6:涙を流す女性にハンカチを
「ハァ。今日も頑張りますか~」
お天道様がさわやかな笑顔を向ける朝、俺は今日も今日とて仕事場についていた。
「あ~。アンコ、今日は早いんだな」
市場から抜けてきた親方が、あくびをしながら話しかけてきた。
今日は早い。と親方は言ったが、俺はいつも通りに家を出てきたつもりだ。
「今日は午前中雑草を刈って、午後からはレンガを敷く」
「やっと草刈りから解放されるか」
だが、レンガを敷くのも退屈な仕事っぽく思えた。
「まぁ、そんなところだな。でも、レンガは力も使うからもっと大変だぞ」
「おいおい勘弁してくれよ…」
俺は当然鍛えているはずもないから、力仕事が苦手なんだ。
仕事内容に萎えている俺をよそに、親方は小袋から鎌を取り出して雑草を刈り始めた。
「いいからやるぞ」
「へいへい…」
元気に生え散らかしている緑の草、しおれた草。色々な草を刈っていく。この仕事を始めてからもう数か月は経っており、市場の周りにある住宅街の裏から100ⅿ離れたところまで進んでいた。
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快晴で、どこまでも続きそうな青々とした雲一つない空模様。私は空を見上げて、心地の良い風に当たっているのだ。目線を下げれば、どこまでも続く爽やかな草原と一本の小川。
本当に、ほのぼのとした景色だった。私が住んでいる都も素敵だけど、今いる場所は解放感が違った。私に敬謙な人もいないし、私に期待する人もいない。ほのぼのしている以外何もない場所だったが、今の私にはそれが凄く魅力的だった。
ついつい、高揚しちゃって草原を駆け回る。凄く気持ちが良かった。走っているだけなのに。走る程に思考が単調になって、不安なことも忘れられたからだろうか。
「……さま……………」
突然、うっすらとだが知っている声が聞こえた。
「だれ…?」
不服だったが、呼ばれたからには立ち止まるしかない。私は昔からそうだった。友達と遊んでいても、親や他の大人に呼ばれると必ず反応してしまう。
「聖女様…!」
私は目を覚ました。初めて見えたのは、修道服を着た二十五歳くらいの女性——アルマの困ったような顔。
「やっと目を覚ましましたね。聖女でありながら、いつも朝は起きられませんね」
「うん…」
霧がかった頭でとりあえず返事をした。
「うん。じゃありません。ほら、体を起こして!」
そうは言われても、起きたばかりでは体に力が入らなくて動けたものではない。
「仕方ありませんね…」
私の背中に腕を回して、上体を起こしてくれる。アルマは何だかんだ言って優しかった。
私が聖女として大教会に来た時から身の回りの世話を焼いてくれる人で、私にとっては第二の母親も同然だった。
「あら…怖い夢でも見たのですか……?」
「えっ?」
「目から涙が」
私の頬に何か液体状のモノが流れ落ちる。私は恥ずかしくて、慌てて涙を袖で拭う。
「もう、セイはやんちゃですね。私の手拭いで綺麗にふき取ってあげますよ」
「い、良いの…。ほら、もう無いよ!」
そう言って、私は袖で顔を隠してから、アルマに満面の笑みを見せるのだった。
もちろん、何か嬉しいことがあったわけではない。アルマを不安にさせたくなくて作った笑顔だ。
「大変素敵な笑顔ですが……無理しないでくださいね」
アルマの表情は困った表情から一転、お母さんのような優しい表情をしていた。私を見つめる視線は温かく、どうやら私の企みはお見通しのようだった。
ハァ。とため息をついて、見上げる。数多の小さな天使と大人の神様が何とも綺麗に描かれた天井が見えた。
昔、天井の絵がどういう意味で描かれているのだろうと考えたことがあったが、今では見飽きてしまって綺麗以外の感想が出てこない。
「朝ごはん食べますか…」
怠そうに言ってから、私は顔を下に向けて、ベッドの外にむくりと立ち上がる。
「朝ごはんは机に置いてありますよ」
「うん」
私は、冷めてしまったスープとパン、これまた冷めてしまった目玉焼きとソーセージを食べるのでした。
「おはようございます。今日も頑張っていきましょうね」
「…っ! おはようございます! 聖女様!」
朝食も食べ終わり、修道服に着替えた私は、大教会の礼拝堂を目指して歩いています。
道行く先で通りかかる騎士や護衛の方々、聖職者の方全員に挨拶し、挨拶されます。皆さんのお顔は活気に満ち溢れていて、挨拶の時に見せる笑顔は素敵なものでした。
「アルマ。毎日毎日…私についてこなくても良いのですよ」
礼拝堂へと着いた私は、後ろにいたアルマに言うも「あなたを見守るのが私の役目です」と断られました。
「楽しいものでも無いのに…」
呟いて、礼拝堂の扉を開ける。
聖職者が多くいる大教会ですが、礼拝堂にある多くの長椅子には誰一人おらず、教壇の上にも誰も居ません。教皇様曰く、常に人が礼拝堂に居たら神様も疲れる。とのことでした。
礼拝堂の天井から射す光は柱となって教壇を集中して照らして、祈るものを誘導してくれているようでした。
私は、アルマに扉の近くで待っているように言いつけました。
私は柱となった光の中に行きます。
「ほんと…立派な像」
