第十六章(2):帰還、婚約発表?そして緊急連絡
魔物たちが創造した、見るも鮮やかな魔界での旅行土産や甘く香る魔界のスイーツを詰め込んだ大きな荷物を抱え、私とルシアン様は人間界への帰途についた。
魔界と人間界をつなぐゲートの前には、たくさんの魔物たちが見送りに駆けつけてくれていた。
「ルシアン様!」
ゼフィルスが、名残惜しそうにルシアン様に抱きついた。
ルシアン様は、その背を優しく叩き、「魔界を頼んだぞ、ゼフィルス」と、静かに、しかし確かな声で告げた。
これからは、ゼフィルスの許可かルシアン様の許可がなければゲートは開閉しない。
二人の間に、新たな信頼と責任の絆が結ばれた瞬間だった。
見送りの魔物たちは、皆手に魔界の旗を盛大に振って、私たちの旅立ちを祝ってくれている。
「セラフィナ!あなたって本当に面白い人だわ!」
イザベルが私の手を強く握り、惜しむように言った。
「イザベルなら、きっと最高の魔界代表になれます!ルシアン様ファンクラブ、頼みますよ!」
私はそう言って、彼女に力強くウインクした。
イザベルは一瞬驚いた顔をした後、楽しそうに笑った。
ゲートがゆっくりと開き、私たちは光の渦の中へと足を踏み入れた。
ルシアン様は、魔界に来た時と同じように、漆黒のマントで私を優しく包み込んだ。
「じゃあ、な」
ルシアン様の声が、光の中に響く。
そして、私たちは人間界へと戻った。
マントが背後でふわりとはためく中、彼の頭部、左右に一本ずつ、黒曜石のように艶めいて生えていた魔王の角が、まるで朝露が蒸発するように、みるみるうちに根元へと吸い込まれていった。
その輝きは瞬く間に失われ、痕跡一つ残らない。
銀白色の長い髪は、魔界にいた頃と同じく、優雅に彼の背を流れる。
しかし、その口元からは、獲物を仕留めるかのように鋭く伸びていた牙が、するりと音もなく引っ込んでいく。
そして、指先に宿っていた、強靭な爪も、ごく自然な人間の爪へと変化を遂げた。
ルシアン様は、その一連の変化を、意識を集中させ、自らの手で制御しているようだった。
まるで、呼吸をするかのように淀みなく、彼は魔王としての力を収束させていく。
魔界を統べる者としての威容がすっかり消え失せ、そこに立っていたのは、私が人間界で共に過ごしてきた、あの馴染み深いルシアン様その人だった。
***
白亜の城へと帰還した。
庭の手入れをしていたローゼリアちゃんが、私たちの姿に気づき、弾かれたように駆け寄ってきた。
「あ!ルシアン様!セラフィナちゃん!お帰りなさい!」
彼女の元気な声を聞きつけ、アルドロンさん、リリアさん、そして庭園のテーブルで真剣な顔で勉強していたリルも、次々と駆け寄ってくる。
私たちは、庭園でカスパール君がいつものように肩にフワワを乗せて、難しい顔で魔導書を読んでいるのを見て、顔を見合わせて安堵の息を漏らした。
彼が以前と変わらず、そこにいることに、言葉にできない安心感があった。
(カスパールのあの負の感情が、カイという形になって現れたことを、彼に話す必要はないだろう。ルシアン様もそう思っているはずだ。)
私はルシアン様とそっと顔を見合わせ、二人で頷いた。
「どうだった!?」
「魔界は!?」
みんなが口々に質問を浴びせ、好奇心と心配が入り混じったまなざしで私たちを見つめる。
「みんな、ただいま!お土産、たくさんあるからね!」 私がそう言うと、みんなの顔がぱっと明るくなる。
その様子に、ルシアン様が静かに私の肩を抱き寄せた。
「皆に報告がある」
ルシアン様が口を開くと、その場の喧騒がぴたりと止まった。
みんなの視線が、一斉に私たちに集中する。
「俺とセラフィナは、婚約した」
その言葉が響いた瞬間、城の庭にいる全員の、文字通りの絶句が訪れた。
