奇跡
ベタな設定シリーズです、今回は少し長いです。
俺はもうすぐ死ぬ
今朝、登校中に女の子を助けて車に轢かれた
「行ってきまぁす」
いつも通りの時間に家を出て気持ち足早に歩く、学校は近いので徒歩で通学
五月晴れに恵まれた今日は暖かく通い為れた通学路も軽快だった、左手に持つカバンも昼飯の弁当と友達に借りたCDが入っているだけ、もちろん教科書なんか学校に放置だ
鼻唄混じりに歩いていると割と交通量の多い交差点に出た
遅刻しそうな時なんかは横断歩道なんて使わないで渡ってしまうが、別に今日は時間があるので歩道を進んで横断歩道の方に歩いて行く
丁度待っている人がいる、俺も通っていた中学校の制服を着た女の子だ、ボタンを押していてくれてるだろうから待つ手間が省ける
俺が横断歩道に着く前に信号が青になる、女の子が歩き出す、女の子の向こうにこっちに向かってくる車が見える、車の信号は赤なので全く気にしない
俺も渡らないとと足を早めようとした時に気付く
アレ止まれなくないか?
車は凄いスピードで横断歩道に…と言うか女の子に向かって来る、周りにも人がいるが気付いてない
気が付いたら俺はカバンを放り投げて走り出していた
結構冷静だった、間に合う自信があった俺は友達のCDの心配までしていた
女の子の背中を突き飛ばす
瞬間、俺の右側全部に凄まじい衝撃、音は大きかったが結構間抜けな効果音だった気がする、限界を越えた痛みは感じないというが本当だ、痛くない分まだ冷静だ
次に背中と頭に強い衝撃、引きずられた様な痛みの後、丁度見えた横断歩道は随分遠い
あの子もいる、倒れて…いる
動い…てい……る、
大…丈夫………そう………だ…
……………………
……………
……
白い床、白い壁、規則的な音がする機械、何本ものチューブ、その先のベッドには私を助けてくれた人がいる
今朝私は車に轢かれそうな所をこの人に助けてもらった
ここは集中治療室、意識不明の重体、私は割烹着の様な衛生着を着ている、御両親とお医者さんが許可をしてくれて中に入れてくれた
私はこの人を知っている、毎朝通学途中の私を追い抜いて行く人だ、優しそうな顔でいつも楽しそうに通学していた人
今思うとこの人に憧れて第一志望の高校を同じ学校に決めていたと思う
名前すら知らなかったけど一緒に通学したいと思っていたのかも知れない
「うぅ…う…」
涙が溢れてきた、憧れていた人は私の想像を遥かに越えた人だった
私の代わりにこんな姿になってしまった
「うう…あぁぅ…うぅ…」
「…お……い…」
えっ?
「あっ…えっ?」
気が付いた!看護師さんを呼ばないと!ベット
ドのボタンを押す
「……き…み……が……ょ……か…た………」
「は…はい…助けて頂いたんです…」
「……………」
「えっ…あの?…大丈夫ですか?」
それっきり動かなくなってしまった、直ぐにお医者さんが来てくれて処置をしてくれたけど今夜が山らしい
ここはどこだ?
真っ白な部屋…ベッド…病院?
そうだ…俺は車に轢かれて…
助かったのか?どこも痛くない
「うぅ…う…」
誰だ?母さん?
痛みは無いが体が動かない、目だけ動かして見てみる
この子は誰だ?…なんか割烹着みたいな服の下に見えるのは中学の制服、あぁ…俺が突き飛ばした子だ
「うう…あぁぅ…うぅ…」
あわわ…泣いてるよ…
「…お……い…」
あれっ…上手く喋れない…
「あっ…えっ」
俺が声を掛けると彼女は慌てて何かやってる、なんだか必死だ…でも良かった…怪我とか無さそうだ
「……き…み……が……ょ……か…た………」
「は…はい…助けて頂いたんです…」
あ…駄目そうだ…頭が痛い……凄く眠い…目を開けていられなくなる…
「ちょっと…やだ…ねぇ!」
痛い痛い…揺すら…ない…で…
もう深夜になる、私はお母さんと二人で病院の待合室にいる
あの人の御両親は帰る様に言っていたが帰れる訳がない
今あの人は心臓が辛うじて動いている状態…最も危険な状態らしい、
私はさっきから毎朝見ていたあの人の後ろ姿を思い浮かべていた…こんな事になるなら声を掛けて友達になっておけば良かった…そうすれば毎朝一緒に通学していて事故なんか起こらなかったかも知れない…
そんな出来た筈の無い絵空事を思い描く始末だ…
お母さんは疲れてしまったんだろう…隣で私の手を握ったまま眠ってしまっている、無理も無い…仕事場から駆け付けてずっと病院にいる訳だから…私もだけど…
待合室は静かで無機質な物しか無い、なんだか私も起きているのか眠っているのか曖昧になってくる…
さっきのあの人の声を思い出す
『……き…み……が……ょ……か…た………』
あんな状態で私の事を気にするなんてどうかしてる…
枯れたと思っていた涙が頬を伝った様な気がした
……俺はどうなったんだろう…
死んじまったか?
…まぁいいか…あの子は助かったし…
…………………
「あれっ?」
ここは?どうして外にいる?
見回してみるといつもの通学路の交差点だと解った
ちょっと先には横断歩道…
「えっ?」
あの子が居た、横断歩道を渡ろうとしている…
まさか…
左手に持ってた何かを放り投げて俺は走りだした
やっぱり!あの子の向こうには猛スピードの車
全く同じ状況だ!
一瞬
…助けなければ助かるよ…
なんて幻聴が聞こえる
「馬鹿言ってんじゃねぇ!」
女の子の背中を突き飛ばす
………筈だった
空振り、手を引っ張られる
車がぎりぎりをかすめる
路肩の方まで地面を転がる、女の子も一緒に転がる
「な…何だ!?」
同じ状況の夢とかじゃないのか?俺は轢かれる筈じゃないのか?もう何が何だか解らない
「うああぁ!」
「わあっ」
女の子が抱きついてきた?えっ?えっ?
「な、ど…どうしたの?」
「良かった…良かったよぉ…」
地面に転がったままで俺に抱きついてわんわん泣いている、周りのギャラリーが凄い、車は行ってしまった様だ
「お…落ち着いて?ね?」
とりあえず立たせて歩道に連れて行く、少し落ち着いた様だ
「私…待合室に居たのに…気が付いたら…あの朝みたいに……歩いてて…」
あの朝?
「えっ…じゃあ君も?」
「………あなたも?…ですか?」
「あぁ、この朝は…二度目?…だと思う…」
「私も…二度目です…振り向いたら…先輩が…もう夢中で…」
「助けてくれたんだな…」
「助けてもらったのは私です!」
凄い剣幕で怒られてしまった…
「ご…ごめん…」
「あ…いえ…」
……………………
二人共黙ってしまう…
「夢じゃない…ですよね…」
「……俺も…生きてるし…現実…かな?」
なんとなく自信が無いが哀願される様に言われるとそう言うしかない…
「でもこれはいったい…」
「……現実です…現実じゃなくちゃ嫌…です…」
そう言って離れていた彼女は身を寄せてくる
「……あ…あぁ…」
どっちにしても助かっていた彼女がこんなに喜んでくれている、病院の時も俺の為に泣いてくれていた
十分だった
日常を取り戻した何も起こらなかった交差点、でも起こっていたんだ、俺達二人だけに…
俺達は学校があるのも忘れてしばらくそうしていた