第一章(3)魔界への決意と、揺るがぬ絆
ルシアン様は、気を取り直したようにゼフィルスに向き直った。
その表情は、先ほどまでの甘い雰囲気から一変して、魔王としての威厳に満ちている。
「ゼフィルス、お前の訴えは分かった。魔界の混乱は、俺の不在が招いたものだ。その責任は感じる」
ルシアン様の声に、魔界の王としての重みが宿る。
その場の空気は、普段の彼が纏う荘厳さとは異なり、張り詰めたような重苦しさに包まれた。
「しかし、この人間界を護ることも、俺の役目だ。どちらか一方を蔑ろにはできない」
そして、ルシアン様は私たちの方を振り返る。
その視線が私を捉えた。
「セラフィナ、俺が、お前と離れるつもりなど、微塵もないことは分かっているだろう? だが、この混迷した魔界の状況を確認する必要がある。そして、何よりお前を危険に晒すわけにはいかない。だからこそ、今回は俺一人で戻るべきだと考えている。」
ルシアン様の言葉に、私は思わず息を呑む。
一人で……?
そんなの、絶対嫌だ!
心臓が警鐘を鳴らすようにドクンと跳ねる。
「なぜですか、ルシアン様!?」
私が声を上げると、ルシアン様は私の手を握り、その蒼い瞳でまっすぐに私を見つめた。
その視線は、私の不安を包み込むように優しく、まるで春の陽光が差し込むようだ。
「セラフィナ。魔界は危険だ。お前を危険な目に遭わせたくない。それに、人間界を護る者も必要だ。お前はここに残って、この世界を護ってほしい」
彼の言葉は、私を想ってくれているからこそだと理解できた。
うん、わかるよ……
わかるんだけど!
この場に留まることなど、私には考えられなかった。
「嫌です!絶対に行きます!ルシアン様が行かれるなら、私も一緒です!危険なのは、魔界だけじゃありません。ルシアン様が一人で行かれる方が、私にとってはずっと危険です!」
私はルシアン様の手に、縋るように力を込めて訴える。
すると、ルシアン様は、一瞬困ったように眉根を寄せたが、すぐに私への優しさを込めた眼差しになり、黙って私を見つめ返した。
「セラフィナ、お前は守られるべき存在だ。魔界で何かあったら、俺は……」
ルシアン様の声が、そこで途切れた。
その視線からは、本当に心配している気持ちが伝わってくる。
でも、私も引くわけにはいかない。
「わかります!ルシアン様が私を心配してくださっているのは、痛いほどわかります!でも、私が一番心配なのは、ルシアン様なんです! 私がいない間に、もし何かあったら、誰がルシアン様を守るんですか!? 私は、ルシアン様の隣にいたいです! どんな困難でも、一緒に乗り越えたいんです!」
私はルシアン様の手をぎゅっと握りしめ、揺るぎない覚悟を伝える。
ローゼリアちゃんやカスパール君も、心配そうな顔で私たちを見守っていた。
ゼフィルスは再び驚いたような顔をするが、今度はどこか感動したような、潤んだ瞳を浮かべている。
ルシアン様はしばらくの間、何も言わずに私の瞳をじっと見つめていた。
彼の蒼い瞳の奥で、感情が揺れ動くのが見て取れる。
やがて、彼はフッと短く息を吐き、諦めたように、しかしどこか嬉しそうに頷いた。
彼の口元には、ふわりと笑みが浮かぶ。
その笑みは、まるで固い氷が溶けていくかのように、温かく私を包み込んだ。
「ああ、セラフィナ。お前がいなければ、俺はどこにも行かない」
ルシアン様の言葉は、私たち二人の絆の深さを、改めて皆に知らしめる宣言だった。
彼の声は、彼が私をどれだけ大切に思っているかを示す、揺るぎない誓いとなった。
魔界へ行くという新たな試練が、私たちを待ち受ける。
しかし、ルシアン様と一緒なら、どんな困難も乗り越えられる!
私の心は、彼への「推し愛」で満ち溢れていた。
むしろ、こんな素敵な推しに、命を懸けてついていかないわけがない!