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1章2話

──光の中に、神はいた。


 夢の中、坂上田村麻呂は静かにその姿を見上げていた。闇を裂いて現れたその神将は、金色の甲冑を纏い、左手に宝塔、右手に三叉戟を携えていた。その姿はどこまでも荘厳で、威圧的なまでの威容を湛えていたが、同時に、揺るぎない静けさがあった。


 神将は言葉を発せず、ただ眼差しで田村麻呂を見据えていた。


 やがて、その瞳から放たれる光が田村麻呂の胸奥へと流れ込む。


 ──汝、問うてみよ。我は答えよう。


 その声は音ではなく、意識の奥深く、魂そのものへと響いた。


 「……なぜ、我は剣を学ばねばならぬのか。なぜ、人を斬る術を修めるのか。剣とは、破壊と死をもたらすだけのものではないのか」


 田村麻呂は、恐れを押し殺してそう問いかけた。


 神将は、しばし沈黙し──その三叉戟を地に突き立てた。


 その瞬間、空間が砕けるように光を放ち、周囲に広がる闇が消し飛んだ。


 ──剣とは、ただの器に過ぎぬ。だが、器に注がれるものが“信”であれば、それは民を守る盾となる。欲であれば、ただの刃。


 ──汝は己の剣を恐れておる。されど、恐れを抱く者こそ、剣を持つに値する。


 「……我は、民を守りたい。父のように、ただ命令に従うのではなく、自らの意思で道を選びたい。剣を、破壊ではなく“祈り”とするために──」


 ──その言葉、真に誠であれば──我が力、汝に預けよう。


 神将は、左手に掲げた宝塔をそっと胸に寄せ、右手の戟を天へと振り上げた。


 ──汝の心に宿れ、毘沙門の印。


 次の瞬間、強烈な光が田村麻呂の胸に突き刺さる。熱く、痛みすら伴う光だったが、不思議と苦しみはなかった。ただ、何かがその身の奥底で目覚めたのを、田村麻呂は確かに感じた。


 そして神将は、ゆっくりとその姿を闇へと戻していった。


 ──進め。我が加護は常に汝の志とともに在る。


 夢は、そこで終わった。


 田村麻呂が目を覚ましたとき、庵の天井を見つめながら、胸に手を当てた。肌の上には何の傷も印もなかった。だがその奥で、熱がゆっくりと、だが確かに宿っていた。


 ──これが、加護か。


 しばし身を起こせずにいたが、やがて膝を抱えて庵の戸口を開ける。外はまだ夜が明ける前の静寂。東の空にわずかに白みが差し始めていた。


 そのとき、背後から老僧の声が聞こえた。


 「夢を、見たな」


 田村麻呂は驚き、振り返る。


 老僧は、火を焚くこともなく、静かに座していた。その目はいつになく澄んでいた。


 「毘沙門天か。それは、おぬしが“内”に問いを重ね、ようやく開かれた“縁”だ。我が教えたのは、ただその道筋にすぎぬ」


 田村麻呂は深く頭を垂れた。


 「……すべて、感謝申し上げます。まだ答えは見えませぬが、剣に向き合う道だけは、迷わぬと決めました」


 老僧は小さく頷いた。


 「これより先、剣を振るうたびに問え。己はなぜそれを振るうのか。そして、決して問うことを忘れるな」


 田村麻呂は、静かに立ち上がった。


 その日、庵の裏手の滝で最後の行を終え、草鞋を履き直した彼に、老僧は何も言わなかった。ただ、ひとつだけ、小さな木札を手渡した。


 「それを懐に入れておけ。そなたの“問い”を忘れぬためのものだ」


 木札には、梵字で一文字──「守」。


 田村麻呂は深く頭を下げ、山を下りた。


 道は長く、麓の村に辿り着いたのは日が傾くころだった。道中、何度も迷いそうになったが、不思議と足が正しい方角を選んでくれるようだった。


 加護。あるいは、導き。


 彼はその存在を信じることにした。


 村に下り、使者に文を託して都へ帰る旨を知らせると、久方ぶりに塩気のある味噌汁と米を口にした。庵での食とは異なる温かさが、身体の奥まで染み渡った。


 「都に戻れば、また喧騒が待っている。だが……我は、変わらぬ」


 その夜、彼は空を見上げた。山で見た星よりも、どこか霞んで見えたが、それでも光は確かにあった。


 「父上、兄上……我は、己の道を歩みます」


 胸に灯った“熱”が、再び鼓動とともに高まっていく。


 坂上田村麻呂、二十歳の晩夏。


 その身に毘沙門天の加護を宿した若き修行者は、やがて朝廷の歴史に名を刻むこととなる。


 ──その始まりが、この山での修行と“神との邂逅”であったことを、彼自身、後年何度も思い返すことになる。

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