第十五章(2):二人きりの魔界旅行と、永遠の誓い
翌日、私たちは早速、魔界旅行へと出発した。
黄金の城を出てすぐの広場には、豪華な飛空艇のような乗り物が用意されていた。
黒曜石のような光沢を放つ船体には、金色の装飾が施され、どこか威厳を感じさせる。
私は胸を高鳴らせながら乗り込み、隣に座ったルシアン様を見上げた。
「ルシアン様、すごいですね!この乗り物!」
「ああ。魔界の空を飛ぶには、これが一番快適だろう」
ルシアン様が静かに頷くと、飛空艇はゆっくりと浮上し、魔界の空へと舞い上がった。
眼下には、見渡す限りの広大な大地が広がっている。
「うわぁ……!」
私は思わず声を上げた。
空から見る魔界は、想像以上に多様な表情を見せていた。
ごつごつとした岩山が連なる荒野、不気味な光を放つ沼地、そして、ところどころに形成された、独特の建築様式を持つ魔族の町々。
巨大な水晶の塔が空に向かってそびえ立つ場所もあれば、キノコのような形の住居が密集している集落もある。
「すごい……ルシアン様が魔王になられて、まだ十数年ですよね?こんなに様々な場所が整備されているなんて、驚きです!」
私が感嘆の声を上げると、ルシアン様はふと口元に微かな笑みを浮かべた。
「セラフィナ、魔界の時間の流れは、人間界とは少し違うのだ」
「え?どういうことですか?」
私は首を傾げた。
「魔界で感じる一日は、確かに体感的には一日だ。しかし、実際の時間の流れは、途方もなく長い。言わば、時間の捻じれのような構造になっている」
ルシアン様の言葉に、私の頭には疑問符が浮かんだ。
「つまり、本当の魔界の一日というのは、人間界の時間で考えると、とてつもなく長いということでしょうか?」
「そうだ。魔族は、本来であれば非常に長命な存在だ。だが、この時間の構造のおかげで、人間界の感覚で言えば、ごく短期間で多くの変化を経験できる」
「うーん……難しくてよく分からないですけど、要するに、魔界での時間の進み方は、人間界よりもゆっくり、ってことですか?」
私が正直にそう言うと、ルシアン様は、小さく口角を上げた。
「まぁ、ざっくりと言えばそうなる。そして、魔物たちはそれぞれの得意なことに関しては、非常に長けている。魔法のような力を使える魔物も多数いる。そのような魔物が建築などに携われば、一瞬で建物が建ったりするのだ」
なるほど!
私が漠然と抱いていた疑問が、次々と解き明かされていく。
これもルシアン様が築き上げてきた魔界の仕組みなのか……尊い。
ルシアン様は、眼下を指差しながら、様々な地形やそこに住む魔物たちのことを教えてくれた。
彼の解説はとても分かりやすく、私はまるで壮大な歴史書を読み聞かせてもらっているかのように、夢中になって耳を傾けた。
しばらくして、ルシアン様が不意に言った。
「セラフィナ。お前に、この魔界で一番美しい場所を見せてやろう」
その言葉に、私の胸は高鳴った。
一体どんな場所なのだろう。
魔界で一番美しい場所なんて、想像もつかない。
飛空艇は、巨大な山脈を越え、深い谷を縫うように進んでいく。
やがて、眼下に広がる景色は、それまでの荒々しい魔界の風景とは一変した。
そこは、色とりどりの花が咲き乱れる、広大な草原だった。
幻想的な光を放つ植物がそこかしこに生い茂り、見たこともない美しい鳥たちが澄んだ歌声を響かせている。
空には、七色に輝くオーロラのような光の帯が揺らめき、まるで絵画のような世界が広がっていた。
「……信じられない……」
私は息を呑んだ。
魔界とは思えないほどの、圧倒的な美しさだった。
飛空艇は、その草原の中央にある、小さな湖のほとりにゆっくりと降り立った。
湖面は鏡のように穏やかで、空の光を映し出し、キラキラと輝いている。
私たちは飛空艇を降り、湖のほとりに立つ。
そよぐ風が、花々の甘い香りを運んでくる。
「セラフィナ。この場所は、俺がまだ魔王になったばかりの頃、よく一人で訪れていた場所だ。魔界の喧騒から離れ、心を落ち着かせることができた……俺にとって、特別な場所だ」
ルシアン様は、優しい声でそう言った。
彼の蒼い瞳が、この美しい景色を慈しむように見つめている。
その横顔は、いつも以上に穏やかで、儚げに見えた。
「……はい。本当に、息を呑むほど美しいです」
私はルシアン様の方を向き、彼と目を合わせた。
その瞬間、ルシアン様の蒼い瞳が、私をまっすぐに射抜いた。
その中に宿る宇宙の深淵を思わせる輝きに、私の心臓は激しく脈打ち、全身が熱くなる。
ルシアン様は私の手をそっと取り、優雅な動作で片膝を突き、私の前に跪いた。
彼の漆黒のマントが、風になびき、銀白色の髪は、まるで夜空に星が舞うかのようにキラキラと輝く。
「セラフィナ」
ルシアン様の声は、湖面を渡る風のように穏やかで、しかし確かな響きを持っていた。
「お前と出会ってから、俺の世界は大きく変わった。凍てついていた心に、温かい光が灯った。お前は、俺に生きる喜びを教えてくれた。そして、新たな道を切り拓いてくれた」
ルシアン様の蒼い瞳が、私をまっすぐに、そして深く見つめる。
その瞳には、今まで見たことのないほどの、深い愛情が宿っていた。
「そして、お前も気づいているだろう、セラフィナ。お前は、前世からずっと俺の運命の相手だ。俺には、お前しかいない。もう、お前は俺から逃れられない」
彼の言葉は、まるで天から降り注ぐ光のように、私の心に深く染み渡った。
その言葉には、抗えないほどの絶対的な愛と、未来への強い約束が込められていた。
「俺は、お前と人間界で共に生きることを望む。そして、これからの長い人生を、お前と共に歩んでいきたい」
「セラフィナ。俺の妻になってくれないか?」
ルシアン様の口から紡がれた言葉に、私の頭は真っ白になった。
プロポーズだ。
ルシアン様が、私に、プロポーズしてくれた……!
私は感動で声が出せず、ただ涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。
(私の「推し」が、私を一番大切な存在として選んでくれたのだ。)
「指輪は、以前話した通り、お前に石言葉が良いものを選ばせてやりたい。だから、今ここで渡すことはできないが……」
ルシアン様は、私の手を握りしめ、再び優しく微笑んだ。
「俺の気持ちは、変わらない。セラフィナ、愛している」
その言葉に、私の涙腺は完全に崩壊した。
私は、ルシアン様の胸に飛び込み、彼の温かい体に抱きしめられた。
花々の香りと、ルシアン様の優しい匂いが混じり合い、私の全身を包み込む。
「はいっ……!喜んでっ……!」
私は、彼の胸の中で、何度も何度も頷いた。
この瞬間のために、私は転生してきたのだと。




