序章
世界を破壊するのは簡単だ。
核ミサイルなど要らない。
戦艦も、戦車も、無人戦闘機も要らない。
たった一言、悪魔の囁きがあれば世界を壊すことはできる。
何故なら人間にとって世界とは社会とニアリーイコールだからだ。
囁きで地球を壊すことはできなくとも社会を壊すことはできる。
疑うか?
ならば、一つ例を挙げよう。
『豊川信用金庫事件』というのを調べてみるといい。
調べたか? 簡潔にまとめれば、たった一人の女子高生の一言が重大なパニックを引き起こしたという事件だ。
彼女には悪意などなかった。
それでもそれだけの騒ぎになった。
ならば、もし、悪意を持って一言を囁けばどうなる?
「私はデマになど踊らされない」と言いたいか?
ツイッター、Facebook、Google+、インターネットが普及し、ソーシャルネットワークサービスや電子メールなど圧倒的速さと規模で、真偽を確かめることもできない得体の知れない情報が飛び交う時代。
キミは自分が情報の真偽を見極められる、と言い切れるか?
個人には判断のつかない情報が、圧倒的速さを持って飛び交う現代。
例え、キミが凡人より少し情報処理能力に優れたとしても、野火が広がるようにデマに踊らされる大多数の凡人が真偽も見極めず情報を流すだろう。その尾ひれのついた情報の濁流の中から真実のみを拾い上げ、価値を見極めるなど砂漠で一粒の砂金を見つけるようなもの。
仮定の話をしよう。
新種の感染病が発生、上陸したとしよう。
感染者がバタバタと倒れ、高熱にうなされ、血を吐いて死んでいく。
キミのクラスメイトや同僚も何人か死んだとしよう。
そんなとき「蚊がこの病気の媒体だ」という情報を聞いたらどうする?
専門機関の公式発表ではなく、医者の言葉でもない。それでも、我が身が危険、となれば疑うこともせず踊らされ、疑ったとしても留まることができないのが人間だ。姿も視えない、声も聞こえない、根拠なき流言でも大半の人間が競うようにして虫除けを買い、蚊取り線香を焚き、ボウフラを駆除するだろう。
蚊なら誰もが迷わず同じような行動をとるだろう。
では、もしも、「海外からの帰国者に近づかなければ感染しない」と聞いたら?
会社や学校、公的権力はおそらく、海外から帰国者に自宅謹慎を強いるだろう。
では、その感染病の感染者が血を流す前に焼き殺せば感染病はそれ以上広がらない、と聞いたらキミはどうする?
少し賢い者あるいは臆病者ならば何もせずに傍観しているかもしれない。しかし、皆が皆そうではないことくらいはいう間でもないだろう。キミが傍観したとしても誰かが踊らされ、そして、本当に人の家に火を放つかもしれない。
そんなとき、キミならどうする?
生死の懸かった極限で狂気に支配された誰かが実際に火を放ったらそれを消し止め、焼かれようとしている者に手を差し伸べられるか?
虐められているクラスメイトに手を差し伸べることさえかなりの勇気がいることだ。狂気にとり憑かれた者の前で邪魔をすればキミも巻き添えになるかもしれない。そんな状況で自分の命を賭して他人を救える者は、デマに踊らされる者、怖くて追従する者、悪意を持って便乗する者の総数に比して間違いなく小数だろう。
どうだ? 悪魔の囁きが引き金を引きさえすればキミの世界を壊す程度のパニック引き起こすことなど簡単だとは思わないか?
この話はもしかしたら近い将来キミの世界でも起こることかもしれないできごと。そう思って見るといい。