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ぽっちゃり姫は甘い復讐を決意する

作者: 西野和歌

「子豚ちゃんだな、子豚だ子豚」


 三回も言われて、流石に呑気な私は泣いた。

 婚約者である、王子との恒例のお茶会で、皆が見守る中で泣いた。


 父や女官たちが、慌てて私を慰めに来る。

 王妃様が王子を叱っているみたいだが、私は涙で歪んでよく見えない。

 穏やかな交流が、突然の騒ぎとなり、私達は退出する事になった。


 帰り際に、罰の悪そうな王子が、渋々謝罪に来てくれた。


「悪かったなリリー。あの、別に俺は子豚も好きなんだ」

「だったら子豚と結婚すればいいじゃない!フウ王子なんか大嫌い!」

「ちょ!待てリリー!」


 当時十三歳の乙女な私は、この傷ついた心のままに成長した。

 名家である我が伯爵家から、王家との婚約破棄は不可能だったが、私達の関係はこの時点で確定する。

 リリー・アナスタシアは誓った。

 ならば、立派な豚を目指してやろうと。


 あれから五年後、同じ貴族学校に入学しても、互いの仲に変化はなかった。

 リリーは、好きなお菓子作りを極め、プクプクとふくよかなままだったし、フウ王子はまさに美少年な王子に成長したが、見た目だけ王子の中身は割と雑だと評判だった。


「おいリリー、うまそうだな。ちょっとよこせ」

「いやでふ、もふもふっ」

「口一杯にほうばるな!一応次期王妃の自覚を持て」

「いやれふ」

「本当にうまそうだな」


 自ら持ってきた手作り菓子は、パティシエもビックリの出来栄えで味も評判だ。

 一口食べた者は虜となって、それ欲しさにリリーに従うレベルである。

 というわけで、学生生活のこの三年間だけで、リリーは信者を従えていた。


「あいつらに与えて、俺には分けないのは、どういう事だ!」

「私は子豚で卑しいですから、殿下には差し上げません。べーだ」


 午前のおやつを食べ終えて、本日の菓子も上出来だと、リリーは満足だった。

 次は、昼食後の三時のおやつが楽しみだ。

 ワナワナと震える王子を無視して、休憩時間終了の合図と共に教室に戻る。


「リリー、悪かったって言ってるだろ!」

「何回謝っても、許してあげないでブゥ」


 ワザと茶化して席に戻るリリーは平然とした様子だが、対してフウはガクリと肩を落とす。

 しおれた草のように、金の髪の艶すらなくして自らの席に着いた。


「そこまで恨まなくていいだろう、リリー」


 だけど、自ら発した言葉のせいで、彼女は頑なに自分を拒絶した。

 何度謝罪しても、怒鳴りつけても、懇願しても、子豚の真似をして拒絶される。


 二人が婚約したのは十歳の時、そこから親交を深める為に、月に一度の茶会が開催された。

 初めは大人しかったリリーと打ちとけて、仲良くなるのも時間の問題だった。

 子供同士、仲良くなった二人は、時には喧嘩して、時には冗談を言い合った。

 気心が知れる仲になり過ぎたせいだろう、遠慮のなくなった過去の己に今更ながらに後悔していた。


 互いに少し男女を意識し始めた思春期の頃、リリーは言ったのだ。


「うちの家系は少し太りやすいから、がんばってダイエットするの」


 その時は、フウも適当に返事をしたと思う。

 そこから、会う度にリリーは茶会の菓子を我慢して、紅茶すら渋い顔でストレートを飲んでいた。

 常にお腹が減っているのか、手でお腹を押さえて見つめるのは、王室ご用達の茶菓子。


 リリーが食べないなら、代わりに食べてやるよと、フウはパクパクとリリーの分も平らげた。

 丁度、成長期のフウにとっても、お腹が常に減っていたので一石二鳥だと思ったのだ。

 だから気づかなかった。

 美味しそうに食べる自分を、羨まし気に見るリリーの視線に。


「フウもやっぱり、スラリとした女の子がいいわよね?」

「ん?運ぶのに重いと大変そうだな」

「そのお菓子、美味しい?」

