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メイプルロード  作者: いてれーたん
再・一年生
14/110

一年生の教室



「――というわけで、みんなも新しい環境に慣れてきたばかりだと思うが、転入してきた北見の姉とも仲良くしてほしい」


 教壇の上で黒髪ストレートロングの眼鏡をかけたインテリそうな女の人が、隣にいる俺をクラスメイトに紹介した。相当美人なこの人がクラス担任のさかき先生だ。きりりとした切れ長の目が几帳面そうで、若く見えるけどアラサーの独り身らしい。後半のことを言ったら眼光だけで殺されそうなので、心の中にしまっておく。


 先生の紹介のおかげで、用意してきた「設定」を話す必要はなくなった。内容は一度ペイスで茜ちゃんの友達の三人と会った時に言ったのと同じだ。先生は複雑な事情のあたりをぼかしたけど、あの三人とは同じクラスなので詳しいところまで広まるだろう。それ自体は別に気にすることはないし、ボロが出ないように注意すれば問題ない。


「さて、北見が二人いてややこしいからフルネームで呼ばせてもらうぞ。北見楓、お前からも何かあるなら言っておけ」

「あ、はい。北見楓です。紹介があったとおり、茜の姉になります。呼ぶ時は姉でも楓でも構いません。よろしくお願いします」


 心の中で用意していた台詞を言って、ぺこりと頭を下げる。みんなが見ているので結構緊張した。席に座っている茜ちゃんを見つけられたから何とか顔に出さずに済んだけど、注目されるのって慣れないよな。


 男の時の俺は目立ったことはしなかったし、むしろ人目を避けてた節がある。それは俺の趣味だったり、花が好きだったりすることへの羞恥だったのかもしれない。男で花が好きなんて奴は滅多にいないし、女々しいとからかわれる対象になるからだ。実際、小学校の時はそれで失敗したこともある。


 まあ、昔のことはどうでもいいか。とにかく今はこの場を凌ぐことで頭がいっぱいだった。


「以上だ。北見楓、席についていいぞ。北見茜の横が空いているからそこだな。ではこれより出席を取る」


 俺は鞄を持って茜ちゃんの隣の席へ移動した。机の横に鞄をつけて、やっと席に座る。登校ですでに痺れた肩を軽く回し、凝りを解した。自己紹介で緊張したし登校で疲れたしで、やっぱり体力つけないとな。


 榊先生は出席を終えると、今日の予定を簡単に話した。用事もほとんどなく、至って通常の時間割で行われるとのことだった。五時間目には榊先生が担当する数学があり、宿題を提出するように念を押して、今朝のホームルームは終わった。


 起立、礼の号令が終わると同時に、クラスメイトが一斉に俺の机の周りに集まってきた。ペイスで会った鈴原さん、竹浦くんの二人を初めとして、ざっと十人くらいが俺を囲う。ちょっとは予想していたけど、やはり転入生はこの展開から逃げられない運命らしい。集まったのはほとんど女子だった。


「楓、久しぶり」


 真っ先に声をかけて来たのは鈴原茉希さんだ。制服姿を見るのは初めてだけど、そういう着こなし方とかあるんだろうか、サバサバした印象はそのままだ。


「ペイスで会って以来だけど、こっちにはもう慣れた?」

「うん、まあ」

「制服着ると二人ともやっぱり似てるなあ。同じ人が二人いるって思ったよ」

「あーそれわかる、アタシも思ったもん」

「そんなに似てるかな……」

「うん、すっごい似てるわよ」


 鈴原さんが言うと、周りのみんなが頷く。


「あ、でも話してみると全然違うのよね。雰囲気とか口調のせいかしら?」

「お姉さんのほうはなんていうか、ちょっと男の子っぽいんだよね。自分のことを『俺』って言うしさ」


 竹浦くんの発言に「まさかの俺っ娘?」「こういうキャラは新鮮だな」「妹に似て可愛いのに!」「だがそれがいい!」とか言う声が聞こえた。ここに集まってないクラスメイトも、話題にしているのは俺のことのようだ。


「……やっぱし変かな?」

「珍しいけど、別にいいんじゃないかしら? 楓らしいし」

「今のところ悪い感じはしないよ。癖なら無理に変えなくてもいいと思う」


 不快に思う人がいるようならやめたほうがいいかなと思ったから、それを聞いてほっとした。とりあえずこの場にはそういう人はいないらしく、むしろ受けいれられているようだ。


「ペイスではもう一人いたよね? 桐山くんだっけ?」

「ああ、透? とっくに教室から出てったわよ」

「え? だってもうすぐ授業始まるだろ? どこ行ったんだ?」

「どうせサボりでしょ。あいつ、午前中の授業はほとんど出ないわよ。どっかの空き教室か校舎裏で寝てんじゃないの?」

「サボりって……一年生の四月だよな?」


 高校生活の初っ端から授業すっぽかすとか、どんだけ度胸あるんだ。赤点とか留年とか出席日数とか、もろもろどうでもいいのか。


「中等部の時から悪ガキなのよ。エスカレーターで入学できたからって、授業受けなくていいってことじゃないんだけどね。義務教育は去年で終わったけど、まだ自覚がないんじゃない?」


 この学校は中高一貫でエスカレーター式のため、中等部から高等部に上がるのは難しくない。私立だし元から中等部にいればかなり優遇されるのだ。一緒の友達が同じクラスになることが多いし、学年の上下でも友好関係を築きやすい。


