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メイプルロード  作者: いてれーたん
生まれ変わった日
12/110

一日の終わり

 


 母さんの作ったカレーを夕飯に食べた後、いよいよ俺の部屋のレイアウトをすることになった。

 俺の部屋は二階で、茜ちゃんの部屋が隣にある。同じ階には書斎らしき部屋もあって、多分おじさん、茜ちゃんのお父さんの部屋だろう。


 買ってきた棚やタンス、ベッドなど大きいものはすでに部屋に運ばれていて、残りはカーペットを敷き、テーブルを適当な位置に置くだけだった。カーテンは元々白いのがあったので、夜でも気にせず明かりをつけられる。


 間取りは出窓が一つと、クローゼットが一つ。エアコン完備。体感では元々の俺の部屋と同じくらいの大きさだ。ベッドや棚を設置することで手頃な広さになる。タンスはプラスチックの引き出し型衣装ケースで、クローゼットの中に収納した。


 で、気になるのはカーペットの柄だ。ベッドシーツや布団がピンクだから、調子を合わせるために同じ色だとは思うけど。家具がほとんどピンクか白なので、あまり派手ではないだろうが、二人のことだ、無地なんてことはあるまい。


「早く広げてよ。そんなにもったいぶられると気になる」

「えへへ、お兄ちゃんならきっと喜ぶと思うよ」

「そうねぇ、まるであんたのために作られたようなデザインだものね」


 カーペットを持つ二人が、言葉を交わして笑い合っている。じれったいなあと思っていると、「せーの」のかけ声で二人がカーペットを引っ張った。


「――おおぉ!」


 俺は思わず感嘆の声を上げた。ピンクという予想には反したが、俺はこれ以上に秀逸なデザインを見たことがない。床に広げられたカーペットには、橙と黄色の葉が折り重なって散りばめられていた。細かいところにはドングリやマツボックリ、キノコの類も描かれている。紅葉を主体とした色鮮やかな落葉のデザインだ。もちろん俺の名前と同じ、掌の形をした赤い葉もある。


「こんなのよく見つけたね」

「季節が過ぎて売れ残ったんでしょうね、割引のワゴンに埋もれていたわ。見つけたのは茜ちゃんよ」

「そうなんだ。すごいよ、茜ちゃん!」

「えへへ……」


 褒められたのが照れくさいのか、恥ずかしそうに笑みを浮かべている。暖色系で白っぽい部屋ではちょっと浮くカーペットだけど、カーテンの色を調節すればかなりいい感じになりそうだ。


 ひとしきりカーペットを眺めて満足してからは、三人で片付けを再開した。今日買ってきたばかりの衣類をクローゼット内のタンスにしまい、ハンガーにかけた上着を吊るす。棚には本やCDや文房具類を纏めて収めた。テーブルをカーペットの上に移動させ、近くに座布団を置く。最後に部屋の隅に簡単な屑籠と、テーブルの上に箱ティッシュだけを置いて、今日のところは完成だ。


 まだまだ私物が少なくて生活感はないけど、これが新しい俺の部屋。小奇麗で殺風景だけど、これから物は増えるだろう。そうだ、早速明日は前の部屋から鉢を持って来よう。緑があると落ち着くしな。


 すべての物が片付いたところで、自然とあくびが出てきた。疲れていたのに車の中では寝なかったし、今はご飯も食べ終えて睡魔の誘惑が強くなっている。何よりさっき整えたばかりのベッドが、いつでも倒れ込める距離にある。


 真新しい壁掛け時計に目をやると、時間はまだ夜十時を回ったところ。いつもなら後一時間は起きているけど、今日は疲れたしこれ以上することもない。だったら、やることは一つだけだ。


 ぼふん、とベッドに身体を投げ出す。肌触りがよくてふかふかで、新品の無機質な匂いがした。


「あー、このまま寝ちゃいそう……」

「楓、寝るならちゃんと布団を被りなさい。さもないとまた写真撮るわよ」


 母さんも俺が眠たいのをわかっているらしく、苦笑いしている。俺は眠くて力の入らない身体を一旦起こし、今度はちゃんと布団の中に潜り込んだ。


「お兄ちゃん、お疲れさま。わたしも部屋に戻って寝るね」

「うん……おやすみ」


 俺が布団から顔を出すと、二人はドアを開けて出ていくところだった。母さんが出る間際に明かりを消してくれたので、部屋は真っ暗になる。目を閉じ、完全に寝る体勢に入った。