「凄く美味しい、リリーの分もちゃんと食べてやるからな」


 呑気に笑うフウ王子に、周囲はハラハラとしたが、リリーはジッと耐える日々が続く。

 栄養が偏りフラついても、顔色が悪くなっても、リリーはダイエットを辞めはしなかった。

 おかげで、スラリと細すぎるからだは小枝のようで、風がふけば折れてしまいそう。


「フウ、もうすぐ十三歳の誕生日だけど、何が欲しい?」


 次の茶会で、自分の誕生日を祝ってくれるのかと、フウは少し考えた。

 欲しい物は、何もない。

 それよりも、自分が何かを食べている時の視線が、憎しみのごとく鋭い圧を感じるようになって嫌だった。

 もういいからと、二人で美味しい物を食べて以前みたいに笑いたい。

 その程度の軽い思い付きが、この後の悲劇を招く。


「お前が用意した、お菓子で祝って欲しい」

「……うっ、わ、わかった」


 一瞬目をむいたリリーだが、自ら要望を聞いた手前、王子の希望を素直に受け入れた。

 そして、待望の次の茶会で事件が発生する。


 初めて手作りの菓子作りに挑戦したリリー。

 不器用ながらも、心を込めた品をフウは笑った。

 揶揄うつもりはなく、むしろ照れを隠すためだが、不揃いのケーキは自分の為に作られた物だ。


「おいリリー、なんだこの不格好なケーキは」


 ニヤニヤとつい嬉しさでニヤけるのを誤魔化すために、あえてぶっきらぼうにフウは言った。

 その瞬間、傷ついたリリーの顔が硬直する。

 ゆっくりと歪んでいくリリーの顔を見て、しまったと思っても後の祭りだ。

 周囲が必死にフォローする中で、リリーは震える声で言った。


「見た目は変だけど、ちゃんと味見はしたから美味しいよ?」


 ここでちゃんと素直になっていたら、未来は変わっていた。

 だがフウは、凍り付いた雰囲気をなんとか和ませようと、言ってしまったのだ。


「おい、ダイエットはどうなったんだよ。そんなに子豚になりたいんだな」


 そして、例のセリフを言ってしまうのだ。

 どれだけ後悔したかわからない、だがあの時は必死だった。

 笑ってくれると思ったのだ。リリーなら、何言ってるの馬鹿ねって。

 そうしたら、一緒にケーキを食べて、美味しいよって礼を言おうと思っていた。


 けれど結果は最悪で、泣いて去ったリリー。残されたケーキは王妃である母が回収した。


「お前には食べる資格はありません。流石に我が子とて、呆れ果てました」


 あの日から、母は王子でなくリリーを庇うようになる。

 何かにつけて、息子に言うのだ。


「美味しいケーキも、可愛いリリーも、逃してしまうなんて馬鹿な子だこと」


 だからフウは努力した。

 会う度に謝罪もしたが無視をされ、贈り物をしては送り返された。

 それでもめげず、両親からリリーを解放してやれと言われても、婚約破棄だけは意地でも阻止した。


 好きすぎて意地悪する、そんな年頃だったからなんて言い訳は、傷ついたリリーには通用しない。

 彼女はあれからダイエットではなく、宣言通りにプクプクと太っていった。

 それでも、フウはリリーが好きであきらめる事などできなかった。

 たとえ相手にされなくても、彼女は唯一の婚約者なのだから。


 リリーの周囲には、いつも人が集まる。

 ふくよかな体格から、穏やかな雰囲気が広がり、人々を癒すからだ。

 そして、リリー自身もノホホンとしつつ、聡明な思考も持っている。

 顔立ちも可愛く、瘦せていれば絶世の美少女が、肉付きによって人好きされる気安さに変わっていた。


「リリー様、この前のマフィンのレシピありがとうございました。とても美味しかったです」

「俺も、分けて貰ったクッキーが美味しすぎて、自分の婚約者に作って貰ったよ」

「甘いの苦手だったのに、リリー様に貰ってから癖になっちゃって」


 授業の合間の休憩時間の度に、リリーの周囲には人が集まる。

 まるでフウから守るように、彼らはリリーを慕っていた。


「これ、頼まれていた写本だけど、こんなのでいいのかい?」

