第十四章(1)次期魔王候補と、セラフィナの願い
アリーナに満ちた浄化の光が消え、カイの最後の輝きが完全に消え去った後、ルシアン様は静かに私の方へと歩み寄ってきた。
彼の蒼い瞳は、先ほどの戦いの激しさとは打って変わって、穏やかな光を湛えている。
「セラフィナ」
私の名を呼ぶ声は、いつにも増して優しかった。
彼は私の手をそっと握る。
その温かい手に、安堵のため息が漏れた。
「……ルシアン様……」
私は、彼の顔をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「あの、ルシアン様。カイは……カスパール君の負の感情は、これで、本当に……」
私の問いかけに、ルシアン様は静かに目を伏せた。
彼の表情には、微かな寂しさが浮かんでいた。
「ああ。もう、狭間で苦しむことはない。カイは、安らかに解放された」
「そうですか……」
私は胸の奥で、カイがようやく安らぎを得られたことに、静かな喜びを感じた。
彼の苦しみが、これで終わったのだ。
ルシアン様は、まっすぐに私の目を見つめた。
「セラフィナ、お前が聖剣を置いたこと……カイの願いを汲み取ってくれたこと、感謝する」
「いいえ。私がしたかったことです。カイの、ルシアン様への純粋な想いを、私も感じていましたから」
私は、そう答えると、もう一度、ルシアン様の言葉に深く頷いた。
彼の理解が、何よりも嬉しかった。
「ありがとう」
ルシアン様は、本当に心の底からそう思っているかのように、優しく微笑んだ。
そして、彼はゆっくりと、次の話題へと移った。
「ところで、優勝は、結局、カイだったが……繰り上げ優勝は、お前になったな」
「ありがとうございます!」
私はすぐに頭を下げた。
しかし、その顔を上げた時には、すでに決意の表情を浮かべていた。
「ですが、以前お話した通り、私は魔王の座に就くつもりはございません」
「当たり前だ」
ルシアン様は、私の頬にそっと手を添え、親指で優しく撫でた。
「お前は、この先ずっと、俺と一緒に人間界で過ごすことになる。俺の傍から離すつもりはないからな。だから、魔界の魔王になるなど、到底無理な話だ」
彼の言葉は、まるで蜂蜜のように甘く、私の心を蕩けさせた。
私の顔は一瞬にして熱くなり、心臓が大きく跳ねる。
私を離したくないと、そう言ってくれている……!
「はい!私は、これからもルシアン様の傍で、世界の平和のために尽くしたいと願っています。そして、次期魔王の座は……ぜひ、ゼフィルスにお願いできませんでしょうか?」
私は、隣で恐縮しきっているゼフィルスを振り返り、ルシアン様に真剣な眼差しを向けた。
ゼフィルスは、私の言葉に慌てて顔を赤くし、手をぶんぶん振って否定した。
「そ、そんな、セラフィナ様!私なんて恐れ多い!とんでもないことです!」
「ゼフィルス……」
私は彼の肩に手を置き、言った。
「あなたは、私との戦いで、魔王候補としての素質を十分に見せてくれたわ。そして、何よりも、ルシアン様に対する忠誠心は、誰よりも強い。あなたこそが、この魔界を治めるにふさわしい魔王だと思うの」
ゼフィルスは、私の言葉に顔を伏せ、困惑した表情を浮かべた。
しかし、ルシアン様はそんなゼフィルスをじっと見つめ、穏やかな声で言った。
「セラフィナの言う通りだ、ゼフィルス。実は、俺も最初から、お前に魔王の座を頼もうと考えていた」
ゼフィルスは、顔を上げてルシアン様を見つめ、目を見開いた。
その瞳には、驚きと、そして微かな感動が宿っていた。
「……ルシアン様……しかし……!」
ゼフィルスは、その場に深く頭を下げた。
彼の声は、葛藤に震えている。
「私のような者に、魔王の座など、とても務まりません! ルシアン様こそが、この魔界を導く唯一無二の存在でございます! 私では、ルシアン様の偉大なる御業を受け継ぐことなど、到底不可能でございます!」
ゼフィルスの言葉は、ひたすらに謙遜と恐縮に満ちていた。
彼は顔を上げず、ルシアン様の視線から逃れるかのように、固く地面を見つめ続けていた。
ルシアン様は、そんなゼフィルスの様子を静かに見守っていた。