第十一章(1):準決勝、カスパールの影
準決勝当日、アリーナの熱気は、これまでのどの試合よりも高く、私の頬を熱くした。
私はアリーナの選手通路に立ち、 次の出番を待っていた。
胃のあたりがソワソワと落ち着かない。
アリーナを見渡せる貴賓席に、ルシアン様の姿が見えた。
彼の蒼い瞳の奥には、友であるカスパール君への複雑な思いと、カイという謎の存在への警戒が入り混じっていた。
私の胸も、期待と、そして漠然とした不安で高鳴っていた。
「準決勝、第一試合!カイ選手、クラーケン・ロード選手、ご入場ください!」
アナウンスと共に、二人の選手がアリーナの中央へと歩みを進める。
カイは、漆黒の髪をなびかせ、その金色の瞳に冷たい光を宿している。
まるで、感情というものが一切存在しないかのような、不気味なほどの無表情だ。
対するクラーケン・ロードは、巨大な触手をうねらせ、深海の支配者としての威圧的な存在感を放っていた。その巨体は、アリーナの半分を覆い尽くさんばかりだ。
「始め!」
審判の合図が轟くと同時に、クラーケン・ロードがその巨体を揺らし、無数の触手をカイへと伸ばした。
それは、まさに津波のように押し寄せる、圧倒的な物理攻撃だ。
しかし、カイは微動だにしない。
その手から放たれたのは、見慣れた、しかしどこか禍々しい光を放つ魔法陣だった。
漆黒の光が、カイの周囲に幾重にも重なり合い、空間そのものを歪ませるかのようだ。
「っ!あれは!?」
私は思わず声を上げた。
その魔法陣は、かつてカスパール君が使っていたものと酷似していたからだ。
アリーナの貴賓席で、 ルシアン様が目を見開いているのがわかる。
彼の表情には、驚きと同時に、深い苦悩の色が浮かんでいる。
カスパール君特有の魔導力は、対象を縛り、ねじ曲げる力を持つとルシアン様から聞いたことがある。
しかし、カイが使うそれは、より研ぎ澄まされ、そして容赦がなかった。
まるで、対象の存在そのものを否定するかのような、おぞましい魔力だ。
カイの放った魔導力――「黒縛の鎖」――は、クラーケン・ロードの分厚い触手を次々と音を立てて破壊し、その巨大な身体を瞬く間に拘束した。
まるで黒曜石でできた鎖が幾重にも巻き付いたかのように、クラーケン・ロードの巨体が宙に浮き上がる。
クラーケン・ロードは苦悶の声を上げ、必死にもがき続けるが、カイの魔導力はそれを一切許さない。
その冷たい金色の瞳は、まるで感情を持たない機械のようだった。
生命の輝きが、宿っていない。
「グオオオオオォォォォ……」
クラーケン・ロードの断末魔の叫びがアリーナに響き渡ると、彼の巨体が、まるでガラス細工のようにバラバラに砕け散った。
アリーナには、静寂が訪れる。
その場の誰もが、カイの圧倒的な力に言葉を失っていた。
私も、その光景を目の当たりにして、思わず息を呑んだ。
「勝者、カイ!」
審判の声が響き渡るが、会場は一瞬、呆然としていた。
ルシアン様も、ただ静かにカイを見つめている。
カスパール君の面影を持つ者が、カスパール君以上の冷酷さで敵を葬り去る。
それは、ルシアン様の心に深く重くのしかかっているようだった。
私の胸にも、鉛を飲み込んだかのような重苦しさが広がっていた。
カイの圧倒的な強さと、その根源にあるものがカスパール君の「負の感情」であるという事実に、私は驚きを隠せないでいた。