 …………。


 ……………。


 あれ、おかしいな。眠れないぞ。

 睡魔は未だに頭を鈍くしているし、俺自身も眠ろうとしているのに、なぜか動機が普段より速い気がする。寝返りをいくら打っても寝付けない。女の子の身体の違和感はなくなってきているし、下着はむしろそれを軽減しているから、原因はそこではない。枕が変わったことも問題ないはずだ。現に俺は昨日まで、病院と言ういつもとは違う環境で眠れていたのだから。


 時計のチクタク音が耳に張り付き、やたらと意識が覚醒する。でも睡魔はなくならず、身体のだるさは増すばかり。なんだこれ、精神的につらいぞ。こんなに眠たいのに、何で眠れないんだ?


 目を閉じたまま混乱していると、不意にドアがノックされた。返事をしないでいると蝶番が僅かに軋む音がして、ドアが開いたのだと悟る。


「お兄ちゃん、寝てる?」


 暗闇の中に訪問してきたのは、茜ちゃんだった。


「ううん、起きてる。どうしたの?」

「あの……せっかくだから、一緒に寝たくて」


 目を開けてドアのほうを見ると、枕を持った茜ちゃんが立っているのが見えた。暗闇に慣れているおかげで、僅かな明かりでも茜ちゃんの表情がわかる。ちょっと目を伏せて、俺の答えを待っていた。


「いいよ。おいで」


 特に迷うことはなかった。すでに裸まで見せ合ったわけだし、恥ずかしいと思うことはない。それよりも妹の望みに答える兄のような心構えでいて、添い寝くらいならわけないと結論付けた。


「ありがとう」


 暗闇の中で笑うと、茜ちゃんがベッドへ歩み寄ってくる。俺は布団をちょっと持ち上げて、茜ちゃんを招き入れた。布団の中にいた俺のほうが体温が高く、茜ちゃんの体温はそれより少し低い。ぴったりとくっついた背中からそれがわかった。


 今日の出来事を思い出して、自然と感謝の言葉が口をついて出た。


「今日はありがとうな。茜ちゃんのおかげで、この身体でもやっていけそうだよ」

「お礼を言われるようなことはしてないよ。でも、困ったことがあったら言ってね。助けられることなら何でもするから」


 茜ちゃんの声を背中越しに聞きながら、本当によくできた女の子だと思う。俺は姉ってことになってるけど、そういう部分はこれから見習わなきゃな。女の子として少しでも早く、茜ちゃんの手を借りなくても生活できるようにならないと。


 目を瞑って考えていると、微かな寝息が聞こえてきた。茜ちゃんはもう寝てしまったらしい。色々付き合ってくれたし、同じくらい疲れていたんだろう。でも、俺はまだ眠ることができない。何でだろうなぁ、疲れていて眠い自覚もあるのに、意識は深いところに沈んでいかない。


 ふと寝返りをうって茜ちゃんのほうを向くと、目の前にはやっぱり気持ちよさそうに眠る女の子の顔がある。元男の俺と一緒に寝ているというのに、警戒心がまったくない。まあ、今の俺は何もできないんだけどさ。無防備なのは信頼されている証でもあるから嬉しいし、茜ちゃんの寝顔を見ていると和んでくる。でも、まだ眠れない。はぁ……なんでだろうな。


「んん……」


 茜ちゃんが寝息をくぐもらせると同時、俺の手が茜ちゃんの手と触れた。同じくらいの体温になっているその手が、俺の手を握ってくる。大きさの等しい手は、眠っているにもかかわらずそれなりに力が入っていて、離してくれそうにない。


 でも、無理矢理に振りほどくことはしなかった。できなかった、というのが正しいだろうか。ただ手を握られただけなのに、鼓動が落ち着いて、自然と身体の力が抜けていく。瞼も自然に下がっていき、視界から光がなくなる。疑問を持ったが、そのころには意識も睡魔に支配され、俺は眠りの世界へ沈んでいった。



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