一瞬の静寂の後、嵐のような驚きの声が上がる。
「ええっ!?」
ローゼリアちゃんの声が、一番高く響いた。
彼女は目を大きく見開き、信じられないものを見るかのように私とルシアン様を交互に見つめている。
リリアさんは、手を口元に当てて「まあ!」と小さく驚き、すぐに優しい笑顔で「おめでとうございます!」と言ってくれた。
アルドロンさんも嬉しそうに頷いている。
カスパール君は、いつものように腕を組み、不機嫌そうに顔を背ける。
「……ふん。今更かよ。」
彼は、どこか拗ねたような、しかし彼の表情には少しの安堵が浮かんでいた。
リルは、目を輝かせながら「プロポーズ!素敵!」と拍手している。
「これまでは、髪に顔をうずめるのが最高の愛情表現だったが……」
ルシアン様がそう言って、悪戯っぽく私を見つめる。
私の顔が、一瞬で熱くなる。
彼は、みんなの前で何を言い出すつもりだろう。
「な。セラフィナ」
彼の言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。
そして、ルシアン様は私の頬にそっと手を添え、優しくキスをした。
「っ!?」
その瞬間、ローゼリアちゃんは顔を真っ赤にして「きゃあーっ!」と叫び、その場に崩れ落ちた。
彼女にとって、ルシアン様のそんな直接的な愛情表現は、想像を遥かに超えるものだったのだろう。
「ル、ルシアン様!な、何をしてらっしゃるんですか!?」
リリアさんは、目を丸くして言葉を失い、アルドロンさんはその光景に目を瞬かせ、やがて噴き出すように笑い出した。
カスパール君は、まるで自分の大事なものが汚されたかのように顔を歪め、肩に乗っていたフワワが、彼の激しい動揺に合わせるように、ぴょんぴょんと可愛らしく跳ねる。
「おい、ルシアン様!まさか……そんなことを!?人前だぞ!セラフィナも、もっと抵抗しろ!」と、激しく動揺しながらも、彼の澄んだ紫色の瞳の奥には、ほんの少しだけ嫉妬のような、複雑な感情が揺れていた。
リルは目をキラキラさせながら「うわー!ルシアン様、大胆!」と、興奮した様子で拍手している。
そんなこんなで、白亜の城の庭は、驚きと祝福の声、そしてルシアン様が私の頬にキスをしたことに対する恥ずかしさで、大騒ぎになった。
そのバタバタとした賑やかな雰囲気の中、突如として、私たち全員の宝珠が、きらめくような強い光を放ち始めた。
「……!」
一瞬にして、その場に緊張が走る。
庭の喧騒は嘘のように消え失せ、張り詰めた静寂が訪れた。
宝珠の輝きが収まると、その光の中から、神界のエリアス様の声が響き渡った。
「ルシアン、セラフィナ、そして勇者たちよ。緊急の連絡だ」
この度は、「転生したら推しが魔王様になってた件~魔界へ行っても推し活は健在です!~」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
主人公・佐倉花ことセラフィナの、推しへの一途な愛と、異世界での奮闘の日々を描いてまいりました。
執筆当初の構想よりも物語が長く、シリーズの数も増えてしまい、読者の皆様には、時に冗長にお感じになる部分や、お目汚しをしてしまった点もあったかと存じます。至らぬ点が多々あったにも関わらず、ここまでお付き合いくださったこと、作者としてこれほど嬉しいことはございません。本当にありがとうございました。
ですが、セラフィナとルシアン様の物語は、これで終わりではありません。
次なる物語は、「転生したら推しが魔王様になってた件~魔王と勇者の日本ホームステイ奮闘記!~」 として続いてまいります。
どうぞ、これからも「転生したら推しが魔王様になってた件」シリーズをよろしくお願いいたします。




