虐げられた悪役令嬢は誰にも愛されないまま捨てられたけれど、やがて周囲が落ちぶれていく中、唯一手を差し伸べてくれた隣国の麗しき王子に溺愛されてシンデレラのように幸福を掴む物語
侯爵家の次女、リリアナ・エルフォードは、生まれてからずっと「余計者」だった。
「リリアナ、またそんな本を読んでいるの? 淑女らしさが欠けているわ。姉のクラリッサを見習いなさい」
母は口癖のようにそう言った。姉クラリッサは社交界の華。美貌と聡明さを兼ね備えた彼女と比べられて、リリアナはいつも劣っていると断じられた。
彼女が一番つらかったのは、家族からの言葉よりも婚約者である王太子エドワードの冷淡さだった。
「君は、クラリッサの陰に隠れているのがお似合いだよ」
人前でそう嘲笑されても、リリアナはただ俯いて耐えるしかなかった。反論すれば「悪役令嬢」のレッテルが強化されるだけ。幼い頃から「家のために耐えなさい」と言われてきた彼女は、ドアマットのように踏みつけられ続けた。
それでも、婚約者である王太子の役に立ちたいと努力を重ねていた。王宮での書類整理や舞踏会の準備、果ては王妃教育で必要な勉強まで、すべては彼のため。だがエドワードは感謝するどころか、当然のように受け取った。
ある日の夜会。
「エドワード殿下のお隣はクラリッサ様が相応しいわ」
「リリアナ様は意地悪な悪役令嬢ですもの」
令嬢たちの嘲笑が響く。エドワードは止めることなく、むしろクラリッサに手を差し伸べた。
「リリアナ、君との婚約はここで終わりだ」
舞踏会の中心で、冷たい声が響く。王太子の断罪。クラリッサの勝ち誇った笑み。貴族たちの嘲笑。
リリアナはただ、唇を噛んでうつむいた。
「……承知いたしました」
泣き叫んで縋りたい気持ちはあった。けれど彼女にはそんな気力も残っていなかった。
――それが、リリアナの断罪の日。
その翌日には侯爵家からも追放され、実家の馬車で冷たく田舎へと送り込まれた。
「二度と戻ってこなくていい」
父の吐き捨てる声が最後の言葉だった。
◆
それから数年。
田舎の片隅で、リリアナはひっそりと暮らしていた。幸い学んできた知識を生かし、領地の子どもたちに読み書きを教えたり、薬草を調合して病人を助けたりすることで、村人たちに慕われるようになっていた。
だが、彼女の耳には時折、王都の噂も届いた。
――クラリッサ様は王太子妃になられたけれど、贅沢と浪費で国庫を傾けているらしい。
――エドワード殿下は側近たちからの信頼を失い、政治も混乱しているとか。
――エルフォード侯爵家も姉上の浪費で財政難だそうだ。
かつて彼女を虐げた者たちは、次々と評判を落とし、権威を失っていった。
リリアナは祈るように手を組む。
「どうか、村の人々だけは……幸せでありますように」
自分の幸せを願うことはできなくても、誰かを助けたいと願う気持ちは消えなかった。
◆
そんなある日。
村を訪れた旅人の一団。その中に、ひときわ目を引く青年がいた。銀色の髪に深い蒼の瞳。
「君が……リリアナ嬢だね?」
凛とした声に振り向けば、青年は微笑んでいた。
「俺はアレクシス。隣国ガルディアの王子だ」
リリアナは言葉を失った。どうして、こんな人が自分を知っているのだろう?
