第1話 何かを始めたい
1人の凡人大学生がふと思いついた事業に周りが振り回されていく様を描いた作品です。
大学三年生。
神城蓮は、最近よく考えることがあった。
「大学生で会社作るのって、今じゃ別に珍しくないよな……」
スマートフォンを眺める。
学生起業。
フリーランス。
個人事業主。
同好会やサークルを作るのもいい。
けれど――。
「会社作るのも、なんかいいよな」
大学三年生になって、周囲では就職活動の話も増えてきた。
「どこの企業受ける?」
「インターン行った?」
そんな会話を聞くたびに、蓮は思う。
自分は何がしたいんだろう。
「何かないかなぁ……」
そんなことを考えながら、蓮は研究室へ向かった。
研究室に入ってから半年。
まだ卒業研究の具体的なテーマは決まっていない。
研究室では、大学院生の先輩たちが毎日のように研究をしている。
実験。
データ整理。
論文。
発表資料。
そして時々――。
「来週、学会だから」
「発表資料、先生に見てもらおう」
そんな会話が聞こえてくる。
蓮は以前から気になっていた。
「……学会って、何やってるんだろ?」
ある日、教授に聞いてみた。
「先生」
「なんだ?」
「先輩たちって、学会で何やってるんですか?」
「研究成果の発表だよ」
「企業の人も来るんですか?」
「来ることもある」
「企業が研究を欲しがったりするんですか?」
「もちろんある」
教授は答えた。
「企業と共同研究を組むこともあるし、研究成果を事業に利用することもある。企業から研究費を出してもらって研究することもある」
「研究費って、結構もらえるんですか?」
「共同研究なら規模によるな」
「へぇ……」
蓮は先輩たちを見る。
「じゃあ、先輩たちがやっている研究って、企業からお金を出してもらってるんですか?」
「人による」
教授はそう答えてから、ふと思い出したように言った。
「……そういえば、今年はうちの研究室も企業と共同研究しているじゃないか」
「え?」
「忘れたのか?」
「いや、なんとなくは知ってましたけど……」
「ほら、あの二人」
教授が指差した。
卒業研究をしている二人の学生。
「企業との共同研究を卒業研究のテーマとしてやっている」
「卒研なのに、企業と?」
「そうだ」
蓮は興味を持った。
「どうやってやるんですか?」
「基本的には企業側が研究の進め方を提示する」
「企業が?」
「そう。必要な実験条件やデータの取り方、評価方法などを決めてくる」
教授は続けた。
「学生は、その方法に従って研究を進める」
「じゃあ、大学側が自由に研究するわけじゃない?」
「共同研究だからね。企業側が必要としているデータを出すことが優先される」
蓮は少し驚いた。
「企業の研究員みたいですね」
「まあ、そういう部分もある」
教授は笑った。
「ただ、うまくいかないこともある」
「そのときは?」
「私に相談する」
「先生に?」
「もちろん」
教授は二人の卒研生を見る。
「企業から指定された方法で実験したけど、期待したデータが出ない。あるいは、データのまとめ方や分析方法が分からない。そういう場合は私に相談してくる」
「なるほど……」
蓮は研究室の光景を見た。
大学生が研究している。
でも、その研究の先には企業がいる。
企業が必要とするデータを大学生が集めている。
そして教授が研究を支えている。
「企業の人って、大学に来るんですか?」
「ああ」
「どのくらい?」
「月に三回くらいかな」
「そんなに?」
「進捗確認だよ」
蓮は驚いた。
「企業の人が来て、研究の進み具合を見るんですか?」
「そう。データを確認したり、次に何をするか相談したりする」
「じゃあ、その人は研究者なんですか?」
「いや、企業側のエージェントだ」
「エージェント?」
「共同研究の窓口になっている人だよ」
蓮は、その言葉を頭の中で繰り返した。
企業と大学の間に立つ人。
研究の進捗を見る。
必要なデータを確認する。
大学側と話をする。
「その人も学会で発表するんですか?」
「場合によってはな」
「企業の人なのに?」
「大学との共同研究として発表することもある」
蓮は黙り込んだ。
企業と大学。
研究費。
学生。
教授。
エージェント。
学会。
全部が一本の線で繋がっている。
「……先生」
「ん?」
「これって、結構普通なんですか?」
「何が?」
「企業と大学がこうやって一緒に研究するのって」
「珍しいことではないよ」
「じゃあ、日本中の大学でこういうことが?」
「たくさんあるだろうな」
蓮は研究室を見回した。
ふと、最初に考えていたことを思い出す。
――会社を作りたい。
でも、何をやればいいのか分からなかった。
ところが今、目の前にある。
企業がいる。
大学がいる。
研究がある。
企業は研究費を出している。
大学は研究をする。
学生はその研究を卒業研究として行う。
企業側には、それを確認する人間がいる。
そして、学会で研究成果を発表することもある。
蓮はしばらく、その光景を眺めていた。
そして――。
「……これ、面白いかもしれない」
蓮は小さく呟いた。
読んでくださりありがとうございます。
個人的な固定観念もありますので、フィクションとして考えてくれると幸いです。