「うん、ラグナーテ家の薬草学は国一番だもの。むしろ秘蔵の本の知識を分けてくれてありがとう」

「いいって、いつも色々美味しいお菓子ありがとうな」


 チラチラと教室の角に一人座って、リリーを見つめるフウにはわかった。

 常にリリーは知識に貪欲だ。

 この前は、工具の鉄の話を鉄鉱山を持つ子爵の息子としていたし、その前は領地で麦栽培が盛んな生徒と、良質の麦について聞いていた。

 鉄鉱石や麦、そして薬草など地味な分野に、興味津々で聞いてくるリリーに、彼らは喜びリリーの株があがっていく。

 それに比べて、フウは地味だった。


 いや、王子として本来の能力は平凡以上に優秀だった。

 勉強も運動もこなしたし、学業の合間に王族の執務も関わっている。

 見た目も他国からも認められるほどの美形だし、口の悪さは昔からだが、公の場ではケロリと上品に演じる事もできる。

 たまに面倒になると、雑な対応になるが最終的には全て自己完結できる能力はあった。


 だが、リリーが嫌っている、それだけで王子として必要な人望がなかった。

 別にフウ自身が周囲に何かしたわけでもない。

 リリーがフウの悪口を広げたわけでもない。

 それでも、リリーが相手にしない、何かあったようだ、それだけでフウは王子として人気はがた落ちだった。


 昼食時は、いつものように中庭で弁当を広げるリリーの横に、フウがいた。

 みかねたリリーの父が、一応王子に対して不敬に当たらないように、表向きだけでも整えろという指示により、昼食だけは用意する。


「はい、今日の配給です」


 ニコリともしないリリーに弁当箱を手渡され、素直にフウは受け取った。

 風も暖かさを取り戻してきたものの、春の初めの今はまだ寒さを引きずっていた。


「寒くないか?」

「脂肪があるから平気です」

「……」


 かけてやろうとした自らの上着を、再び身に着けてフウは弁当を開けた。

 整った美しさと、バランスのとれた中身は、いつものごとくリリーの家の料理長の仕事だろう。


「お前はもう作ってくれないんだな」


 ポツリとつぶやく王子に、口一杯に食べ物を詰め込んでいたリリーが答える。


「らって、お菓子しか作れましぇんから、ブゥ」

「ブゥはいい、いや可愛い、だがああ、もう食べよう」


 何を言っても藪蛇だと、フウは弁当を勢いよく食べる。

 一緒に過ごせる貴重な時間、たとえ嫌われても、許されなくても、リリーと共にいる事が幸せだった。

 食べ終えるのが惜しいくらいだが、どれだけ急いで食べてもリリーの早食いに負けてしまう。

 そして、先に食べ終えたリリーは、さっさと自分だけのデザートを平らげて、分ける暇も与えず立ち去るのだ。


「おい、リリー」

「ご馳走様でした。じゃあ行きますね」

「いや、だから卒業パーティーの手紙を見たか?届いてるはずだが?」


 間もなく二人は卒業だ。

 パートナーとして卒業パーティーに出席は必須なのだが、実は二人にとって大事な瞬間でもある。

 立ち止まったリリーが、冷めた目で振り返る。


「別に、子豚じゃなくていいと思いますよ?」

「俺はお前がいいんだ。もう許してくれよ、毎日謝ってるだろ」

「ふーん」


 ダメだ通じないと、頭を抱えるフウを見て、リリーはニヤリと笑う。


「子豚は豚同士と結ばれるのが、当たり前です。王子様には、素敵なお姫様がみつかるといいですね」

「そんな……だから」


 ここまで伝えてもダメなのかと、愕然とするフウを置いて、今度こそリリーは去った。

 学校が終わり、楽しく友人達と下校するリリーと違い、フウはいつもより落ち込み城に帰った。


 私室に戻り、フウは気を紛らわすために学術書を見る。

 せめてリリーに認められたいと、毎日欠かさず努力してきた。


「よし、最後の締めに今度こそ心から謝罪して、そしてリリーにプロポーズしよう」


 熱く決意したフウとは別に、リリーは屋敷の厨房に籠り作業に夢中になっていた。

