第十章(3):嵐の前の静けさ、そして誓い
夕食会を終え、ルシアン様、ゼフィルス、そして私は、重い足取りでルシアン様の執務室へと向かっていた。
カイの衝撃的な告白が、まだ頭の中でこだましている。
執務室の扉が閉まると、ルシアン様は深くため息をつき、ソファに沈み込んだ。
その蒼い瞳には、深い苦悩と、どこか困惑の色が混じり合っていた。
「…カイの言うことが、真実だとしたら…」
ルシアン様が絞り出すように言った。
「カスパールが、俺への執着と負の感情で、あのような存在を生み出したと…」
ゼフィルスは静かに答える。
「可能性は十分にございます。狭間は感情が形となる場所。そして、カスパール様が異界に執着していたのは事実です。彼がルシアン様に対し、いつか超えたいという強い思いを抱いていたことも…」
私は、胸の奥が締め付けられるような痛みを感じた。
カスパール君が、そんな負の感情を抱えていたなんて。
私には、彼は、ルシアン様を慕っているようにしか見えなかったから。
「でも…カスパール君は、ルシアン様が大好きです。きっと、彼の本心は…」
ルシアン様は、ゆっくりと顔を上げた。
彼の瞳に、かすかな光が宿る。
「…ああ。俺も、彼を信じたい。今は、様子を見るしかあるまい」
その言葉には、親友への深い信頼と、複雑な思いが滲んでいた。
彼の表情は、一瞬にして、魔王としての毅然としたものに戻っていた。
そして、話題は、次の準決勝に移った。
私がゼフィルスと戦うことになったのだ。
「ゼフィルス、あなたと戦うのね。手加減なしよ」
「はい、セラフィナ様。この魔闘会は、魔王様の魔界の新たな秩序を築くための重要な戦い。私も微力ながら、その一助となればと…」
ゼフィルスは深々と頭を下げた。
彼の言葉には、一切の私欲が感じられない。
その時、ゼフィルスが、私の目をまっすぐに見て、問いかけた。
「セラフィナ様。もし、この魔闘会で優勝なされたら、次の魔王になるおつもりですか?」
彼の言葉に、私は思わず噴き出しそうになった。
そして、即座に首を横に振る。
「まさか!それだけは絶対にありません!」
私の即答に、ゼフィルスはわずかに驚いたように目を見開いた。
ルシアン様も、興味深そうに私を見つめている。
私は改めて、自分の気持ちを彼らに伝えた。
「私がこの魔闘会に参加しているのは、魔界は強いものがすべてというこの世界で、ルシアン様にふさわしいと、魔界の人たちに認めて欲しいからです。そして、ルシアン様の隣に立つ存在として、誰もが納得する強さを示したいから。魔王になるつもりなんて、これっぽっちもありません!」
私の言葉に、ルシアン様は目元を緩め、ふっと笑った。
「まさか、お前が魔王になるとは思わなかったがな。俺は、お前の気持ちは知っている」
彼の視線が、どこか誇らしげに私に向けられているように感じた。
私はルシアン様に向き直り、少し冗談めかして言った。
「もし、万が一私が優勝したら、私専用の、まばゆいばかりにキンッキンキラな魔王城を建ててもらいますからね!」
ルシアン様は、愉快そうに笑った。
「なるほど。それは面白い提案だ、セラフィナ。お前は強い。そして、ゼフィルスもまた、並大抵の相手ではない」
ゼフィルスは静かに頷き、その瞳の奥で、確かに強い光を放っていた。
準決勝は、まさに運命の戦いとなるだろう。
私はルシアン様の期待に応えるため、そして彼へのこの溢れる想いを胸に、明日の準決勝に挑むことを誓った。




