5:話しかけられない少年に、少しばかりの勇気を
寝床から離れた固い床で寝ていた次の日の朝、俺は朝食を済ませて、いつも通り草刈りの仕事をしていた。
「どうした? 今日はやけに元気がねぇじゃねーか」
「いや、元気ありまくりだが」
それ以降の会話は続かず、ただ淡々と親方と二人で終わりの見えない草を刈り続ける。まあ、俺はすぐに疲れて休憩するんだが。
「白けた面してる割にはちゃんと長めに休憩するのな」
「うるせぇよ」
「おら、昼飯代だ。これで好きなもんでも買ってこい」
昼頃になっても休んで、親方に金をもらって市場に昼飯を買いに行く。
今日も今日とて、市場は賑わっていた。話題はもちろん、聖女だった。
市場の中心には、足首まで隠れる白い修道服を着た女の子。セイは昨日言っていた通り市場に顔を出していた。
「セ………」
でも、昨日逃げるように帰っていった彼女に話しかける勇気はなくて、サンドウィッチを買って親方と食う。
「好きなもんっつったんだがな…」
親方は困ったように頭を掻いた。
そんな日々が数日続いた。
「おい、アンコ! お前いつまでしょぼくれてんだ!」
いつも通り訪れる朝、俺は親方に胸ぐらをつかまれた。俺の視界に親方の顔が大きく映っていた。
「何があったんだよ最近!」
「いや…別に」
俺は親方の真っすぐすぎる目を見れなくて、顔を逸らした。
「じゃあ、いつもの軽口はどこに行った? 話してみろ……悩んでんだろ? こういう時は大人を頼れ」
口調は相変わらず乱暴だし、はたから見れば子供をカツアゲしている大人に見えただろうに………親方の声が、いつになく優しかった。
「セイに……祈ろうとしたんだ………だけど、あ…あいつに止められて………」
「セイ…? 聖女様のことか?」
「あぁ」
親方は困ったような顔をして、俺を放した。足に力が入らなくて、雑草を刈り取ったばかりの地面に腰が落ちる。
「ほらよ」
そう親方が言って、投げて渡したものは、金の入った小袋。
「俺も聖女様のことはよく分かんねぇが、今日も市場に来るだろ。そん時に聞いてみろ」
「…何度も聞こうとしたよ……。でも話しかけづらくて…」
「そうか…お前も頑張ろうとしてたんだな」
なおも親方は優しい声色で寄り添ってくれる。
少しだけ、申し訳なくなってくる。
「いでっ!」
落ち込む俺の背中を親方が、力いっぱい叩きやがった。
力加減を知らないのか…? この脳筋は。
「今のお前にはきついかもだが…聖女様をナンパできないってんなら、俺が祈ってやるよ」
「え…?」
変なことを言う脳筋(親方)が、4を一筆書きするように胸の前で描く。
「アンコに少しばかりの勇気を」
親方が唱えると、なんだか少し元気が湧いてきた。
「俺にもお前ぐらいの娘がいてな。見ていられんかったぜ」
「ハハッ。そうか。親方、俺とその娘が重なったのか」
数日ぶりに笑えた気がした。多分、親方が俺のことを本気で心配してくれたからだろうな。
「そんじゃ、昼飯買いに行ってくるよ」
「おう! ナンパが成功すると良いな!」
「ナンパじゃねぇよ!」
俺は市場まで走りながら、軽口を叩くのだった。
「聖女様! 今日も元気だね~!」
「お腹空いてるだろ? これサービスするぜ!」
「このお洋服はどうですか? 聖女様!」
今日も今日とて市場は賑わっていた。そして、いつも賑わいの中心にいるのは聖女だった。
この都で聖女を見つけるのは簡単で、寝ていても、聖女からあふれ出る神々しいオーラでわかってしまうだろう。
「セ…」
呼ぼうとしたところで、喉が蓋をされたように声が消えていった。正直、まだ怖かった。セイが俺をどう思っているのか分からなくなっていたからだ。