今は朝なので扉からは暗くて見えませんでしたが、光の柱まで近づくと、大理石に囲まれた荘厳な像が見えます。その像は、この国を建国した人が信仰していた女神様を模したもので、片腕が無くても酷く美しい御姿をしていました。
私は光の柱の中で、女神像にひざまずくのです。女の子座りのように両膝をつけて。それから、両手を顔の前で握り合わせて、目を閉じて……………今日も、皆さんが少しでも元気でいられるように
―――――祈るのです。
■
「ハァ。つっかれたぁ…」
意外と虚無だった草刈りの記憶を思い起こしていると、日が俺の真上まで登っていた。
「今日はサボらねぇじゃね~か。アンコも成長するもんだな」
「草刈りも終わりだと思ったら、やる気でちまって」
親方はうなずきながら俺に近づいてくる。
「じゃあ、次の仕事を出そうじゃねぇか」
と言って俺の肩に手を置く親方。その顔は妙にニコニコしていて、少し不気味に思えた。
「俺たちの昼飯を買ってくる仕事を任せよう!」
親方は背中に隠した手から財布を取り出した。
全然、何も企んでなんかいなかった。むしろいつも通りだった。
「え~……たまには親方が買ってこいよ」
「別に良いが……いいのか? 聖女様に会う時間無くなっちまうが」
「うっ」
それは困る。まだセイに祈っちゃいけないことに納得がいっていないんだ。
「俺、行ってくるよ」
「そうだな!」
便利屋みたいに使われている気がして癪だったが、甘んじて昼飯を買いに行くことにした。
市場に行くと賑わっていた。しかし、今日はいつも通りな賑わい様ではなかった。市場で店を開いている人たちや大工たちが、忙しなく木や布などを運んでいたり何か立てていたりしていたからだ。
「おぉ…なんかすげぇ……」
市場の通りの上には煌びやかな装飾がされていて、不思議と心が躍った。
俺はセイを探すついでに、いつの間にか常連になっていたサンドウィッチ屋に行く。
「よぉ! 今日も来てくれたか!」
「まあな。ここのサンドウィッチ美味いからな」
「兄ちゃん褒めるのが上手いねぇ。サービスしてやるよ!」
「っしゃあ!」
俺は、つい気分が高揚しすぎちゃって、拳を天高くつきあげて飛び上がってしまった。
早速、メニュー表を見てサンドウィッチを注文する。
ここのメニューは豊富で、制覇するのが最近の俺のブームだ。
「そうだ。作ってる途中で悪いんだが、ちょっと聞いていいか?」
元気な店員に言うと、良いぜ! と元気に快諾してくれた。
「今日は飾りつけしている店が多いけど、何かあるのか?」
俺がその質問をすると、元気な店員がカウンターをドン。と叩いて驚愕した目で俺を見た。
「お前知らないのか?!」
「お、おう…」
ありえないような奴を見たような表情をされるが、俺には心当たりが………待てよ?
俺は急いで記憶を掘り返す。昨日セイと話した記憶、親方にカラかわれた記憶…掲示板の記憶。
「あっ! 祭りか!!!」
「あ~そうだよ!」
一週間後に大規模な儀式があって、そのために祭りを開催する。一日も経っていないのに完全に忘れていた。もう年かな。
「みんな祭りのために飾りつけをしたり、大工はステージを張り切って作っている!風の噂によれば、聖女様は儀式の準備で大忙しらしい」
「えっ…てことは、今日は市場に顔を出さない…?」
「かもなぁ」
俺の気分はだだ下がりだった。
落ち込みながらも、元気な店員からサンドウィッチを二つ、サービスで、祭りで出す予定のスイーツを一つもらって親方のところに戻る。
「ん? 今日は戻ってくるのが早えな」
「祭りまで聖女様は外に出てこないだとよ」
「そうか…」
親方も少し残念そうに顔を下に向けた。でも、すぐに顔を上げて、
「まぁ、昼飯でも食おうぜ!」
上機嫌に振舞うのだった。
俺たちは昼飯を食うことにした。サンドウィッチの感想を言い合ったり、俺がスイーツを食った感想を言ったりして、昼休憩を過ごした。
午後から始まるレンガを敷く作業はとにかく単調で、地面にレンガを置いては接着剤のような泥で固定する。その作業を永遠と続けるだけだった。
「これつまらないくせに大変だな…」
俺らが雑草を刈った広大な敷地にレンガを敷き詰めるようで、二人だけでは気が遠くなるような作業だった。
レンガが重い分、まだ草刈りがマシなように思える。
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眼を、覚ましました。視界に映るのは…一切の汚れがない純白の布。
肌から伝わる温かい感触は、弾力のある…枕?と合わさって大変心地よいものでした。
まだハッキリとしない意識の中で、ふと。左の頬に何か少し冷たいものが落ちて、頬を伝う。
「涙…」
見上げると、綺麗なお顔をくしゃくしゃにしてアルマが泣いていた。
私はアルマに膝を枕にして横になっていたのだ。
「お目覚めに…なりましたね……」
私にお顔を見られるや否や、お義母さんは袖を使って溢れる涙を拭う。
「もう…………いつものことではありませんか」
いくら拭っても止まらないアルマの涙を見かねて、私はポケットに入れていたハンカチを手にして、彼女の涙を丁寧に拭うのでした。
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