 朝方に仕込んでおいたパン生地が、程よく発酵がすすみ完成していた。


「お嬢様、とうとうパンまで作られるのですか?」

「菓子パンよ。いい麦も手に入ったし、薬草図鑑に薬味に仕えそうな材料も記載していたから、ぜひ試してみたくって」


 パンには、乾いた薬草を細かくして散らし、練り上げて成型する。

 まん丸にした生地に指を突き刺すと、程よい弾力で元に戻った。

 卵と砂糖でカスタードを作り、中に注入したのちに焼き上げるのだ。


「このトレーは、均一に熱が通って焼き上がるのが見事ですな」


 料理長が持つ焼き用のトレーは、鉄鉱石のある特殊な特質を利用して、リリーが専用に作らせた特注品だ。

 部分焼けがあった料理が、このトレーを使う事でじっくりと熱が通り、満遍なく素晴らしい焼き上がりが完成した。


「全て、クラスメイトのみんなのおかげなの」


 湯気をたてるホカホカのパンを、皆で試食しながら会話は進む。


「そろそろ、王子を許してやったらどうだ?リリー」


 なぜか執務をサボって参加していた父親が、パンを片手に持ちつつ促した。

 既に三つ目に突入していたリリーは、うーんと困り顔をする。


「でも、甘やかすと、またわがまま王子に戻りますよ?」

「た、確かに」

「ふふっ、私が冷たくすればする程に、フウはとても頑張ってるんです」


 あの乱暴で口が悪い王子が、嫌われたくないと努力する。

 最初は確かにアテツケで暴飲暴食に走り、本物の子豚になってあげた。

 もう、どうでもいいと自暴自棄になった私に、フウは手のひらを返して詫びて優しく接してきた。


 コレだと思った。

 急いでフウにバレないように、国王陛下や王妃様に相談した。


「私が子豚のままの方が、フウが良い王子になると思います」


 二人は最初は驚いたが、あれからのフウの態度と対応で、私の言いたい事がわかったらしい。

 つまり、このまま許さない態度のままで、フウに反省を促しつつ努力して貰おう作戦だ。


「そうね、あなたのその姿を見て、フウは自責の念であなたのいう事なら、何だって聞くでしょう。でも、それでいいの?」

「はい、私が太っていくのは別にいいです。いっそ美味しい物を極めます」

「あなたは前向きだけど、いつかフウがあなたをあきらめた時は?」

「その時は仕方ないので、新しい旦那様を探します」


 その為に胃袋を掴めるように、私は私でお菓子作りに目覚めたのだ。

 ヘタだと笑われた悔しさから、今では店に出してもいいクオリティにまで成長できたと思っている。


「いいえ、むしろ店などで出すレベルを超えていますよ」


 料理長はそう言っておだててくれるのだけれど、何よりみんなが美味しいって言ってくれるのが嬉しいの。

 そう、ただ一人を除いてだ。


 過去を思い出していた私、我に返る。

 父がパンを食べ終えて、複雑な顔をしていたので、もう一つ差し出すと素直に受け取った。


「ありがとう……いや、そうではなくリリー。まもなく卒業だが、王子がお前を諦めたらどうするんだ?一応成人前に、二人の意思を確認するというのが、婚約の取り決めなんだが」


 この国の成人は男女ともに十八歳、すなわち卒業パーティーにて、婚約の行方が決まると暗黙の了解になっていた。


「お嬢様なら、もっといい男性が見つかりそうです」

「そうよね、この美味しさなら、誰だって夢中になるわ」


 メイド達がキャッキャと喜び盛り上がる中、男性陣は心配そうに私を見ていた。


「男っていうのは、案外気が弱いものなんですよ。結婚なさるなら、そろそろ安心させてあげてもいいと思いますが」

「参考意見として聞いておくわね。でも、本当に大切なのは、卒業してからじゃないかしら?」


 フウはきっと外交や国内政務で多忙になるはずだ。

 今までのように、学生気分では乗り越える事はできないだろう。

 もっと、もっと努力が必要なのだ。

 その努力は私のためではなく、民の為でなくてはいけない。

 それに気づいてもらえるだろうか?


