第二章(2):愛の誓いと、魔界への出発
魔界への準備で、ルシアン様が一番心を砕いていたのは、私が魔界の瘴気にやられてしまわないようにすることだった。
「魔界の瘴気は、人間には猛毒となりうる。お前を危険に晒すわけにはいかない」
そう言って、ルシアン様は自分の指にはめている指輪を見つめた。
あの、漆黒の宝珠をあしらった、彼の魔力の源とも言える指輪だ。
ルシアン様の魔王の力は当然、魔界で手に入れたものだから、それを私に分けることで、瘴気から身を守れるってことかな。
そして、もう一つ、ルシアン様は慎重に準備を進めていたことがあった。
それは、人間界と魔界の時間差を解消するための道具の開発だ。
「人間界と魔界では、時間の流れが大きく異なる。俺たちが魔界に滞在する間、人間界で流れる時間を限りなく縮めることができれば、皆に心配をかけることもないだろう」
ルシアン様はそう言って、その開発に没頭していた。
彼の研究室には、複雑な魔法陣が描かれたり、見たことのない素材が散乱していたりして、私には何が何だか分からなかったけれど、ルシアン様は真剣な表情でその道具と向き合っていた。
そして、出発を目前に控えたある日、ついにその道具が完成したと告げられた。
それは、彼の指輪と同じ漆黒の宝珠が埋め込まれた、小さな懐中時計のような形をしていた。
「これがあれば、人間界での時間の流れは、俺たちが魔界で感じる時間の流れとほぼ同じ状態になる。戻ってきた時には、ほんの数日しか経過していないはずだ」
ルシアン様の言葉に、私は驚きと感動で言葉を失った。
まさかそんなことができるなんて!
これで、白亜の城の皆を心配させることなく、魔界での任務に集中できる。
***
それから、
「セラフィナ、これを持っておけ」
ルシアン様が差し出したのは、彼がはめている指輪と同じ、黒い宝珠をあしらった指輪だった。
でも、彼の指輪とは違って、私の指に合うように、可愛らしいデザインで、小ぶりの黒い宝石が嵌められてるんだ。
まるで、きらめくブラックダイヤモンドみたいで、見ているだけで心が躍る。
「わぁ…すごく綺麗…まるでブラックダイヤモンドみたい!」
私が感嘆の声を上げると、ルシアン様はフッと微笑んだ。
「ブラックダイヤモンドか…なんだ、それは?」
「私がいた、前の世界の宝石の名前なんです!それに…」と言葉を続けると、ルシアン様は興味深そうに続きを促してくれた。
「それに?」
「はい!ブラックダイヤモンドは、『成功』『不屈』『超越』といった石言葉を持つんです!今回の魔界遠征に、こんなに良い意味が込められた宝石なんて、きっとすごく縁起が良いですよ!」
私がそう言うと、ルシアン様は深く頷いた。
「なるほど、成功、不屈、超越…魔界の混乱を鎮め、新たな道を開拓するには、確かに相応しい石言葉だな」
ルシアン様はそう言うと、私の左手を取ろうとした。
でも、私は慌てて右手を差し出したんだ。
「あの、ルシアン様。私がいた世界では、左手の薬指には、婚約指輪とか結婚指輪をはめるんです。だから…」
私の言葉に、ルシアン様は一瞬、意味を理解しかねたような表情をしたけれど、すぐに納得したように微笑んだ。
「そういう意味があったのか。それでは…」
ルシアン様は、私の右手の薬指に、丁寧にブラックダイヤモンドの指輪をはめてくれた。
「これは、今回の魔界遠征の成功を願う証だ。本当の婚約指輪や結婚指輪は、もっと良い石言葉の、お前が気に入るものにしよう。そして、いつか必ず、その指輪を左手の薬指にはめる日が来るように」
きゃー!
ルシアン様の口から、婚約や結婚の言葉が…!
しかも、ちゃんと左手に、って…!
推しからの未来への約束!
尊すぎて、もうどうにかなりそう!
私は、コクコクと何度も頷いて、ルシアン様の手に自分の手を重ねた。
ルシアン様も、私の気持ちに応えるように、優しく微笑んでくれた。
もう、私、死んでもいい!
いや、死ねない!
それから、ルシアン様は私に、自分と同じような漆黒のマントも着せてくれた。
私の鮮やかな赤い髪に、ルシアン様とおそろいの黒いマント。
そして、右手の薬指に輝く黒い指輪。
そして、私の手には聖剣。
その組み合わせが、なんというか…すごくカッコいい!
普段の私とは違う、力強くてちょっと妖しい雰囲気が漂っている気がする。
ルシアン様も、私の姿を見て、満足そうに頷いてる。
「ああ、セラフィナ…見惚れるほどだ」
なんて、ほれぼれした様子で囁いてくれるんだ。
ゼフィルスも、私たちを感嘆の眼差しで見つめていた。
「セラフィナ様…魔王様…とってもお似合いです」
魔界への旅路は、きっと厳しいものになるだろうけど、ルシアン様と、そしてこの心強い指輪があれば、どんな困難も乗り越えられる気がする。
私の心は、彼への「推し愛」と、未来への希望でいっぱいに満ちていた。