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メイプルロード  作者: いてれーたん
夢のあと
110/110

新居へ

 

 茜ちゃんの運転する車に乗って、三人で美容院を出発する。十分ほどで最寄り駅の近くに戻ってくると、すぐに新居が見えた。この辺りは商店街だったのが、ここ数年で住宅街に変わっているらしい。その一角に作られたのが、今目の前にある十二階建てのマンションだ。駅の近くにあるマンションの中でも、一番新しくて大きいらしい。


 そう、このマンションの一室が、今日から新しい家になったのだ。


 敷地内の駐車場に車を停め、エントランスまで歩く。近くで見るとやっぱり大きい。ずっと見上げていると首が痛くなりそうだ。


「そうだ。楓ちゃん、これ」

「ん? なに、これ?」


 エントランスの手前で、茜ちゃんにカードのようなものを渡される。


「これがここの鍵なんだよ」

「鍵? これが?」

「そうだよ。入る時に必要だから、なくさないでね」

「うん。でも、どうやって使うの?」


 こんなの見たことも聞いたこともない。渡されたはいいけれど、使い方がわからなければ入れないのと一緒だ。


「今からやって見せるね」


 再び茜ちゃんの手にカードを戻し、エントランスの自動ドアをくぐった。中にはさらに自動ドアと、マンション全室に繋がるインターホンが壁にある。その横には管理人室の窓口があって、人のよさそうなおじいさんが会釈してくれた。


「カードで入る時はここのボタンを押してから、カードのこの部分をスキャンするんだよ」


 茜ちゃんは壁についたインターホンに近づいてボタンを押し、その横の細い窪みにカードの端を当ててスライドさせた。すると、解錠を知らせる電子音が鳴って、奥の自動ドアが独りでに開いた。


「ちなみにインターホンの時は、こっちのボタンを押してから部屋番号を四桁で入れれば、部屋に繋がるよ。部屋からはあのカメラで相手の姿も見えるし」

「かなりセキュリティに強いマンションね。まあ、今の楓には必要か」


 茉希ちゃんが何か納得したように頷く。再び茜ちゃんからカードを貰いながら、奥の自動ドアをくぐってエレベーターに乗り込んだ。見る見るうちに数字が増えて、十一階で止まった。


 エレベーターを出て右へ進むと、角部屋の玄関がある。この階はそもそも部屋が二つしかなく、どちらも角部屋らしい。廊下の広さから考えると、どちらも広い間取りのようだった。辿り着いた玄関の扉にはインターホンのボタンと、エントランスにあったのと同じカードを滑らせるための窪みがあった。


「ここはスキャンするだけでいいよ。楓ちゃん、やってみて」

「う、うん」


 さっき見た通りにカードを窪みに当てて滑らせると、がちゃりと音がした。


「開いたの?」

「うん。引いてみて」


 茜ちゃんに促されて、そーっと玄関のノブを引いてみる。鍵はかかっておらず、静かにドアが開いた。


 玄関は、一戸建てだった前の家と比べれば狭い。けれど三人が同時に入って靴を脱ぐくらいの広さはある。マンションの一室ということを考えれば十分な広さだ。


「まっすぐ行ったらリビングだよ」


 茜ちゃんが先導して廊下を歩く。途中、左右にドアが四つあった。そのうち二つはトイレとお風呂場だと考えると、間取りは3LDKだろうか。


 ドアを開けてリビングへ入る。すでに運び込まれていた小坂家の家具で生活感はあったが、それでも真新しい内装に目が引き寄せられる。ワックスの効いたフローリングに汚れ一つない壁、ピカピカのガラス戸に明るいベランダ。リビングとしての広さは十分だが、空が見えるせいか開放感があった。


「どう、楓ちゃん?」

「うん……いいところだね」


 病院のホテルのような部屋はすごかったけれど、この部屋はちゃんと家なんだって安心感がある。間取りも内装も違うのに、なんだか前からここで暮らしてたような気になってくる。


「噂には聞いてたけど、すごいところね。向こうの山まで見えるわ」


 茉希ちゃんにつられて、俺もガラス戸の向こうに目をやる。病院の窓からでもこんなに高くはない。観覧車の頂上と同じ景色に、思わずずっと見てしまう。


「ねえねえ、ベランダ出てみない?」

「茉希ちゃん、遊びに来たんじゃないんだよ……? 楓ちゃんも、荷物はもう運んであるから、先に荷解きをしなくちゃ」

「はっ、そうだね」


 茜ちゃんに諭されて、俺はようやく思考を取り戻した。


「俺の部屋って決まってるの?」

「うん、こっちだよ」


 案内されてリビングを出ようとしたタイミングで、がちゃりと玄関のロックの外れる音がした。最後に入ってきた茉希ちゃんが鍵をかけたので、同じカードを使って入ってきたということになる。母さんかなと思ったけど、入って来たのは予想に反して中背のがっしりした坊主頭の男の人だ。