 迎えた卒業パーティーで、とうとう二人の関係に終止符が打たれる事になる。

 国王夫婦も参列する立食パーティーの最中、フウが突然壇上で演説を始めた。


「世の中には、卒業パーティーで婚約者に破棄を告げて追放する断罪があるという。だが、俺はあえてリリーに告げる」


 周囲のどよめきと、視線がフウとリリーに集中した。

 用意されたプチケーキを食べつつ、リリーは不思議そうな顔で、他人事のように見学していた。


「皆の者、我が名にかけてリリーを逆断罪する!」


 周囲がシーンと静まり返る。

 皆の脳内には、はてな?が浮かんだ。


「逆断罪とはつまり、リリーが俺を嫌っても、俺はリリーを手放さないし、婚約破棄などしないという事だ」


 なぜか呆れる皆をおいて、フウは勢いが増していく。


「追放などしないし、ずっと傍にいる。どんな姿であろうと、俺の妻として未来永劫に!」

「異議あり!」


 バッと皆が注目したのは、発言したリリー本人だ。

 とりあえず、食べていたケーキを食べ終えたリリーは、小さく息をはいて、ブルンと体を震わせてフウを指さした。


「私の意思は?婚約の条件に互いの意志って書いてたじゃない!」

「知らん、もう待つのも耐えるのも限界だ。父上たちが何をどう言おうと、跡取りとして特権と権威でねじ伏せてやる!」

「フウの馬鹿!」


 とうとう我慢の限界だったのか、フウの暴走にリリーもキレた。

 再び二人の喧嘩が開始される。


「なら私もフウを断罪するわ」

「ほう、どんな罪で?今更、俺は何をされても……」


 リリーはフウの会話を無視して、ドカドカと近づいた。

 煌めく思い出になる卒業パーティーは、ひときわ違う気配を漂わせる。

 大人たちは国王夫婦を見たが、彼らは無言で息子たちを見守っていた。

 豪華な会場で行われる喜劇の幕が開く。


「えいっ」

「は?」


 リリーはコロコロと太い指先で、しっかりと骨太のフウの手を掴み、自らの片手にぶつけた。


「痛いっ!ひどいわ!私をぶつなんて!」

「何いってるんだお前?」


 リリーは振り返り、自分を取り囲む皆に訴えた。


「みんな見たわよね?王子の手が私の手をぶったわ」

「だから、何を……お前が俺の手を勝手に掴んで当てたんだ」

「ご自分の罪も認めないなんて、なんて往生際の悪い!」


 顔に手をあて泣きまねまでするリリーに、周囲の応援の声があがる。


「見ました!俺は見た!王子の手がリリー様に当たった」

「私もこの目で見たわ、なんてひどいの!」

「いつもお菓子を分けてくれる、優しいリリー様に、なんてヒドイ事をするの」


 ここでフウが叫んだ。


「俺は貰ってない!俺だけはなかった!」


 心からの叫びは、会場内に轟いた。

 だが、皆の目は白いままで、フウはこの流れに怖気づいていく。

 こんなはずではなかったのだ。皆の前でリリーは自分のだと宣言する、ただそれだけだったのに。


 間近にいるのに、リリーが遠い存在に感じる。

 本当にダメなのか?もう、俺は……。

 心に暗い闇が広がっていく、どれだけ努力しても、謝罪しても一番欲しい物は自分を拒絶する事が辛かった。


 リリーから離れ、フラフラと壇上を降りたフウは国王たちの前に片膝をついた。

 一瞬目を見張った国王たちは、我が子の言葉を静かに待った。


「もう無理みたいです。リリーを解放します」


 どんな気持ちで我が子がそれを決めたのか、二人は見合って頷いた。

 チラリと視線を向けると、リリーが立ち尽くしてこちらを見守っている。


「わかった。今この場において、二人の婚約は破棄とする」


 途端に沸き立った歓声に、リリーとフウを除く皆が祝福の乾杯をした。

 先程の雰囲気は一層され、たちまち卒業に相応しい喧噪に包まれる。


 寂し気に笑ったフウはリリーに別れを告げた。


「今まですまなかったな、リリー」

「フウ……」

「どうしたら、リリーに振り向いて貰えたんだろうな?」


 リリーの顔が歪み、そして震える声でフウに頭を下げた。


「立派な王様になって下さい」


 こうしてフウが去る中で、リリーは王妃に声をかけられた。


「これで良かったの?」

「はい……私はもう、フウに相応しくないから」

