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漸く鉄が馴染んできた甲冑を身に纏い宿舎を出ると、耳を突く様な黄色い悲鳴を頂いた。何かと見れば、何故か年端の行かぬ少女たちが戸口に集まっていた。騎士ばかりのむさ苦しい空間に流行の鮮やかな衣装で着飾った少女たちは酷くそぐわない。誰かを待っているのかととっととその場を後にしたが、何故か小走りで追っかけられた。その気配に、ヴァルドの頭の中で同僚の言葉が甦る。嫌な予感を感じて早足で小道を曲がる、それを幾回か繰り返すと少女たちの足音が完全に聴こえなくなった。


(…撒けたか、)


小さく息を零し、自分を落ち着かせようと腰の剣を探った。慣れた鋼の擦れる音に呼吸を整え、改めてヴァルドは目的地まで足を運んだ。___まだ、昼休憩には時間がある。


居心地の悪い熱い視線を浴びながらなんとか郊外まで出ると「おっちゃーん」という耳慣れた声が聞こえて来た。それに気づくが足を止めずにいると後ろからぐんっと腰辺りを押された。


「無視すんなよっおっちゃん!」

「…悪いが、お前の相手をしている暇はない。帰れ、クルト」


ヴァルドの甲冑の隙間に指を押し込みながらクルト……初めてこの国に来た時に世話になった子どもはむっとした様子で眉を寄せる。


「ンだよ、偶には遊べよな!ナータもおっちゃん待ってんだから」

「…」


ナータというのは、クルトの2つ離れた妹だ。兄が兄なら妹も妹で、何が良いのか無愛想気回りないヴァルドに良く懐いている変わり者の兄妹。…いや、それいうならこの国の民の殆どは物好きか。

街中で受けたいやに熱の籠もった視線を思い出して、ヴァルドは自然とため息をついた。その様子をじっと見ていたクルトが神妙な様子で口を開く。


「なんか…疲れてんな。騎士の仕事ってすげぇのな、親父も言ってたよ。国で一番大変だけど、名誉のある仕事だって」

「それは誤解だ。この国の騎士ほど楽な仕事はない」

「そうなのか?農夫より楽?」

「…俺は農夫を営んだことはない」


暗に知らないから比較できないという言を匂わすも、クルトには伝わらず小首を傾げさせてしまった。そんな自分の口不調法に気を煮やすヴァルドを知ってか知らずか、クルトはヴァルドの大きな歩幅について行くために確りと甲冑を掴み直して続ける。


「人ってさ、いっぱい疲れて仕事すると歳食うの早くなんだってよ」

「…」

「逆に、生き甲斐っていうの?そーいうの持って、生きていく一部みたいに仕事すると歳食わねぇんだって」

「…」


「おっちゃん、最近すっげー若く見える」


ぴたりと足を止めたヴァルド、その鋭い視線に射抜かれながらクルトはにんまりと悪戯が成功したと言わんばかりに笑みを深めた。


「クルト、お前…」

「うちに来たばっかりの時はまるで繁殖中の熊みたいな顔してたのに、人間って変わるよな!」

「…」

「ま、騎士の仕事楽しそうだし良かったな。あ、だからって俺たちのこと蔑にしたらこんど妹と騎士宿舎まで言って「お父さんいますか?」って訊ねちゃうかんな!」

「止めろ」

「じゃあ次は俺ん家ちゃんと寄ること!」


びしっと指さして言うなり、クルトは甲冑から手を放しさっさと逃げ帰ってしまう。その背を憎らしく見据えるヴァルドの視線の先で、クルトが思い出したようにくるりと振り替えた。何かと見やるヴァルドにクルトが大きく手を振りながら言う。