胸に手を当てて、深呼吸する。
『アンコに少しばかりの勇気を』
親方の祈りの言葉を反芻する。
「…よし」
勇気を漲らせて、セイに駆け寄りながら手を元気よく振る。
「セ~イ!」
俺の呼び声に気付いた女の子が振り返る。
「…アン……」
セイの近くに着いて立ち止まる。
セイはまだ気まずく感じているのか、俺とは目を合わせなかった。
「なあセイ—」
「アン」
聞きたかったことを聞こうとして、止められる。
セイは、俺と話す覚悟を決めたのか、目線を合わせてきた。けれど、その目は揺れていた。
「場所を変えましょ」
セイについて行った場所は、広場ではなく人気のない草木が生い茂っていた場所だった。なんだかこの場所にある雑草も刈ることになりそうだった。
「ガレン。少し、席を外していただけますか」
「ですが、何をされるか。誰に襲われるかもわかりません」
心配するガレンに、セイは手で制止する。
「前にも言いましたが、彼は私の友達です。それに、襲われたとしても大丈夫です」
「は…はい」
セイのその言葉に、護衛のガレンは大人しく去っていった。
ガレンの姿が見えなくなったところで、俺は本題を切り出す。
「セイ…教えてくれ。なんであの時、俺が祈ろうとしたところで取り乱したんだ」
「ふぅ。そのことですか」
セイは依然として聖女として振舞っていた。
「前にも言ったでしょう。聖女はみんなに祈るもので、祈られるものではないと」
「良いじゃないか! お前が祈られたって!」
「……」
「俺は親方に祈ってもらえて、今日は声をかけることができた。祈られるって良いぜ。勇気をくれる」
「そうですか」
セイの返事は、一つの羽のように軽かった。まるでなんとも思っていないように。
「アンの尊敬する親方と言う人に、一度会ってみたいですね」
そういうセイの声は、少し明るくて……明るかった。
「ガレン! いますか」
「———います!」
遠くの方から、護衛のガレンが猛スピードで駆け寄ってきた。
「今日の外出はもう大丈夫です。市場の方たちには申し訳ないですが」
「いえ! 聖女様の安全第一! 市場の人たちも分かってくれます!」
ガレンは待っていましたとばかりに、聖女を肩にのせる。
「ちょっと…まっ……」
俺が制止しようとしたところで、もう遅く、セイたちは帰っていってしまった。
「あいつ、あんな重そうな鎧着てるのに足速すぎだろ……」
俺は一人寂しく、昼飯を買って親方のところへ戻るのだった。
ノソノソと、両脇に昼飯を抱え込んで歩く俺に、親方が気づいた。
「どうだアンコ?! ナンパは成功したか?」
「駄目だったよ…」
「そうか……まぁ服がこんなに汚れてたら無理だわな。ガハハハ!」
親方は、俺の失敗なんて無かったように、豪快に笑っていた。
「ごめんな。聖女に話しかけはしたんだけど、急にどっかに行っちまった」
「良いってことよ! 話しかけられたんなら、それで良い」
俺たちは笑いつつ、昼飯を食うのだった。
日も落ちてきて、空がオレンジ色に染まった時。
「アンコ! 今日はもう終わりだ!」
「っしゃああああああ!」
親方から仕事終わりのセリフが聞こえてきた。草刈りの仕事を何日も続けているのに、仕事が終わるころには腰が粉砕されたかのように痛い。
地面に置いた仕事道具を片付けて、俺たちは帰路に就いた。
いつもの市場の近くにある掲示板。帰る途中でふと目にすると、新しい紙が貼りつけられていた。
「一週間後の大教会で大規模な儀式をするらしいぜ、親方。そのために、祭りも開催するとか何とか」
「お祭りか。良いじゃねーか!」
掲示板の前で少し駄弁って、体が限界の俺たちは各々の家に帰るのだった。




