? それならまあ、わからなくもないけど……」

「ごめんな。次からはちゃんと起きて受けるから」


 初日の悪い第一印象を覆すのは難しいけど、一時間目のオッサン以外はまともそうだったから、何とかなると思う。授業では俺自身の気合いで眠気に勝って、後はテストも十分な点をとるしかないよな。そうすれば赤点は回避できるだろう。勉強はできるほうだし、挽回の自信はある。


「わかったわ。じゃあ次ね。お互い自己紹介しましょう」

「誰と誰がだ?」

「あんたと楓よ。特に楓はあんたのこと、名前しか知らないんだから」

「めんどくせーな。勝手に話してりゃいいだろ」

「自分のことくらい自分で話しなさいよ」

「最初に自己紹介奪っておいて何言ってんだ」


 茉希ちゃんと桐山くんの言い合いが始まる。見た目がちょっと怖そうな桐山くんに対して、茉希ちゃんは物怖じせず言いたいことを言い放題だ。中身が男の俺よりもよっぽど男らしい気がする。


「あーもー、わかったわよ! じゃあ勝手に楓に話すからね。楓、こいつは知っての通り桐山透。アタシとは小学校以来の腐れ縁で、茜とも中学から友達。好きな教科は体育で、嫌いな教科は化学。ムッツリ坊主だけど、お坊さんでも野球部でもなく柔道部よ。幼い頃はアタシより背が小さくて、ちょっと深い水溜りに足を突っ込んだくらいで半ベソ掻くようなガキだったわ」

「何年も前のことを掘り出すな! まともに紹介しろ!」

「勝手に話すって言ったでしょ。自分で言わないのが悪いんですー」


 顔を真っ赤にして怒る桐山くんに向かって、茉希ちゃんがあっかんべーをする。なるほど、幼馴染なのか。小学校からってことは、茜ちゃんと俺の付き合いと同じくらい長いな。それならあれくらいの言い合いができるのも納得だ。いや、俺と茜ちゃんは滅多に喧嘩しないけどな。


「それで、なんで今更また自己紹介なんだよ」

「楓と茜は双子だから、苗字で呼ぶとややこしいでしょ? 姉って言うのは水臭いし、あんたも楓って下の名前で呼んだほうがいいと思って」

「……また真似かよ。別にいいけどな」


 桐山くんの呟きが一瞬沈黙を呼んだ。真似って、一体誰のだろう。三人ならわかるのかもしれないけど、それを確かめるには短い時間だった。


「桐山透だ。楓、適当によろしくな」

「お、おう。こちらこそよろしく、透」


 手を差し出されたので握手を返す。桐山くん――改め透は、背は平均的で手足もほっそりしているけど、掌は分厚くて大きかった。翔太と比べてみても筋肉のつき具合が違うのがわかる。翔太は透より背は高いけど、全体的にほっそりしているため、喧嘩をすればたちまち透に組み伏せられそうな雰囲気だった。


「よし、じゃあお昼にしますか」


 その場を仕切る茉希ちゃんの一言で、やっと昼飯になった。俺の席の周りに集まり、各々の昼食を広げ始める。茜ちゃんはもとより俺の隣の席なので、そこの前の席を借りて茉希ちゃんが座った。俺も椅子だけを動かしてその輪に加わり、残った男子二人はさらにその隣の席を借りて座る。


 茉希ちゃんはお弁当、透と翔太は購買のパンを机に広げて早速食べ始めた。俺も茜ちゃんから受け取ったお弁当を机に広げる。


「楓もお弁当なのね。自分で作ってるの?」

「いや、茜ちゃんに作ってもらってるんだ」

「そうなんだ。楓は料理しないの?」

「できないことはないけど、茜ちゃんのほうが上手いんだよなあ」

「えぇー、お兄ちゃんだって上手だよ」

「いやいや、俺の料理スキルなんて大したことないぞ。無難にできる程度だし、それに比べたら茜ちゃんのほうがプロだ。熱の加減も見た目も、俺とは比べ物にならないくらい上手い。もちろん味もね」


 俺だったら白ご飯と適当な冷凍食品を入れて終わりだ。自分で調理するのは野菜炒めと卵焼きくらいのものである。

 でも、今俺の前で広げられているお弁当は違う。ご飯はふりかけで彩られていて、真っ白な物足りなさはない。おかずの彩も偏りがなく、炒めたら暗い色になる野菜炒めも綺麗なままだ。野菜の触感を残しつつ、ベーコンの匂いが食欲をそそる。


 茜ちゃんは小さい頃から料理をしているけど、最初に食べた時は俺もびっくりするくらい美味しかった。何でもおじさんは味にうるさいらしく、茜ちゃんの腕は勝手に鍛えられたらしい。退院してからはほとんど毎食のように食べているけど、どの料理もお店に出せるくらいの味だったことにはまた驚いた。


 この身体になっていろいろ大変だけど、一番にいいことは茜ちゃんの美味しい料理を毎日食べられることかもしれない。香ばしい野菜炒めの匂いにつられて箸を口に運ぼうとすると、こっちを訝し気に見ている茉希ちゃんと目が合った。