「よお、もう来てたか」

「あんたこそ、荷物運びは終わったみたいね」

「予想より少なかったからな。さっき軽トラもうちに返してきたところだ」


 茉希ちゃんといくつか言葉を交わすこの人が、小坂家の荷物を運んでくれたらしかった。その人は俺に気づくと、片手を上げて名前を呼んだ。


「おう、楓。元気そうで何よりだな」

「……もしかして、透か?」


 俺の一言に男の人、もとい透は驚いたように固まった。


「よくわかったな」


 茜ちゃんが知り合いに荷物を運ばせるって言っていたから、力のある人なんだろうとは思っていた。そうなると、俺の記憶の中には一人しかいない。


「茉希ちゃんが来るって時点で、だいたい予想はできたよ」

「というよりは、坊主頭のおかげでわかったんじゃない?」

「ぷふっ」

「へっ、反応見る限り、間違いねーな」


 茉希ちゃんの言葉に俺が笑ってしまい、透も厳つくなった顔に似合わない子供のような笑顔を見せた。身体も顔つきもずいぶん大人びて、ともすれば怖い人のような印象を受けてしまうが、俺に向けられたその笑みはよく知っているものだ。


「荷物運んでくれたの、透なんだよな? ありがとう」

「気にすんなよ。トレーニングの一環だ」

「トレーニング? 柔道の?」

「透くん、道場の先生になるんだよ」


 茜ちゃんが補足してくれた情報に、俺は目を丸くした。確か透の実家は道場をやってたはずだ。


「それって実家を継ぐってこと?」

「いや、実家の道場は手伝ってるだけだ。親父が現役だからな、継ぐとしてもまだまだ先だろ。その代わりに、学校の柔道の講師になるつもりなんだ」

「へえ、本当に先生になっちゃうんだね。すごいな」

「ほらほら、積もる話は後よ。楓は荷解き、茜はその手伝い、透はアタシと買い出しよ」

「わーってるよ。ああそうだ、翔太は遅れるってよ。少し仕事が立て込んでるらしい」


 まだこの場にいない友達の名前を聞いて、俺は顔を綻ばせた。


「翔太も来てくれるんだ?」

「うん。みんなに声をかけたからね。引っ越し祝いと退院祝い、一番早くやっちゃおうって」

「家主には悪いけど、今日は忙しいわよ?」


 茉希ちゃんの悪びれない言葉に俺は笑いながら頷き、これからの予定を聞いた。


 まずは母さんが家の引き払いから帰ってくるまで、こっちに運び込んだ家具の片づけをする。その間、茉希ちゃんと透は近くのスーパーまで夕飯の食材を買いに行く。夕飯の支度をしながら母さんと翔太、そしてソラが来るのを待つのだ。


 買い出しに出かけた茉希ちゃんと透を見送り、俺は茜ちゃんに案内されて自分の部屋へと入った。すでにそこにはカーペットが敷かれ、ベッドと本棚、箪笥、ローテーブルも運び込まれていた。あらかじめ母さんの指示があったらしく、そのレイアウト通りに透が配置したらしい。まだ殺風景なのは、本棚やテーブルの上に何もなくて生活感がないからだ。さらに奥に行くとガラス戸があり、ベランダに繋がっていた。リビングのベランダと陸続きになっているみたいだ。


「お姉ちゃんのものはほとんど北見家うちから持ってきたよ。もしかしたら下着はサイズが合わないかもしれないけど、服はたぶんそのまま着れると思うし」

「ありがとう」


 逆に言えば、小坂家にあった男物の服はあまり持って来なかったのだろう。小さいころの服ならともかく、高校生になってから買った服はぶかぶかで着られない。処分されたと思うと少し悲しいが、部屋と違って箪笥の中は広くないのだ。


「わたし、リビングを片付けてるから。何かわからないことがあったら言ってね」

「うん、わかった」


 茜ちゃんに頷いて、俺は改めて部屋を見渡す。段ボール箱がいくつか部屋にあるものの、床を埋めるまでにはならない。ベッドや他の家具の存在を考えても、この部屋は前の部屋よりも広かった。段ボール箱を片付けてしまえば、おそらく家具の間が広く空いて物足りなくなるかもしれない。


 いや、それならいっそ家具を増やすというのもアリだろうか。壁際も空いてるし、本棚はもう一つ置けそうだ。ベッドの周りも余裕があるし、抱き枕やぬいぐるみを増やしてもいいかもしれない。ベランダにはプランターや鉢植えを置いて、また花や植物を育てたいな。


 部屋を見ながら、ふとベランダに出てみた。さすが十一階だけあって周りを一望できる。風は強いけれど、天気がいいのもあって肌寒くは感じなかった。


 以前はこんなふうに街を見下ろしたことはなかった。けれど、一目見てわかるほどにこの辺りは様変わりしているように思う。駅のある北側は比較的新しい外観の建物がいくつかできていたし、このマンションの周りも新しい家かアパートばかりだ。


「ん?」


 チカリと、太陽が反射するように何かが光ったのが見えた。目を凝らしてみるけれど、遠くてよくわからない。窓に日の光が反射しただけだろうか。


「……おっと、そんな場合じゃなかった」


 ずっとここにいても部屋は片付かない。俺は部屋に戻ると、長袖を肘までまくり上げる。茉希ちゃんと透は一時間もしないうちに帰ってくるだろうし、茜ちゃんがキッチン周りを片付けたら夕飯の支度を始めるはずだ。お客さんのみんなが働いて、家主が何もしないわけにもいかないだろう。全部は無理にしても、ある程度だけ部屋を片付けて、俺も準備に加わらないと。そう気合いを入れて、俺はようやく荷解きに取り掛かった。


 

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