3:眠るあなたに天使の光を
夕暮れも蒼くなってきた時間、俺は都から少し離れた村の一軒家に着いた。
一軒家の木でできた扉を開く。
「ただいま~」
「おかえり、アンコ」
草刈りでくたくたに疲れた俺を出迎えてくれたのは母ちゃんだった。
「今日はどうだった?」
「兄ちゃん!」
狭いリビングで父ちゃんは妹とおままごとをして遊んでいた。
「いやさ~、草刈りがまっっっっっっっっっっっっっったく終わる気がしないんだよ。どんだけ、あんだけ刈ってもボーボーに生えた草が残ってんだよ!」
「ハハハ。お前も大変だな~」
あの草どもの愚痴を言っていると、俺の横にある机からコトン、と何かを置く音がした。
横に目をやると、赤く熟れた色をしている豆のスープとパンが置かれている。
「さぁさ。晩ご飯はできてるよ~」
お母さんのその言葉に、各々嬉しそうな反応をして食卓に着く。俺は草刈りで使う小道具を自室に放り投げて席に座った。
みんな、胸の前で4を一筆書きで書くように片手を動かして両手を合わせる。
「「「「いただきます」」」」
食材に感謝して、俺たちは豆のスープとパンを食べる。豆のスープは、豆が柔らかくてほんのり甘く、スープはトマトを使っているのか少し酸味があって美味しかった。パンをスープに浸して食うと尚更美味かった。
「ごちそうさま!」
食べ盛りの俺は、晩ご飯を一番早く平らげて、自室に戻ろうとする。
「アンコ! 先に風呂入っちゃいなさい」
「えぇ…面倒くさいよ……」
風呂って、髪や体を洗うのが面倒だし、お湯につかっている間は手持無沙汰で何もすることがない。面倒な上に暇で、正直風呂の時間は好きじゃない。
「ハァ。アンコ、風呂に入らないと愛しのセイちゃんに嫌われちゃうわよ」
「それはマジで困る」
俺は単純だった。いや、ちゃんと思春期の男の子をしていた。面倒なことも、好きな子に嫌われたくない一心で実行できる。
俺は自室に向かう右足を軸にして体の向きを変えて、風呂場に向かう。
「あっ、水は張ってるけど、ちゃんと温めておいてね~」
俺の後ろから母ちゃんにめちゃくちゃ面倒なことを言われた。
風呂場に着くと、湯船には水が張ってあった。俺は一寸の希望を胸に抱いて、湯船の水に手を突っ込む。
「冷たっ!」
案の定ただの水だった。
「めんどくせぇ…」
俺は、近くにあった薪を湯船の下にくべて火をつける。最近は俺が一番早くにご飯を食べ終わるので、水の温め係となっていた。
水が沸くまで暇なので服を取りに自室に戻る。俺の部屋は屋根裏にある小さな一室で、リビングから階段を使って上るのだった。
部屋の扉を開けて入る。
すると、下の方から物音がした。
「いっっっっって」
意気揚々と部屋に入ったら床に落ちていたものに足をぶつけた。痛すぎて悶絶する。
「誰だよこんなところに仕事道具放り投げたやつ…」
自分だった。自分しかいなかった。完全な自業自得だった。
過去の俺を呪いつつ立ち上がる。
寝床の側に置いたままの綺麗に畳まれている服を取って風呂場に戻る。
「さあどうだ…」
湯船に手を再び突っ込むと、張られていた水が温かくなっていた。俺は早速汚れた服を脱いで、体を洗って湯船に浸かった。
「いや~良かった良かった」
湯船に浸かって鼻歌を一曲歌いあげた後、俺は風呂から上がった。脱衣所にある布で体を拭いて服を着る。
「兄ちゃん兄ちゃん」
「…? どうした? メイ」
俺がリビングに戻ると、晩ご飯を食べ終わった妹が俺の腰に抱き着いてきた。
「遊んで遊んで~!」
妹が今日も元気はつらつに、上目遣いで頼んできた。星でもあるのかってくらいキラキラした目で見つめてくる。今すぐにでも自室に戻って床に寝転がりたがったが、断り切れない。
「メイ。お兄ちゃんと遊ぶ前にお風呂に入らなきゃでしょ」
「え~! やだ、遊びたい!」
助け船なのか分からないが、母ちゃんが俺に抱き着く妹を抱え上げてくれた。遊んでやりたい気もあったがお風呂の時間なら仕方がない。
「やだ、じゃありません。ほ~ら、お風呂で木の小鳥さんを浮かべて、ママが一曲歌ってあげるわ」
「…! ほんと!?」
妹の興味が一瞬で俺から母ちゃんに変わった。
そんなに母ちゃんの歌声が良いというのか…俺も小さい頃は好きだったけど。
でも、そんな一瞬で興味が移ってしまうと、負けた気がして少し落ち込む。
複雑な気持ちの俺をよそに、母ちゃんたちは風呂場に歩いてく。
「ハァ」
俺はため息を一つついて気持ちを切り替える。自室で全力ゴロゴロすると心に決めるのだった。
リビングから階段を上って天井裏にある俺の部屋に入る。
「にしても……今日も疲れた~」
体中の張り詰めた筋肉を開放するように大きく息を吐いて、寝床に寝転がる。
体にたまった疲れが床に逃げていく感覚。リラックスできているのだろう。身体が床と一体化している感覚さえある。
目を閉じて、床だけじゃなくて空間とも一体化しようとする。
「ス…スヤ~………」
外は日が落ち切って、世界を照らすのは微少な月明りだけ。窓から差す月光は弱く、目を閉じれば物は映らずに真っ暗な空間だけになる。
だが、そんな空間は許されなかった。
「うえっ眩し…!」
俺の真っ暗な世界に、急に白い光が差し込んでくる。眼球が強く握られたように痛い。
「目がー!目がーーー!」
あまりの痛さに目を開けられずにのたうち回るしかなかった。
「な、なんで灯りがぁ…!」
痛みが引いてきて、俺は勢いよく上体を起こす。
「だ、誰だ! 急に灯りなんてつけた奴はよぉ!!!」
目がくらんで瞼をまだ開くことはできなかったが、大声で叫んだ。
直後、灯りを灯した犯人は、俺の威嚇に動じずに抱き着いてきやがった。
「ぐえっ!」
しかも、すごい勢いで。犯人の肩が俺の首にぶつかってクッソ痛かった。それでも、俺は負けじと倒れないように踏ん張ることはできた。
「んだよ…マジで」
眼も大分灯りに慣れてきた。
俺は暴れても抱き着いて離さない犯人の姿とご尊顔を確認しようと、瞼を開ける。
「アン……」
俺の視界に映ったのは、クリーム色の短い髪で、俺のことを『アン』と呼ぶ昼にも聞いた聞きなじんだ声。
「セイ⁉」
心なしか、お日様のような良い香りがする。
抱き着く少女が、離れてから座り直した。女の子座りをしていて可愛かった。
少女の服は、昼間に見た修道服とは違ってふわふわと触り心地がとても良さそうな長袖の服と、フリフリな純白のスカートを穿いていた。
「どうして聖女のお前がここに……なんで…夜に外に出ても良いのかよ⁈」
セイは、俺のした質問を予想していたように、あざとく右手で頭をポンッと軽くたたいて、
「内緒で抜け出してきちゃった☆」
ペヘペロ☆ と訳の分からない表情をしていた。
「えぇ……」