アレクシスは真剣な眼差しで告げる。
「君の噂を聞いたんだ。追放されながらも村人を助ける優しい令嬢がいると。……会いたくて来た」
リリアナの心に、初めて温かな光が差し込んだ瞬間だった。
――それは、彼女の運命を変える出会いだった。
---
「……私に、会いたくて?」
リリアナは信じられない思いで問い返した。これまでの人生で「必要ない」「厄介者」と言われ続けてきた自分が、誰かに求められるなんて。
アレクシスは迷いのない瞳で頷いた。
「君がどれほどの苦難を受けてもなお、人を助けていることを知って……心から尊敬した。リリアナ、君のような女性を放っておけるはずがない」
頬に熱が集まり、リリアナは俯いた。
(こんな言葉、初めて……)
彼は村に滞在しながら、リリアナの行動を見守った。子どもたちに読み書きを教え、薬草を調合する姿。そのひたむきさに、アレクシスは日ごとに深く惹かれていった。
ある夜、月明かりの下で彼はそっと手を伸ばす。
「リリアナ。俺の国へ来てほしい。君が必要なんだ」
リリアナの胸は揺れた。だが、すぐに首を振る。
「私は……悪役令嬢と呼ばれ、国から追放された女です。王子殿下の隣に立つ資格など――」
「違う」アレクシスは強く言った。「君は誰よりも誠実で、優しい。俺が保証する。君こそ、俺の国を救う光だ」
その真剣さに、リリアナは涙をこぼしてしまった。
◆
それからしばらくして、王都から一報が届いた。
――王太子エドワードと新王妃クラリッサの失政により、王国は大混乱に陥っている、と。
贅沢三昧の王妃に国庫は空になり、周辺諸侯も離反。ついには民衆の暴動が起きた。
エルフォード侯爵家も財政難に耐えられず没落。権勢を誇っていた家族は軒並み失脚し、今や頼る者もいない。
その惨状を耳にしても、リリアナはただ静かに祈った。
「……どうか、国の人々が無事でありますように」
自分を虐げた者たちの破滅を望むことすらしない。その姿を見て、アレクシスは胸を締めつけられた。
「君は本当に……強い。俺なら憎しみで押し潰されるのに」
リリアナは小さく微笑んだ。
「私はただ……人を憎むより、守りたい人を思っていたいのです」
◆
やがて、隣国ガルディア王国に大使が訪れた。
彼らはリリアナに助けを乞うためだった。
「どうか……王太子殿下、リリアナ様にお戻りいただけませんか! クラリッサ様では国を治められません!」
土下座同然に縋る使者たち。かつて彼女を断罪し追放した王国が、今は助けを乞うている。
リリアナは深く息をついた。
「申し訳ありません。私はすでに、ガルディアの庇護下にございます」
毅然とした声で告げる。その姿はもう、踏みつけられていたドアマットのような令嬢ではなかった。
アレクシスは堂々と隣に立ち、冷ややかに宣言する。
「リリアナは俺の婚約者だ。彼女を二度と侮辱させはしない」
その瞬間、リリアナの心に温かな光が灯った。自分を守ってくれる人がいる。その事実が何より嬉しかった。
◆
季節が巡り、ガルディア王宮の大広間。
煌びやかなシャンデリアの下、リリアナは純白のドレスに身を包んでいた。
「信じられません……私が、こんな場所に立てるなんて」
アレクシスは微笑み、彼女の手を取り唇を寄せる。
「君がここにいるのは当然だ。リリアナ、君は俺の宝物だ」
頬を染め、涙が溢れる。
「……ありがとうございます。アレクシス様」
二人の誓いのキスに、盛大な拍手が響いた。
◆
その後も、リリアナの噂は広がっていった。
――かつて悪役令嬢と呼ばれ、追放された娘。だが実際は誰よりも誠実で、人々に愛される女性だった。
――そして今、隣国の麗しき王子に溺愛され、真のシンデレラとなった、と。
彼女を虐げた者たちは没落し、忘れ去られていった。
けれどリリアナは憎むことなく、ただ静かに幸福を噛みしめていた。
「私を見つけてくれて……ありがとう」
その言葉に、アレクシスは優しく微笑み返す。
「これからは、ずっと俺が君を守る。もう二度と一人にはしない」
――こうして、虐げられた悪役令嬢は、誰よりも深く愛され、幸福を掴んだのだった。