「ケッコンシキには呼べよなー!」











「…今日は随分とお疲れのようですね、ヴァルド様」

「………」

「あらあら、眉間の皺が何時もより6本も多いですよ」


フフっと花の囁きの様に笑いながら、ひいふうと皺を数える彼女に止めろと頭を振って見せるも、彼女は囁き笑うのを止めない。


「そんな顔ばかりしていらっしゃると何時か皺が取れなくなっちゃいますよ」

「余計な世話だ」

「ヴァルド様は目を放すと直ぐにおじいちゃんに成っちゃいそうですね」

「…」

「あ、でも初めてお会いした時に比べるととっても凛々しくなったように思います」


まるで呼び鈴のような彼女の言葉にそっぽ向いていた顔をゆるりと戻すと、彼女は____シナモンはふわりと澄んだ翠色の瞳で微笑んだ。


「もちろん、今も昔も素敵なことに変わりはありません!」


いたずらっ子っぽく付け加えて笑うシナモンを暫く見据えた後、ヴァルドはそっと彼女が座る薄桃色のシートの上に邪魔した。そんなヴァルドの不作法に眉を顰める事無く、シナモンは彼の大きな体がシートに収まるように少し横にずれると楽しそうに頬を染めて笑う。


シナモンはこの国に生まれ育ったさる貴族の令嬢らしい。自称なので真実は定かではないが、彼女が纏うドレスは何時も上質なのでほぼ間違いはないとヴァルドは思っている。それになにより、シナモンはそんな器用な嘘が着けるほど器用ではないことも…短い交友だが、良く知っていた。





初めて会った時も、彼女はとてもじゃないが淑女とは思えない行動をしていた。初めてヴァルドがこの国に来た時、独りになりたくでこの人気のない森に入った。そこで出会ったのがシナモンだ、彼女はあろうことか木の上で鳴いていた。胸に抱いた小さな猫と一緒になってニャーニャーと泣いていたのだ。


「ああっそこのお方っどうかお手を、お手を貸してくださいまし…!」


そう言って涙を浮かべるシナモンは見るに堪えない恰好をしていた。木の裂け目に引っ掛けたのか、繊細なドレスが真っ直ぐに割けており真っ白な足が晒されてしまっている。綺麗に編まれていたであろう髪は所々解け、片手には小さな猫を、もう片方は必死に枝を掴んでいる。その有様もそうだが、見ていて忍びなくなるほど震えている体が彼女の趣味が木登りでないことを暗に告げており、ヴァルドは嘆息した。そんなヴァルドの様子に見捨てられると思ったのか、シナモンはびくりと体を震わせたがのしのしと木の根元まで寄って来てくれる彼にぱっと顔を喜色に染めた。


(ころころと…よく表情が回る、)


そんな感想を抱きながら、彼女の下あたりに移動したヴァルドは顔をあげて愕然とした。そんなヴァルドに気づかず、シナモンは興奮が抑えきれない様子でこちらを除き込んでくる。


「あ、あのっ…!」

「馬鹿っ足を隠せ!」

「へ?」


バッと弾かれる様にヴァルドが顔を背けるのと、シナモンが自分の有り様と確認するのは同時だった。体制を変えた所為か、ヴァルドの位置からは確りとシナモンの繊細なレースが重なるその中の……真っ白なドロワーズが丸見えだった。いっそ、色気など感じない程に。


それに気づいたシナモンの顔が、桃色から熟れたリンゴのように真っ赤に染まった直後、絹を裂くような叫び声があがった。それに呆れたようにヴァルドが頭を抱えると、不意にバキリッと嫌な音が聞こえた。ハッとして見上げた先で、ドロワーズを隠そうとして体を丸めるシナモンが見えた。その所為で体重が一か所に集中し、それまでなんとか保っていた枝が等々悲鳴をあげたのだ。

ニャー!と子猫が鳴く、「えっ」とシナモンがその事に気づいた時には既に枝の限界はそこまで来ていた。大きな亀裂音と共にシナモンの体は宙に投げ出された。茫然と投げ出されるシナモンにヴァルドは込み上げる雑言八倒がひゅっと喉の奥に引き戻るのを感じながら、だんっと足を踏み出し腕を伸ばした。