「ふくよかなあなたも、あの子は愛していたわよ?今ならまだ……」


 リリーは覚悟していた。

 もし別れを告げられたら、今度は私が彼に冷たくした罪を背負うべきだと。

 あえて先程、フウを断罪したのは、あのまま彼の暴挙の強引さを受け入れられなかったから。


「フウが好きです。だからこそ、今度は私のためではなく自分の意志で努力して欲しいんです」


 きっと彼ならできる。互いに立ち直る時間が少し必要だが、遠くから私は応援しよう。

 そう王妃に伝えると、抱きしめられた。


「お互い少し時間をおきましょう。私が王妃として認めるのは、あなただけよリリー」

「光栄です。ですがフウが新しい人を見つけて来た時は、ちゃんと受け入れて下さいね」

「ないと思うけど……わかったわ」


 リリーが顔をあげると、いつもの穏やかな仮面を被り、共に過ごした仲間達と最後の夜を楽しんだ。

 彼らもわかって、リリーの芝居に付き合ってくれたのだ。


 彼らが喜んだのは、これで対等にリリーとフウが向き合えることに対してで、別れを祝福したものではない。

 知らなかったのはフウ自身だけで、周囲はどうしてリリーがフウに対して塩対応なのか理解していた。

 なぜなら、冷たい態度をとりつつも、何気なくリリーは常にフウのフォローに勤しんでいたからだ。

 それに気づかれないように、隠れて忘れ物を机に忍ばせ、苦手な教科には参考書を教師からだと手渡すよう頼んだりと、動いていた。


 リリーは、そろそろお菓子を王子に分けて仲直りしてはどうか?と何度も言われるたびに、こう言った。


「王子は甘ったれさんだから、許してしまうと、きっと今の努力が止まってしまうの」


 このままでは王子に嫌われると助言をすると、ならそれは仕方ないとお菓子を口一杯頬張って無言になった。

 こうして二人の事は周知の事実で、フウはあえて見守られる形で孤立させられたのだ。

 何人かが試しに王子であるフウに話しかけても、文句のつけようのない王族としての対応は、学友に対する親しき仲になる事はなかった。

 

 無意識でリリーに甘え縋る王子の自立の為に、婚約破棄は必要だった。

 その事をクラスメイト達は理解し、そして二人の今後を応援したのだ。


 パーティーが終わり、卒業した者たちは、それぞれの人生を歩み始める。

 リリーは花嫁修業として、自らの屋敷にこもりきり、毎日菓子作りに明け暮れていた。


 学生時代と違い、毎日好きなだけ打ち込める日々に、悲しみも癒えていく。

 リリーを心配した学友たちが、時折訪ねては共にリリーのお菓子を楽しんで帰って行った。

 彼らは色々な情報や、自らの領地の特産物、新たに発見された素材など惜しみなくリリーに与えてくれる。

 それを元に、新たな調理器具が開発され、新たなレシピも増えていった。

 その中には、これまでにない斬新な物も含まれる。


「おいリリーこれは、この国を揺るがす大発明かも知れんぞ」


 全てを見守ってくれていた父が、初めて口出しをしたが、リリーは頑なに拒絶して、そのお菓子は封印する。

 一口食べれば、太ることも痩せる事も可能な食べ物など、迂闊に出すわけにはいかないからだ。

 そういえばと、遊びに来た友人の一人が教えてくれた噂が気になった。


「耳が速いな。西の国境沿いで疫病が流行してるらしい。特に子供がかかりやすく、フウ王子が薬を手配したものの、効果はいまいちで、頭を抱えているところだ」

「お父様。王家の知識でも、なんとかできないのですか?」

「病が、まだら病とまでは判明しているが、古い病すぎて薬をみつけるのに時間がかかっているらしい」


 フウの馬鹿。ちゃんと王族専用書庫に、薬草図鑑があったはずだ。

 だが、すでに感染は広がっており、体力のない子供達に時間の猶予はない。


 私はこっそりと王家に手紙と贈り物を匿名で届けて貰った。

 名のある貴族の父からの差し入れだから、匿名でも受け取って貰えたそうだ。


 手紙には、病に効く薬草の種類のレシピ、そして贈り物は、その薬草を散らした小さなクッキーが大量に詰められていた。

 受け取ったフウは、届けたリリーの父に差出人を訪ねても、頑なに明かす事はなかった。


 本当に効果があるのだろうか?


