婚約解消を宣言しました。例え政略でも、アルディシア、君のことを愛していた。
「アルディシア、君と婚約を解消したい」
いきなり、婚約者のデルク第二王子に言われて、アルディシアは驚いた。
アルディシア・ラード公爵令嬢。
今までデルク第二王子との仲は良好だ。
婚約を結んで二年過ぎたが、色々と将来の事や仕事の事、互いの趣味等、気心もしれているとアルディシアは思っていた。
デルク第二王子はラード公爵家に婿入りする。
それなのに、いきなりアルディシアに婚約解消を申し出て来たのだ。
それも二人きりで王宮のテラスでの交流の時に。
アルディシアはデルク第二王子の整った顔を見つめながら、
「何故、婚約解消を?わたくしに至らない点がありましたか?」
「君は立派で博識な令嬢だ。私にはもったいないくらいの」
「それならば、どなたか心を動かされた方がいらっしゃるのですか?」
「私が浮気をするような男に見えるか?」
「ならば何故?」
「愛を感じないからだ。君からの愛を」
「はい?」
「いかに婿入りとはいえ、私は愛のある結婚をしたい」
「何故、わたくしから愛を感じないのです?」
「君との交流は順調だ。色々と話もして、気の合う相手だと認識している」
「ええ、わたくしもデルク様とは気が合うと思っておりますわ」
「しかしだ。愛を感じない。君は私を愛しているか?」
「政略ですし、王家からの命で、デルク様の婿入りは決まったわけですから」
「そこだっ。愛を感じない。私は愛して貰える女性と結婚したいのだ」
「でも、それでは我がラード公爵家の婿入りの話はなくなりますわ」
「それは困る。そこでだ。エレナ・バル男爵令嬢を養女に迎えたらどうかと思うんだ。君の代わりにラード公爵家を継がせて」
「はい?エレナという女と浮気をしていたというのですか?」
「浮気ではない。本気だ。エレナは私の事を褒めてくれる。私の事を愛しているというんだ。可愛いだろう。それに比べて、君は政略だとしか言わないし。エレナにラード公爵家を継いで貰って、私を婿入りさせれば全て上手くいくと思うんだ」
「わたくしはどうなるのです?家を出ろと?」
「他に嫁入りすればいいのでは?この話はラード公爵も承知している」
「はい?お父様がですか?」
「ラード公爵に確認して欲しい」
家に帰って父ラード公爵に確認した。
ラード公爵は書類を手に、アルディシアに向かって、
「デルク第二王子殿下にエレナ・バル男爵令嬢を養女に迎えて、お前を他に嫁がせると私から提案した。エレナはお前も知っていると思うが、私の妹の娘だ。ラード公爵家の血を全く引いていない訳ではない。だから、いかに男爵令嬢とはいえ、養女にしても問題はないだろう」
アルディシアは怒って、
「わたくしがいるというのに?わたくしを追い出して?どうしてです?お父様」
どうしてなんで?わたくしが出て行かなければならないの?
父は一言、
「お前が不貞をしている事は調べがついている。隣国のイアド・デ・レドン公爵令息だったな。相手は」
「お、お父様。彼は留学していて、不慣れだというから」
「不慣れならば、キスをしてもかまわぬと?ペラペラと色々と漏らしおって」
「聞かれたから。わたくしはイアド様に。この王国の事を知りたいと言われたから」
「だから漏らしたと?王家はお前を罰するとは言ってはいない。イアドにくれてやると言っている。一週間以内に荷物を纏めて国外へ出るがいい」
「そんな急に?わたくしは王立学園在学中ですわ」
「慰謝料を請求されなかったというだけでも有難く思え。後、投獄されなかったというのも感謝するがいい」
アルディシアは荷物をメイドにまとめるように命じるしかなかった。
ああ、どうして、デルク様はイアド様との事を問い詰めなかった?
どうしてあんな言い方をしたの?
知られていたなんて。わたくしがイアド様と口づけをしたということを。
初めて恋心を感じた。
デルク様には感じない恋心を。
金の髪に色黒の肌。初めて彼を見た時から独特の雰囲気に目が離せなかった。
学園で不慣れな彼に親切にしているうちに親しくなった。
彼と私的な話をするようになって、彼はわたくしに向かってとある日、
「貴方のような人が私の婚約者だったらよかったのに」
胸がときめいたわ。
顔が近づいて来て、口づけをして。
ええ、口づけをしてしまったの。
王家の秘密なんて、わたくしは王太子妃ではないから知らない。
ただただ、王国の事を色々と話しただけ。
デルク様から聞いた事をお話しただけよ。
機密情報なんて話していない。
口づけをしただけよ。
初めての恋だったのですもの。
確かに不貞に思われるかもしれない。
でも、わたくしは恋心を抑える事が出来なかった。
出来なかったのよ。
王立学園に行き、イアドに王国を出なければならないことを話した。
イアドは眉を顰めるも、
「仕方が無い。我が帝国に連れて帰ろう」
「有難うございます。わたくし、行くところが無くて」
「我が公爵家で面倒を見るから安心するがいい」
そうは言ってくれたが、アルディシアは不安で不安でたまらなかった。
デルク第二王子はため息をついた。
王宮のテラスに座り、空を眺めれば夕暮れで。
嫌でも、アルディシアと共に話をし、過ごした日々を思い出す。
愛していた。
アルディシアの事を。
あの美しく気高く、博識で。
ラード公爵家に婿入りすることを誇りに思っていた。
なのに、アルディシアは留学生イアドと親しくするようになって。
調べたら口づけを交わして、色々な事を相手に漏らしているという。
どうしてなんで?
