第十二章(1):魔王の決意、推しのキス
準決勝での激闘を終え、私は自室に戻っていた。
決勝を翌日に控え、ルシアン様が私の部屋を訪れてくれた。
「セラフィナ、今日の試合は素晴らしかった。」
ルシアン様はそう言って私の頭を優しく撫でた。
彼の温かい手に触れると、張り詰めていた心がゆっくりと解けていくのを感じる。
安堵と喜びが込み上げ、まるで心に光が差し込んだようだ。
「特に、あの聖剣の輝きと、お前の指輪の共鳴……。あれは、お前の揺るぎない想いと、俺との絆が力を増幅させた証だろう。並大抵のことではない。」
ルシアン様は感嘆するようにそう付け加えると、微かに口元を緩めた。
「……それにしても、イザベルの声はよく聞こえたな。全く、俺がお前の『推し』だと魔界でも広まってしまうではないか」
そう言ってルシアン様は私の顔を覗き込み、楽しげな笑みを浮かべた。
その言葉に、私の顔はカッと熱くなった。
それでも、彼の楽しそうな表情を見れば、イザベルの狙い通りだと苦笑が漏れた。
ふと、真剣な表情に戻る。
「ところで、カイ。…彼の力は想像以上でした。彼はカスパール君と同じ系統の魔導を使っていました。もし彼が優勝したら……カイが魔王になってしまうのでしょうか?」
私の声には、隠しきれない不安の色が滲んでいた。
カイのあの金色の瞳に宿る冷たい光と、カスパール君そっくりの魔導を操る姿が脳裏に焼き付いている。
もし彼が魔王になったら、ルシアン様の目指す魔界の未来はどうなってしまうのだろう。
ルシアン様は静かに首を横に振った。
「カイは、カスパールの『負の感情』が生み出した存在。彼は、魔界の統治に興味はないだろう。彼の目的は、ただ俺への執着……俺と戦うことだけだ」
彼の言葉に、胸の奥が締め付けられる。
カスパール君の負の感情。
そして、その感情がルシアン様への執着となって、カイを生み出してしまったという事実。
それは、ルシアン様にとっても、深い悲しみと苦悩を伴うものなのだろう。
その重みに、私まで心が痛む。
「でも、もしカイが優勝してしまったら、ルシアン様はどうなさるのですか?」
私が尋ねると、ルシアン様は私の目をまっすぐに見つめ、静かに答えた。
「その時は、俺が彼を止めるまでだ。しかし、まずはお前が彼と向き合う必要がある。セラフィナならできる」
ルシアン様の言葉は、まるで魔法のように私の心に力を与えてくれた。
そうだ、私はルシアン様の隣に立つ者として、負けるわけにはいかない。
彼の隣にふさわしい、強く優しい私でいなければ。
そして迎えた決勝当日。
アリーナへと向かう通路で、ルシアン様が待っていてくれた。
通路の先で彼の姿を見つけた瞬間、胸が高鳴り、足が自然と早くなる。
「セラフィナ。頑張れ」
そう言って、ルシアン様は私の頬にそっと手を伸ばした。
彼の指先が私の頬に触れる。
そして、少し躊躇うように、彼の蒼い瞳が私を見つめた。
それから、ひんやりとした彼の唇が、私の頬にそっと触れる。
その瞬間、私の顔はカッと熱くなり、全身の血が沸騰したかのように真っ赤になった。
ルシアン様の唇の感触が、頬に残り、心臓が大きく高鳴る。
まるで時が止まったかのように、その一瞬が永遠に感じられた。
「……こんな感じで、いいのか?」
ルシアン様の声は、普段の落ち着きをなくし、ほんの少し震えているように聞こえた。
彼の頬にも、微かに朱が差しているのが分かる。
彼自身も、初めてのことで照れているのだ。
その珍しいお姿に、私の胸はさらに高鳴った。
(ひええええええええええええ!! ルシアン様が、ルシアン様が私にキスしてくださったあぁぁぁ!!!!!しかも、照れてらっしゃる……!尊い!尊すぎる!!)
脳内で大音量のファンファーレが鳴り響き、私は完全に「推しフィーバー」状態に突入した。
頬に触れたルシアン様の唇の感触が、あまりにも尊すぎて、身体が痺れる。
視界がルシアン様の色に染まり、他の全てが霞んで見えた。
この一瞬で、私の胸は満たされた。
ルシアン様が私を信じ、応援してくれている。
それだけで、私はどんな困難も乗り越えられる。
どんな相手が相手でも、彼のために、彼の隣に立つために、私は戦い抜くことができる。
私の「推し」が、私を信じてくれたのだ!
もう、この喜びだけで、今日の試合はどうでもいい!
いや、だめだ!
ルシアン様のためにも勝たねば!
「では、アリーナで待っている」
ルシアン様はそう言って、優しく私の頭を撫でると、貴賓席へと向かう通路の奥へ姿を消した。
私は、興奮冷めやらぬまま、深呼吸をして気持ちを切り替える。
私はアリーナの中央へと足を踏み出した。
私の心は、ルシアン様への愛と、勝利への確固たる決意で満ちていた……はずだった。