 確認の為に、クッキーを一口食べると、ほろ苦く、それでいて砂糖の甘さも引き立った美味しさに、なぜかポロポロと涙が流れた。


「英気が沸いてきた。落ち込んでたら、リリーに笑われるな」


 フウは、すぐさまクッキーを届けさせ、自らレシピに書かれた薬草の確保にかけずりまわった。

 浮かぶリリーの顔をふりきるように、ただがむしゃらにフウは走る。

 周囲からは、要領や段取りは悪いが、それでも民の為にと必死な王子に、少しずつ見る目が変わっていく。


 届けさせたクッキーや薬草は、即座に効果を発揮して、病は急速に収束していった。

 やれやれと、ため息をついたフウに休む暇はない。


 自らの王城の執務室で、今度は別の問題が持ち込まれる。

 次は南の地域で水害がおきたせいで、食糧難が発生していた。


 王室の食糧庫の全てを出しても足りるのかと迷っていると、またもやリリーの父より手紙と荷物が届く。

 今回の手紙には、満腹感の得やすい穀物と、腹持ちの良い栄養素満点の乾パンが入っていた。


 一枚噛み締めると、素朴な味の中に、ドライフルーツの甘味と栄養、そして雑穀の噛み応えと健康に良いだろう滋味が伝わってくる。

 ホロリとまた涙が流れるのを、フウは止められなかった。

 ゆっくりと味わった後、フウは顔をあげて南の地を目指す。

 餓えた民たちに、乾パンを支給しつつ、次々と手配された穀物が届く。

 こうして南の地を救ったフウが、王都に戻る時には、帰りの道なりに国民が歓声をあげて王子を迎えた。


 澄ました顔で通過しつつ、内心驚くフウは、自然と周囲に求める彼女がいないか探す。


「いるわけないな、だが国民は俺を認めてくれた」


 噛み締める胸の感動をそのままに、凱旋を終えて城に戻ると、休む間もなく新たな難問が待っていた。

 今度は北の地で吹雪が続き、民が寒さで震えているという。


「今度も俺が向かう事にしよう。最近は頑張ってるおかげで飯も美味いし、リリーに少し近づけた」


 最近忙しすぎて、早食いとなったフウの体格は横に大きくなっていく。

 婚約破棄の件は、確かにフウの心にけじめをつけた。

 リリーとの別れも、新たなる前に一歩進むため。

 だけど、心からリリーが消える事はない。


「立派な王になってみせるさ」


 それはリリーに認めて貰いたいだけでなく、国民の為に。

 多難の道であれど、ちゃんと民は見て評価してくれる。

 少しずつ、進むべき道が見えたフウは、初めて王族のなすべき意味が理解できた。


 報告の通り、北の国は吹雪が吹き荒れ、前に進むのも辛いほどだ。

 自然を止める事はできない。ただ、今は寒さをしのいで時間稼ぎをする。

 フウは、常に自らを助ける手紙に書かれていた通り、贈り物に入っていた鉄鉱石と石炭を持ち込んでいた。


 特殊な鉄で作ったカイロはより少ない燃料で、即座に暖かくなる。

 そこに、特殊な粘土を練り込んだ石炭は、長時間の燃焼を可能にした。

 この二つの素材は、とても安価で実は手に入れやすい物であり、余すことなく人々に配給する事が可能だった。

 こうして、吹雪がやむまで人々が凍える事がなくなり、今ではフウこそが次期国王だと人々は称えたのだった。


 花吹雪が舞う中で、熱烈な民の祝福に手を振ってこたえるフウは、その足を城ではなく、リリーの屋敷に向かわせた。

 突然の来訪に屋敷は慌てたが、フウは威風堂々と告げた。


「この国を救った本当の功労者に、感謝を述べさせてもらいたい」


 恰幅のよくなったフウは、以前とは違う自信満々の王者の風格で会いに来た。

 リリーの父は、絶対に口を割らなかったが、フウは最初のクッキーを一口食べた時点で……手紙の筆跡でわかっていたのだ。

 そして自らの学生時代だけでなく、過去を思い出し、やっと気づく。

 誰よりも、俺を突き放したフリをして、俺を助けてくれていたのは、君だった。


 応接室に通されて、座って待つフウの前に、見覚えのある美女が現れた。

 スラリとした肢体に、リリーの好きな色合いのドレスを身にまとい、リリーと同じ髪色と瞳。

 見事なカーテシーに見惚れていると、鈴の音が転がるような声で尋ねられた。


「ごきげんよう殿下、どのようなご用件ですか?」

「……君に会いに来たんだ。リリー」


 子豚ではなく、リリーは生まれ変わった白鳥のように見事な変身を遂げていた。

 フウが真逆に、ふくよかになるのと違い、リリーは細い指先を口元にあてクスリと笑う。


「すぐに正体がバレちゃうんだもん。つまんないわね」

「俺を助けてくれてありがとうリリー。実はこっそり秘密の差し入れをつまみ食いをしたんだ。凄く、凄くおいしかった」


 途端にあふれ出た感情から、フウは涙を流す。