「……どうかしたか?」

「いえ……何でもないわ。多分聞き間違いかしらね」


 独り言のようなものを漏らしたけど、俺にはよくわからなかった。それから茉希ちゃんは俺のお弁当と自分のお弁当を見比べて、はぁ、と溜息をついた。


「茜が料理上手なのは知ってるけど、何度見ても大したものね。アタシも見習わなきゃなあ」

「茉希ちゃんだって料理上手だよ?」

「ありがと。でもまだまだ、茜には遠く及ばないわ」


 自分のお弁当と見比べて、茉希ちゃんはまたひっそりと溜息をついた。茜ちゃんほどではないとはいえ、茉希ちゃんのお弁当も悪いものではない。ただ、ちょっと彩りが偏っているかもしれない。野菜がプチトマトとレタスしかなく、残りが肉料理や揚げ物で茶色いものが多いからかもしれない。


 俺たち三人が小さい口で、かつ喋りながら食べているせいでなかなかお弁当の中身は減らない。男子二人はとっくに食べ終わり、ゲームやスポーツの話で盛り上がっている。興味のなかった内容だけど、聞いてみると結構面白そうだ。


 ガールズトークができない俺は箸を進めるのに集中したせいで、二人よりも早く食べ終わった。茜ちゃんと茉希ちゃんは尚もお喋りを続けていて、残りを食べ終わるのはかなり先になりそうだ。手持ち無沙汰になった俺は、次の授業の準備を終えて席を立った。


「お兄ちゃん、どっか行くの?」

「あー、うん。ちょっとその辺行ってくる」

「それならわたしたちも――」

「いってらっしゃい。まだ食べてるし、アタシたちはここでゆっくり話してるわ。ね、茜」

「えっ……あ、うん……?」


 きょとんとする茜ちゃんと、何か裏がありそうな笑顔で手を振る茉希ちゃんに見送られ、俺は廊下に出た。


 この校舎の裏には小さな花壇があって、何も植えられていない代わりに野生の草花が自生している。俺が去年の冬に見つけた場所で、ずっと忘れられているのか手入れされてなかった。四月になったら先生に許可を貰って、何か植えてみたいと目をつけていたところだ。その花壇のことを勝手に裏庭と呼んでいる。俺はそのことを思い出して、久々に見て来ようと思ったのだ。


 目的地に向かって廊下を歩いていると、ふと周りの視線を感じた。いや、正確には教室でも感じていたけど、転入生という立場から仕方ないと思っていた。教室の外でも注目されるのは、どこか俺の格好におかしいところでもあるんだろうか。でもそれなら茜ちゃんが黙っているはずないし……。


 あまり意識すると気持ち悪いので、俺は速足で廊下を通り過ぎた。


 校舎は学年ごとに各階が振り分けられている。学年が若いほど上で、上級生になるほど下の階になる。

 一年生となっている俺は階段を一番下まで下りて、昇降口でローファーに履き替えてから外へ出た。そこから校舎を反時計に回って、西にある体育館を横切って進むと、そこに裏庭があった。


「え?」


 俺は目を見張った。最後にこの花壇を見た三月には、何も植えられていなかったはずだ。ところが今は雑草もなく、土も有機物を多く含むものに変わっている。


 その土からは真っ直ぐに茎を伸ばして複数の花をつける植物が植えられていた。星型のようなギザギザして斑模様のある葉と、赤、ピンク、白の花の色でわかる。春から夏にかけて咲くゼラニウムだ。


 ついさっき水をやったばかりなのか、土壌は湿り気を帯びていた。体育館が影となって日当たりはあまりよくないが、風通しのいい場所なので悪い場所じゃない。驚く俺の髪を春風が弄り、ゼラニウムの花弁と葉を揺らした。その様子に綺麗だとは思ったけど、同時に何か悲しいような虚しいような、そういった哀愁みたいなものを感じた。


 傷んだり弱ったりしたものは見られないし、恐らく最近になって植えられたものだろう。四季咲きの傾向が強く多年草であるこの種は、なかなか丈夫で初心者にも育てやすい。


 不可解なのは植えた人物だ。この高校には園芸部や緑化委員といった、校内の緑化を進める組織が存在しない。栽培が簡単とはいえ、鉢から花壇への植え替えや土壌の用意は、個人で行うのは難しいだろう。だとしたら、


「一体誰が……」


 しばらく呆然としていると、授業開始の予鈴が鳴り響く。そろそろ教室に戻らないと遅刻だ。俺は後ろ髪を引かれる思いでその場から離れ、花を植えた人物が誰なのかを考えていた。



2015/11/25 感想で指摘された部分を修正

 茜の「お兄ちゃん」発言に対して茉希が反応を見せ、二人だけの会話に持ち込む描写を追加しました。

 この説明なく読者に悟ってもらうのが一番なのですが……今のところは私の文章力が足りないようで、当分はこのままかもしれません;;

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