「ご、ごめんなさい…こんなことまでして頂いて…」

「……」


恥ずかしさやら情けなさやら、色んな感情でいっぱいにした顔で俯くシナモンにヴァルドは無言を返した。そして淡々と彼女の折れてしまいそうな足に慎重に布を巻いて行く。いや、彼女を抱きとめた時から解っていた。彼女はどこもかしこも細く柔く、触れただけで壊してしまいそうなほど繊細だった。事実、ヴァルドは自分で受け止めて置きながらこんな脆いものが自分の腕の中で壊れずにいたことが不思議でしょうがなかった。だがそんな困惑は、だらだらとドレスを汚す真っ赤な血に瞬く間に弾け飛んだ。彼女は落下の最中に怪我をしたのだ。


「あの、私はシナモンと言います。宜しければ貴方様のお名前を窺ってもよろしいですか?ぜひ、お礼を…」


上質な陶磁器の様に見えた柔足だが、触れると陶磁器とは比べ物にならないほど柔らかかった。それを眼前に、あまつさえ触れているヴァルドの緊張の振り子は既に限界だ。こちらは驚きと困惑の連続が明けたばかりだと言うのに、なぜこんな仕打ちを受けなければならないのだ。呑気な女を前にそんな理不尽な怒りが込み上げて、ヴァルドは思わずその怒りのまま言葉を選んでしまった。


「礼などいらん、」

「ですが…」

「礼よりも先に、お前は職人に謝罪すべきだ」


ぴしゃりと打つようなヴァルドの言葉に、シナモンは翠色の瞳を見開いた。その常なら綺麗だとか、売ったら高くつきそうだと思う瞳の色も今は苛立ちを増長させるものでしかない。ヴァルドは舌打ちを隠そうともせずに続ける。


「そのドレス1つに一体どれほどの金と民の精が詰まっているのか知らないのか。そんな上等なもので木に登るなど野党でもしないぞ」

「で、でも、猫がっ降りれなくて泣いていて、」

「そんなもの言い訳に過ぎん」


矢継ぎ早に語られる理由をヴァルドはすっぱりと切り捨てる。そんなヴァルドを批判する様に子猫が大きく鳴いた。でもそれも、ヴァルドがギンッと見据えれば直ぐにそごそごとシナモンの腕に隠れてしまう。そんな猫を抱えて、シナモンは唇をきゅっと噛んで俯いていた。微かに震える肩に言い過ぎたか、そんな不安がヴァルドの脳裏をかすめる。


(いや…これ位言わないと伝わらない、またこんなことをされたら…)


今回は自分がいたから良かった。でも次は?次は誰が猫を助けるために無茶をする彼女を助ける?こんな森の奥で、一人でいる彼女に気づくと言うのか。

今度もこんな傷一つで済むなんて確証、どこにもないのだ。


(だが…)

言い方、というものがあるのかもしれない。


もっと上手くそんな気持ちを伝える方法があったのではないか?一人木の上で助けを待ち、体を冷たくした彼女にこの言い方はあまりにも酷い。もっと彼女の不安や安堵を組み取って、選ぶ言葉があったのでは…?

そう思い至り、ぎゅっと膝に沿えた拳を握りしめる。仕様のない葛藤に苛まれるヴァルドの前で、シナモンがばっと顔を上げた。唐突な事に驚いて目を見張るヴァルドに、シナモンは零れてしまいそうな翠色の瞳で真っ直ぐにヴァルドを見た。


「ごめんなさいっ貴方の言う通りだわ!」

「!」

「わ、私…とっても考えなしだった…。このドレス、今の流行だからって父に押し付けられて、その、あまり好きなデザインじゃなくて、でも年頃なんだからこの位しろって小言を言われて私腹が立ってしまって…いえ、これも言い訳よね。だからって、蔑に扱って良いものではなかったはずだわ」

「…」


茫然とするヴァルドにシナモンは一人そう言って頷くとすくりと立ち上がった。同時にくらりとよろつくものでこちらの肝が一瞬冷える。


「っ…私、帰って父に謝ってきます―――――!」

「なっ」


言うなりじんわりと涙を溜めて走るシナモンを、ヴァルドは一拍置いて慌てて追いかけた。お前その避けたドレスで戻れるわけないだろう!!そう怒鳴る声も口にしなければ届くことはなく、ドロワーズをむき出しにしている彼女…そんな彼女に教えられた名前を怒鳴る様に口にした。



「止まれっシナモン!!!」



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