「本当に美味しかった。きっと、誕生日のケーキもこんなに美味しかったんだ。俺の為に作ってくれたのに、ごめん」

「ちょっと、フウ!泣かないでよ」


 ギョッとしたリリーが慌てて、長椅子に座って涙するフウの横に腰かけた。

 ハンカチを差し出すと、その手をガバッと掴まれる。


「君は豚なんかじゃない。豚は俺だ」

「どうして太ったの?忙しかったから?」


 そう言うと、リリーは用意していた二枚のクッキーを差し出した。

 一つは赤いジャム、もう一つは紫のジャムがのっている。


「赤は痩せるクッキーで、紫は太るクッキーなの。とりあえず、もう豚とかいいから、とっとと元の体格に戻ったら?」


 なるほど、リリーが痩せたのはこのクッキーのお陰かと、フウは涙をとめて机に並べられたクッキーを見つめた。

 もし、リリーの言う通り体格が自在にできるなら、こんなに凄いものはない。

 手を伸ばし、フウは食べた。


「どうして!フウ何してるのよ!」


 フウはまず、赤いクッキーを食べた。

 途端に体が一瞬赤くなり、自らでもわかる程に、腹の肉が消えていった。

 だが、一口で食べ終えた途端に、次は残りのもう一枚も口にしたのだ。

 痩せて、また太る。結果は、元通りの小太りの姿。


 リリーがあえて二つ差し出したのは、あくまで参考として二種類あると伝えたかったから。

 食べて欲しかったのは『赤』のみだったので、まさか全て食べてしまうとは。

 だけど、フウからすれば、片方だけなどありえない。


「ずっとリリーのケーキを後悔してた。みんながリリーの手作りを食べてるのを見て、悔しくて仕方なかった」


 拳を握りしめ、涙を拭く。

 あの時と違い、フウは曇りのない澄んだ瞳でリリーに愛と感謝が満ちている。


「でも、君は俺を全て拒絶しているわけじゃないと気づけたんだ。ずっと俺を見守って、あえて突き放して、隠れて助けてくれていた」


 リリーの元に歩み寄り、膝をつく。

 ぽっちゃりとした手が、リリーの細くなった手を静かにとった。


「今までありがとうリリー。どうかな?俺は少しは成長できた?君にふさわしい男に近づけた?」

「フウが頑張ったのは、私の為?」


 あえて、試すように聞いたリリーにフウは苦笑した。

 どうして彼女がそれを聞いたのか、以前の自分なら『そうだ』と答えただろうが、今は違う。


「君も含めて、みんなの為に……民の為に頑張るのが、俺の仕事だから」

「フウ、凄い!立派になったのね!」


 喜び無邪気に抱きついたリリーを、軽くその厚くなった肉で受け止めた。

 リリーの温もりと香りが、たまらなく愛しい。


「もう君は豚じゃない、豚は俺だ。こんな俺だけど、結婚して欲しいリリー」

「勿論よ。だけど、どうして太ったのよ馬鹿」

「リリーが太っても好きだって、自分で証明したかった。以前に子豚と結婚するのは豚だって言ってたから……」

「フウはたまに、単純すぎてビックリするわ」


 抱き合った二人は笑いあい、そして優しく口づけを交わした。

 こうしてまもなく、民の為に尽くす王子には、常に美しい妻が寄り添う事となり、将来この二人が国を繁栄させていくのだった。

 王妃となったリリーが、慈善事業に力を入れて、バザーの度に手作りのお菓子を寄付した。

 すると、瞬く間に評判となり、バザーは大盛況の上に、庶民にはお菓子作りが流行する。

 偶然それを口にした隣国の使者から、ぜひレシピを教えて欲しいと熱望され、他国との交流も盛んとなり経済も発展していく。


 より太ったフウを愛し気にみつめつつ、クッキーを差し出しては軽口をたたきあう二人がいた。


「だから俺は豚でいいんだよ」

「健康に悪いからダメよ」

「急に痩せたら、このクッキーの秘密が他国に知られてしまうじゃないか」

「一か月は外交を他の人に任せたらいいのよ。なんなら、私が代行するわ」

「嫌だ。俺のリリーを他の男と親しく話させるなんて」


 国家機密となった王妃のレシピには、不思議な力が秘められたお菓子の数々が載っている。

 その本の表紙には、こう書かれていた。


『お菓子とは、みんなが幸せになるもの。このお菓子は甘い毒』


 年老いて王を引退したフウは、眺めのいい城のバルコニーから城下町を眺めた。

 傍にいるはずの彼女はもういない。

 先に天の国に旅立った彼女が残してくれたクッキーを口に入れ、優しく笑う。


「これが最後の一枚なんだ。また会えたら作ってくれるかな?」


 年老いた瞼をそっと閉じ、静かに訪れる闇の向こうに光が見える。

 こうして息を引き取った伝説の王は、闇の果ての光の中で、愛しい子豚と再会するのだった。






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