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8:痛みを耐える少年に、安らぎを……あれ?

「セイはどこだ~……」


 サンドウィッチ屋を後にした俺は、聖女を探していた。

 空の様子はもう夜と言っていいほどに暗くなっていた。祭りのために飾られたランタンや屋台の近くに置かれているランプのおかげで、都は、昼間と同じように建物や人が見える。


「祭りの主役っぽいし……外に出てないんかな」


 俺は、市場や広場、大教会近くで探していたが、見つかる気配がなくて諦めかけていた。

 よっこらせ。と大教会の前の大通り、その端っこの路地裏にあったちょうど良い高さのある木箱に腰を下ろす。


「一日中はしゃいで疲れたし、帰ろうかな…」


 セイに会えないことに萎えて、手に持ったスペシャルデラックスサンドウィッチを食おうとしたとき、大教会の展望デッキに人影が見えた。


「セイ?」


 都の光に当てられて姿を現したのは、ローブを羽織ったじいさんだった。


「親愛なる神の恩恵を受ける皆々様、今日はお祭りに参加いただいて……そのことに感謝を」


 俺からは豆粒ほどしか見えない爺さんの声は、何故かはっきりと聞き取ることができた。周囲を見ると、みんな爺さんの声が聞こえているのか大教会の方に注目していた。


「今回祭りを開いたのは――――」


 爺さんは、みんなが注目する中、話をつづけた。

 一方の俺はと言うと、全然話を聞いていなかった。はっきりと聞こえる爺さんのありがたい話の中、俺はセイに会えないことに萎えて、帰ろうか悩んでいた。


「せっかくだし、食べてもらいたかったんだけどなぁ…」


 悩んでいるうちに、お祭りにいた人たちが大通りに続々と集まっていた。

 お面をつけた子供。珍しいものを見るように見上げる大人。説教臭い演説をする爺さんに興をそがれてぶつくさ言う男の集団。色々な人がいた。


「セイは……いないよなぁ…」


 人ごみにセイの姿は無かった。


「少年、そこで凹んでどうしたんだ?」


 足元を見ていた俺の視界の右端に、黒色のマントを夜風になびかせる人がいた。


「な、なんだ急に…!」


「いやはや。驚かせてしまったね」


 驚く俺に手を差し伸べるマントの奴は、お天道様みたいなオレンジの長い髪をしていて、軍服みたいに丈夫そうな服を着た、身長の高い女の人だった。

 俺は差し伸べられた手を無視して木箱の上に座り直す。目の前の女がどこか見覚えがあって、良い人そうな印象とは逆に、俺は警戒していた。


「ふん。どうやら私を怪しんでいるみたいだね」


「そ、そんな事ねぇさ」


 俺を見つめる女の青い目は、雲一つない晴天の空みたいに透き通っていて、俺の考えを見透かしているような感じがする。


「そうか。まぁ良い」


 ところで。と女の人が続ける。


「君は、何か困り事があるのかい」


 オレンジ色の髪をした女がしゃがんで、座る俺と目線を合わせて聞いてきた。


「なんだよ急に。おばさん」


「初対面の人に向かっておばさんとは、君大分失礼だね」


 俺は、オレンジ色の髪と青い目をした女を不気味に感じていた。セイに言うと一週間は口をきいてくれなさそうな悪口を言っても、一切の動揺が無かったからだ。


「それで、聖女のことで何か困ったことがあるんだろ?」


「な、なんで分かるんだよ」


 俺は、まだ何も話していないのに当ててきやがった。怪しいどころかもはや怖かった。


「そりゃわかるさ。聖女とわざわざ場所を変えて話していたんだもの」


 ま、マジか。なんでバレて……。セイとは広場で話していただけなのに……あれ?


「それに、サンドウィッチ屋の店主が大きな声で、聖女によろしく。と言っていたしね」


 バレているのも納得だった。逆にあの元気な店員の言葉を聞いていて、俺の悩みを察せない人なんていないんじゃないかとさえ思えてしまった。

 恥ずかしくて、俺は女から顔を逸らす。


「この後、大きな儀式が―—」


 大教会の展望デッキに立つローブを羽織った爺さんはまだ喋っていた。

 爺さんの話なんて関係ないように女は口を開く。


「実はね…私も聖女に用があるんだ」


「なんでアンタみたいな人が、セイに用があるんだよ」


 この人には、何か悩みがあるようにも思えなかった。なら、セイに挨拶したいだけなのか?