美しさなら負けてはいない。デルク第二王子だって、金髪碧眼の美男だ。
だが、イアドは金髪碧眼で色が黒くて、どこか謎めいた容姿をしていて。
そんな彼にアルディシアは惹かれてしまったのかもしれない。
イアドの事をどうしても問い詰める事が出来なかった。
イアドと口づけをしていただろう?だなんて問い詰めたら負けた気がしたから。
きっと口汚くアルディシアを責め続ける。
それはプライドが許さなかった。
エレナ・バル男爵令嬢?
好きになってしまったと言ったが、別に好きでも何でもない。
そもそも顔も知らない。
ただ、ラード公爵の妹の血筋だから、公爵が養女にすると言っていた。
彼女と結婚することになるだろう。
なんせ、自分はラード公爵家に婿入りするのが生きる道なのだから。
でも、アルディシアの事が憎い。裏切られて憎い。
だから言ってやったのだ。
好意を寄せてくれるエレナの事が好きだと。
何が好意を寄せてくれる?
顔も知らないのに。
彼女は男爵令嬢だ。
公爵夫人として先行き、やっていけるだろうか?
これからラード公爵家での苛烈な教育が待ち受けているだろうに。
ただ、バル男爵夫人がラード公爵家の出なので、彼女の今までの教育に期待するしかないが。
ああああ、私は愛していたよ。
例え政略でも、アルディシア、君の事を愛していた。
だから、悔しい。
あの男にイアドに盗られたのが悔しい。
イアドに恋した君がそして憎い。
この憎しみをどこに持っていってやろう。
きっとこの憎しみは永遠に消えないのだろうな。
それ程に、君への愛は深かった。心の臓を抉る程に……
アルディシアは、イアド・デ・レドン公爵令息に連れられて帝国に渡った。
ただ、イアドの方はアルディシアに対して本気でなかったらしく、彼は婚約者の帝国の皇女を嫁に迎えた。
アルディシアは公爵家で領地経営の仕事の手伝いをすることになった。
イアドは正妻が怖いらしく、アルディシアに話しかけもしない。
ただただ執事を通じて仕事をさせられる日々……
こんなはずじゃなかった……
王国に帰りたい。でも帰れない。
アルディシアは涙を流すのであった。
デルク第二王子は、初めてエレナ・バル男爵令嬢に会った。
王立学園の中庭で話しかけられたのだ。
「不敬を承知でお声をかけさせて頂きました。エレナ・バルでございます」
頭を下げるエレナ。
黒髪碧眼の地味な令嬢だ。
デルク第二王子はエレナに向かって、
「ラード公爵家の養女になると聞いた。そして私と婚約を結ぶ事も承知しているであろう」
「ええ。ですからこうしてご挨拶に」
「お堅い令嬢だな」
「私はこれから、ラード公爵家にふさわしい令嬢にならねばなりません。母に今までも色々とマナーを教わって参りました。精進致しますのでよろしくお願い致します」
初対面はそんな感じだった。
エレナはラード公爵家の養女になると、エレディアナと名を変えて、公爵令嬢らしく成長していった。
会うたびに、美しく気高く成長していくエレディアナ。
黒髪をアップにし、それはもう美しく大輪の花のように。
デルク第二王子はエレディアナにとある日、色々と話をした後にぽつりと、
「私は心に傷を抱えている。アルディシアに裏切られた。いまだに彼女を許せない」
エレディアナは微笑んで、
「許さなくてもよいのではありませんか。それが人というものですもの。わたくしはそんなデルク様の傍で、色々と力になりたいと思っておりますわ」
手をそっと握られた。
エレディアナに対して、愛しいと初めて思った。
アルディシアの事は憎い……
でも、エレディアナと共に先に進んで行こうと決意を新たにした。
デルク第二王子はラード公爵家に婿入りした。
エレディアナとの仲は良く、結婚後、三人の子に恵まれて幸せに暮らした。
デルク・ラード公爵は常々、
「妻が共に居てくれたから、私はこうして幸せに生きる事が出来る。妻には頭があがらんよ」
と言うのが口癖だったと言われている。




