第十一章(2):ゼフィルスとの対峙、そして真の強さ
「準決勝、第二試合!セラフィナ選手、ゼフィルス選手、ご入場ください!」
アナウンスが響き渡り、私の心臓が大きく高鳴った。
いよいよ、私の番だ。私はアリーナの中央へと歩みを進めた。
対するは、いつも冷静沈着で、私を陰ながら支えてくれる執事、ゼフィルス。
彼の瞳の奥に宿る、普段とは違う決意の光を、私は感じ取っていた。
彼が大会の均衡を保つために出場を伏せていたこと、そして魔界の新たな秩序を築くための一助となろうとしていることを知っている私にとって、これはただの試合ではなかった。
彼との戦いは、私自身の決意を試される戦いになるだろう。
「始め!」
審判の合図と共に、ゼフィルスは素早い動きで私へと迫った。
その動きは、執事としての完璧な身のこなしとはかけ離れた、研ぎ澄まされた戦士のそれだった。
彼が放つ魔法は正確無比で、私の動きを的確に予測してくる。
まるで、私の次の行動を完全に読み切っているかのようだ。
「っ、ゼフィルス!本気ですね!」
私は聖剣を構え、光の斬撃を放つ。
ゼフィルスはそれを紙一重でかわしながら、冷徹な表情で答えた。
「セラフィナ様。貴女は魔王様のお隣に立つお方。生半可な気持ちで挑むことはできません」
彼の声には、ルシアン様への揺るぎない忠誠と、私への敬意が込められていた。
彼の真剣な眼差しは、私に一切の油断も許さないと語りかけている。
ゼフィルスの攻撃はさらに激しさを増す。
精密に計算された魔法と、体術を組み合わせた攻撃は、私を追い詰めていく。
彼は両手を広げ、周囲の魔力を凝縮させた。
次の瞬間、無数の氷の刃が、まるで雨のように私に向かって降り注いだのだ。
「きゃっ…!」
私は咄嗟に聖剣を頭上に掲げ、防御の結界を展開するが、氷の刃の勢いは凄まじく、結界に激しく打ち付け、ひび割れさせていく。
防ぎきれない刃が、私の腕や足をかすめ、鋭い痛みが走った。
私は体勢を崩し、後退を余儀なくされる。
ゼフィルスの容赦ない攻撃に、私は完全に守勢に回ってしまった。
アリーナ全体が、ゼフィルスの圧倒的な力に息を呑んでいるのがわかった。
ルシアン様のいる貴賓席からも、心配そうな視線が注がれているのが、辛うじて感じ取れた。
(……このままじゃ、負けてしまう!ルシアン様の隣に、胸を張って立つために、私はここで終われない!)
その時、応援席から、イザベルの快活な声が拡声魔法でアリーナに響き渡った。
「セラフィナ! そこで終わる気!? ルシアン様はあんたの『推し』なんでしょ? あんたのルシアン様への愛はそんなもんじゃないでしょ、推しのために奮起しなさいよ!」
「イザベル!」
『ルシアン様…私の推し!』
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
彼の笑顔、真剣な眼差し、そして何よりも私を信じてくれるその心が、まるで聖剣そのものに流れ込むかのように、私の魂と一体化していく。
恐怖や疲労は薄れ、全身の細胞が歓喜に震え、聖剣へと怒涛の勢いで力が流れ込んだ。
彼の存在を強く意識した瞬間、ルシアン様が私を信じ、共に歩んでくれた日々が鮮やかに蘇った。
彼の隣に立ちたいと願った、あの純粋な気持ち。
彼の隣にふさわしい、強い私でありたいという、心の底からの願いが、私の全身を駆け巡った。
それは、ただの技術や経験だけではない、私の魂そのものから湧き上がる、純粋な闘志だった。
私は、息を深く吸い込んだ。
身体中の生命力と、心の底から湧き上がるルシアン様への溢れる想いを、全て聖剣へと流し込む。
聖剣が、私の心の鼓動と共鳴するように、熱く、激しく輝き始めた。
その瞬間、聖剣の赤い宝珠から放たれた光が、私の右手薬指に光る漆黒の指輪を包み込んだ。
ルシアン様とお揃いの宝珠が、呼応するように脈動し、彼の揺るぎない力が、私の聖剣へと注ぎ込まれる。
それは、愛が結びつけた、私たち二人の絆の輝きだった。
その光は、これまで見た聖剣の輝きとは一線を画していた。
まるで、闇を打ち払う希望そのものが具現化したかのように、純粋で、温かく、そして圧倒的な存在感を放っている。
それは、私自身の命の光そのものだった。
降り注ぐ氷の刃の隙間を縫うように、私は一気にゼフィルスとの距離を詰めた。
そして、全身の力と、ルシアン様への溢れる想いを込めた渾身の一撃を、聖剣に集めて放った。
「聖剣技・光芒一閃!」
まばゆい光の刃が、ゼフィルスに向かって一直線に放たれる。
その光は、これまで見たどの光よりも強く、純粋で、そして速かった。
聖剣から放たれた光は、アリーナの空間そのものを切り裂くかのように、一点に集中し、突き進む。
ゼフィルスは驚いたように目を見開いた。
彼の瞳に宿っていたのは、私への敬意だけではない。
計算し尽くされた自身の魔法の常識を覆す、純粋な「想い」の力に対する、静かな衝撃と、深い理解の色だった。
これほどの力を私が秘めていたとは、彼も予想していなかったのだろう。
彼は必死に防御魔法を展開するが、私の光の刃はそれを打ち破り、ゼフィルスの身体をかすめていく。
「…素晴らしいです、セラフィナ様」
ゼフィルスは、防御の姿勢を保ちながらも、清々しい笑みを浮かべた。
彼の身体には、かすり傷がついていたが、彼の表情には、一切の悔いは見られない。
「…私の負けです」
ゼフィルスは、静かにそう告げ、恭しく頭を下げた。
アリーナは、一瞬の静寂の後、爆発的な歓声に包まれた。
「うおおおおおおおおおお!!!」
「セラフィナすげえ!ゼフィルス様を破ったぞ!」
「あの魔王様のお気に入り、伊達じゃない!」
貴賓席にいるルシアン様は、私の勝利を見て、安堵の表情を浮かべたことだろう。
彼の口元に微かな笑みが浮かび、静かに頷いてくれたのが、私には見えた気がした。
私の強さと、私が放つまばゆい光、そして何よりも「ルシアン様の隣に立つ者として」という私の言葉が、彼の胸に熱く響いたことだろう。
私は、勝利の興奮を胸に、ゼフィルスの元へ駆け寄った。
ゼフィルスは、立ち上がり、いつもの穏やかな表情で私を見つめる。
「おめでとうございます、セラフィナ様。貴女は、魔王様にふさわしいお方です」
私はゼフィルスの言葉に感謝を伝えた。
その瞳は、準決勝を勝ち抜いた達成感と、ルシアン様への揺るぎない愛で、きらきらと輝いていた。
いよいよ決勝戦。
私の心は、カスパール君の影をまとったカイとの対決へと向かっていた。
これは、ルシアン様のためにも、私が勝たなければならない戦いだ。