 色々と考えたが、バカな俺では納得のいくような答えは思い浮かばない。


「それに、君にもな!」


「…へ?」


 女がそう言ったとたん、俺を肩に抱え上げて路地裏に走った。大教会の灯りが遠ざかっていく。


「ぎゃあああああああああああ」


 路地裏は、祭りの灯りに慣れていた俺の目には暗闇にしか見えなくて、そんな中を風のように走られるのは恐怖でしかなかった。


「君、もう少し静かにしてもらえないか?」


「できるかぁ!!!」


 俺の腹は女の肩に何回も当たってクソ痛いし、頭と足がバカみたいに揺れる。

 家の荷台よりも乗り心地の悪い女の運び方のせいで俺はグロッキーになっていた。


「うげぇ…」


 俺は虹をまき散らしながら、まだ揺られていた。周囲を見ると、いつの間にか木と草が生え散らかしている場所。右側には大教会の高い壁が見えていた。


「舌、引っ込めておいた方が良いぞ!」


「それってどう言う…」


「3…2…1…」


 あぁもう!。とやけくそに俺は歯を噛みしめる。


「0!」


 謎のカウントダウンが終わった瞬間、俺は大人の人を五人縦に積んだ高さのある大教会の壁よりも高いところにいた。

 俺の目には、大教会前の大通りに集まっている人や遠くにある市場まで見えて、何がどうなっているのか理解できなかった。


「お前本当に人かよ!」


「人さ!」


「嘘つけぇええええええ!」


 俺が叫んでいると、シュタッ。とあんなに高く飛んだとは思えない程小さい音で着地していた。


「大回りしてしまったが、まぁ良いか。まだ儀式は始まっていないみたいだし」


 俺たちは大教会の庭にいた。

 女は少しだけかがんで、俺を優しく降ろす。

 俺の足はギリギリ地面について、立つと同時に腹を抱えてしゃがみ込んだ。


「くそイテぇ………!」


 優しく降ろされたのは良いが、担がれていた時の衝撃が今になって襲ってきて、声を押し殺して痛みに耐えるしかなかった。


「す、すまない。丁寧に運んでいたつもりだが、幾分時間が迫ってきていてな…」


「んなこと知るかぁ……!」


 目の前で立っている女を今すぐぶん殴りたかったが、腹の痛みがまだ治まらなくて実行には移せなかった。命拾いしたな…!

 俺が必死に痛みをこらえていると、女はしゃがんで、薄手のグローブをはめた手を俺の腹に添える。


「痛いの痛いの、飛んでいけ~」


 女の言った言葉は、祈りの言葉だった。俺の母ちゃんが昔よく俺に言ってくれた言葉と同じ、相手の感じる痛みを和らげる言葉。

 これで、俺の腹痛が………無くならなかった。マジで。

 それよりも、祈った女の身体に淡い光が一切なかった。昼に祈ると日の光のせいでよく見えないが、人は祈った時に身体から白く黄色い、淡い光が出るはずなのである。今ぐらいの夜だと割とはっきり見えるはずなのに……全く見えなかった。


「ん~。やはり難しいか。少年、これを塗ると良い。痛みに効くぞ」


 そう言って女が取り出したのは、ペースト状のものが入った容器だった。


「要らねぇよ…そんな怪しいもの……」


「まぁまぁ。そんなこと言わずに」


 女は、ペースト状のものに指を滑らせて少量取ると、凄い力で俺の服の裾を捲り上げて、俺の腹に塗って広げた。


「お前力強すぎだろ…」


「ハハハ。私にはそれしか取り柄がないんでね」


 こうやって軽口を叩いている間にも、ペースト状の薬が効いてきた。女が一言言ったほんの少しあと、腹に感じていた痛みが引いてきたのだ。


「え…は……? 嘘だろ…」


 俺はゆっくりと立ち上がる。その間にも痛みは引いていって、足を延ばして地面に立つときには、腹の痛みが嘘のように無くなっていた。


「どうやら痛みは引いたようだな」


 しゃがんでいた女が立ち上がる。

 痛みが速すぎるくらいに引いたことに驚いて、感激している俺に手を差し伸べた。

 俺の目は、自然と女の手に移ってから、女の目を見る。


「私の名前は、ヒローナ・ギルテン。知っての通り、人のために祈れない愚か者さ」

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