4:一人できた聖女と能天気な少年!
「お前…一人できたのか?」
急な状況を整理できずにいた俺は、真っ先に思いついたことを聞いていた。
セイはと言うと、俺の質問に対して小首を傾げた。
「当たり前じゃん。誰にも言わずに出てきたんだから」
国がわざわざ連れ去っていた重要人物が、一人で誰にもバレずに大教会から出てきたなんて考えられなかった。
いったいどんな手品を使ったのか俺にはさっぱり分からなかった。
「まぁそんなこと、どうだって良いじゃない。アン」
「良か~ねぇよ」
両腕を広げて体を大きく見せるセイにツッコみつつ、頭にチョップをかます。
セイは、イテっ。と声を漏らしながら頭を両手で軽く抑えるのだった。
「んで、どうやって来たんだ?」
「それはね~…」
続きの言葉を出さずに溜めていた。どうやって大教会から出てきたのか、結構期待していた俺は固唾を吞んで待つ。
「内緒!」
ガタッ。と期待外れな回答をされて、俺は軽くこける。
「んだよ、友達の俺にも言えねーのかよ」
「ごめんね☆」
内心「うぜぇ」と思いつつ、ウインクして上目遣い気味に、両手を合わせて謝るセイに何も言えないのだった。
部屋の窓から差す月光と、ほのかに光るセイの身体とが奇跡的にかみ合って、あざといポーズを取っているのにもかかわらず、まるで宗教画を思わせるような美しさがあった。
「どうしたの? アン」
「あっ。いや」
危ない危ない。見とれていて、見ること以外が疎かになっていた。
何とか平静を装うために、「明日どうしようかなー!」とか「この服綺麗だろ!」とか適当なことを言う。
「あー。もしかして見とれてた?」
そんな努力も虚しく、めちゃくちゃお見通しだった。
「べ、別に…見とれてねぇし……」
「そうかな? お顔真っ赤だけど?」
「う、うるせぇ!」
セイが至近距離でカラかってくるせいで心臓がバクバクだった。何故かお日様の香りもはっきりと感じるし!
調子が狂いまくりな俺の手を、セイが優しく握ってくる。その手は、赤子の手のように瑞々しく柔らかかった。手から伝わる体温は、日向ぼっこをしているかのようにポカポカと癒されるような温かさだった。
「アン」
そんな気持ちの良い手とは対照的に、真剣な声が俺の鼓膜を揺さぶる。
「ん、んだよ…」
何か悩み事でもあるのだろうか。いつもの彼女じゃ考えられない真剣なトーンに応えるように、俺の目線をセイの目線と合わせる。
「まだ誰にも言ってないんだけど……私、近いうちに『天使』になれるかもしれないんだ」
「てん…し…………?」
昼間に言っていた勉強の悩みかと勝手に想像していたが、もっとドデカい話だった。話のスケールがデカすぎて、セイが言っていることを噛み切れなかった。
「天使って…あの翼が生えた奴か?」
「そうだよ」
彼女のワントーン上がった嬉しそうな声。
「知っているかもしれないけど、天使って神に仕える存在なんだよ」
「つまり……どういうことだ?」
この期に及んでも俺は理解できないでいた。
「つまり、私は大いなる存在になるという事なのです」
大いなる存在…聖女よりも大層偉そうな存在だな。と俺から出てくる考えは、どれも小さい子供の口から出てきそうな言葉だけで、学のなさを身に染みて痛感した。
「まぁ、お前が幸せになれるんだったらそれで良いよ」
「そう…だね……」
やばい。バカだって思われたか…?
少しだけ焦る俺に、彼女はフフッ。と笑う。
「まぁ近いうちに教皇様が言うだろうから先にアンに言ってみたんだ」
「あー。そうなんだ」
「アンさんさ。なんか興味なさそうじゃない? 返事が適当だよ」
そう言って、セイが人差し指で俺の額をつつく。
「そ…そんな事ねぇし。お前のことなら興味しかないね」
一方の俺は少しだけ恥ずかしくて、目線を合わせられずにそっぽを向く。
「ふふっ。ありがと」
「あっ。そうだ」
俺は右手を胸の前にもってくる。
「セイが立派な天使様とやらに成れるように祈ってあげようじゃ~ないか」
そう言って、胸の前で4を一筆書きするように動かそうした。その時だった。
「やめて!」
「えっ」
祈りを受け取る人が、俺の手を掴んで動きを止めた。
「あっいや……違くて………いやほんとに…違くて。嬉しいんだよ。その気持ち」
俺の返事が適当だと思われた罪滅ぼしになればと思った。思ったけど……彼女には逆効果だった…。
俺の手を掴む彼女の手は震えていて、それに気づいたセイは咄嗟に手を引っ込める。
「いや……さ。聖女って皆のために祈る存在だからさ………祈られるのは違うっていうか……何というか……………」
ご飯を食べる時しか碌に祈らない俺の祈りを……止められた。俺は、彼女を思う気持ちを否定された気がして、悲しさのあまり頭の中が真っ白になった。
片方は、言い訳をつらつら並べて。もう片方は、思考停止。雰囲気で言えば最悪と言って良かった。
「あ、明日から私、毎日市場に顔を出して良くなったんだ。じゃあそういうことで…!」
「あちょ…ま……って………」
窓から部屋を出ようとするセイを止めようと、体全体を使って彼女の手を掴もうとした。
だけど、それは叶わなかった。急に意識が朦朧としたのだ。
「今更…疲れ………が………」
俺の目は、白く神々しい光を映して、再び真っ暗な世界を映した。