「茜ちゃんとは中学生から友達なのか?」

「まあね。茜は同級生の間でも人気があるから」

「ええ、そんなことないよ~」


 輪の外にいた茜ちゃんが恥ずかしそうに抗議したが、鈴原さんは「またそんなこと言って」と呆れ笑いを浮かべた。


「あんたの性格と容姿を考えれば、人気があるのも頷けるってもんよ。ほら、最近いろんな人から声かけられたり、手紙貰ったりするようになったでしょ?」

「ま、茉希ちゃんそれは秘密だって……!」


 茜ちゃんはますます顔を赤くして、鈴原さんの口を塞いだ。二人だけの秘密だったのか、周りの女子が騒ぎ始める。へえ、茜ちゃんって結構モテるんだな。改めて見てみると可愛いし、性格もまさに天使、極めつけに家庭的だ。言われてみれば男子の人気を集めるのは当然か。


「でもね、今日の放課後は楓にも期待してるわ」

「えっ、なんで?」

「まあそのうちわかるって」


 なぜこの流れで俺の名前が出てきたのか、鈴原さんと竹浦くんがニヤニヤする理由がわからない。見回すと他の女子たちも同じように笑っていて、俺は首を傾げた。


「うわぁ、なんかそういう反応されたら、やっぱり双子の姉妹って感じがするわね」

「あざとさがないし、天然だから破壊力がやばいね。これは脅威だ……」


 二人して顔を合わせ、電波みたいな言葉を交し合っている。もちろん俺には解読不能だ。それは茜ちゃんも同じらしく、俺と目が合うと同時に首を傾げた。


「おい、そろそろチャイム鳴るぞ。お前ら席につけ」


 おかしな沈黙を破り、教室に入ってきたのは痩せた中年の男だった。ハゲてはいないがフサフサでもなく、眼鏡をかけていて、唇は見る限り健康とは言い難い色をしていた。目元は歳のせいで窪んでいて、一言で表せば根暗な感じのオッサンだが、一応は化学担当の教師だ。違う学年だったからか、見たことはあるけど関わったことはない先生だった。


 時計を見ると一時間目が始まる直前だ。俺の周りに群がっていた女子たちは、口々に俺に声をかけながら各自の席に散って行った。


「ああそうだ、転入生はどこだ?」


 先生がキョロキョロと教室を見回す。転入生に何の用だろうか、と他人事のように思っていると、茜ちゃんがそっと耳打ちしてきた。


「お兄ちゃん、呼ばれてるよ」

「……あっ、はい。俺です」


 そうだ、転入生と言われれば俺しかいない。名前で呼べばいいものを、わざわざ転入生って呼んだのは多分、名前を覚えるのが苦手かその気がない先生なんだろう。あまり俺の好きではないガサツなタイプかも。


 先生は俺を見るなり、「ふん」と鼻で笑った。まるで品定めをするかのような、見下した目線が不快感を煽る。実際に俺のほうが背は低いが、先生の身長は男としては低いほうだ。


「君か。確かに妹とよく似ているな」

「自己紹介が遅れました、北見楓です。それで、何の用ですか?」

「確認だけなんだが、教科書はもう貰っているのか?」

「ええ、ありますよ」


 今朝、職員室へ行った時に榊先生に伝えたし、榊先生は他の教科担当にも伝言しておくって約束してくれていた。約束を破りそうな人ではないから、このオッサンが話を聞いていなかったか忘れてるだけだろう。そもそも俺の机の上を見ればわかることなんだが。


「そうか。じゃあ戻っていいぞ」

「はい」


 偉ぶった上に大して重要でないことを聞いて、その後は興味を失ったように俺から目を逸らした。何だそれだけかよ、と思いつつも言われた通りに俺は席へ戻る。表面上は崩さず、内心では不満タラタラだ。この先生は好きになれそうにない。


 なるべく先生のほうを見ないようにしていると、横から肩をつつかれた。茜ちゃんだった。


「どうしたの?」

「言い忘れてたけど、あの先生だけは注意したほうがいいよ」

「そうそう、嫌な噂しか聞かないからね」


 いつの間にか俺の後ろに立っていた鈴原さんも、茜ちゃんの言葉に同意している。


「茉希ちゃん、声が大きいよ……」

「そういうふうにひそひそ話すほうが怪しまれるのよ。ほら、鹿角かずみもこっち見てる」


 目だけで先生を見ると、確かにこっちを睨むように目を向けている。


「あからさまに聞こえるように言わなきゃ大丈夫よ。何をどう話しているかなんて、あっちがわかるはずもないんだし」


 度胸あるなあ、鈴原さん。あの目を真正面から受けられるほど俺の肝は据わっていない。何にしても睨まれないように、あいつの前では平常を装わないとな。


 チャイムが鳴ってクラスメイトが席に着く。号令の後、俺は教科書とノートを開いて、見た目だけでも真面目に授業を受けているようにした。生前の俺の学年は一つ上だったから、一年生の授業はすでに経験がある。教科書の内容も変わっていないし、春先に習うことなんて知れていた。


 オッサンの教鞭をスルーし、ノートを取るだけの作業をひたすら続ける。これはこれで退屈だった。今サボってこの場にいない桐山くんが羨ましい。まぁ、単位は欲しいので俺はサボる気にはなれないが。


 それにしても、先生以外は他に誰も口を開かない。先生の質を考えれば、小さな談笑だけでもどんな評価をされるかわからないから、みんな賢明だと思う。別に化学を熱心に学んでいるわけではなさそうだから、中身のない授業にはなりそうだけどな。


 集中できない授業ほど、頭では他のことに考えが回る。目の前のことには欠伸が出そうだ。あまり眠れていないから無理もない。静かな環境と暖かい気温、おまけに睡眠不足。眠気に逆らえず瞼を閉じると、すぐさま俺の意識は沈んでいった。



2015/11/25 会話文等、微修正

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