1-8 見習い道士、怪異の謎を解く
憂炎は双剣使いの道士。その双剣は父である龍瑯の形見であり、宝剣としてはかなり癖のある双剣だった。
右手に刃の青い蒼月。
左手に刃の赤い紅月。
蒼月は霊力を込めることで氷の気をまとい、紅月は炎の気をまとう。
突き立てられた爪を逆手で持った蒼月で弾き、そのまま紅月で骸の首を狙う。炎をまとった短剣は骸の首まであと少しというところで躱されたが、今度は蒼月で下から上に薙いだ。
その一閃は骸の胸元を抉ると同時に、切り裂かれた傷口が一瞬にして凍った。氷の気をまとう蒼月。骸の中の靄が本体なのだとしたら、凍らせて逃げられなくするというのは良い手かもしれない。暁玲はその咄嗟の判断と憂炎の能力の高さに、彼が王宮の首席道士だったことを改めて思い出す。
『やるわね、坊や』
凍ったままの傷口は再生できないようで、骸は視線だけそこに向けた後、まだ余裕があるのか嘲笑を浮かべながら肩を竦めて憂炎を見据えた。
『そういえば、あの時の道士も今のお前と一緒で、後ろにお荷物を抱えていたわね。結果、私に殺された。もちろんあの後、四人目の獲物も美味しくいただいたわ』
「そうですか。それが真実か虚偽かはさておき、今回は違いますよ。なにせ私も道士ですから!」
ふふん、と暁玲は腰に手を当てて自信満々に言うが、すっぽりと憂炎の後ろに隠れてしまっているので、骸にはその姿は見えていない。
後ろにいる自称見習い道士は、普通の人間と変わらないほど、いや寧ろそれ以下といっても過言でないほど霊力が低下している。それなのにその自信はどこからくるというのか。憂炎は疑問しかない。
『確かにさっきの陣は危なかったわ。気付かなければやられていたかもね。けど、今は虫けらと同じ。そんな赤子同然の力で、私に勝てるとでも?』
「そんなことよりも、訊いておきたいことがあります。あなたが獲物を四人と決めているのは、その血で十年はもつからというのはなんとなく想像がつきます。しかし、血を喰らいそのまま捨て置けばいいものを、なぜ身体の一部を奪う必要が? しかもそれぞれ別の場所。これにはいったいどんな意味があるんですか?」
つらつらと暁玲は問う。骸視点では不愛想な憂炎がそぐわない声で話しているように見えて、なんだかおかしな光景だった。ちらちらと足元をうろついている白い獣も気になるが、だからといってなにかしてくるわけでもなく····。
『これから食べられちゃうのに余裕ね。そんなこと、どうでもいいじゃない』
「いえ、よくないです。すごく気になります。それに食べられてしまうのなら尚更、その意味を知りたいと思うのは自然なことでしょう? 死んだ後に意味もなく身体を千切られるなんて、理不尽です」
そういう問題か····と憂炎は眉を顰める。こんな無駄話をしている間に、目の前の骸が逃げてしまってはそれこそ意味がない。
かといって後ろで騒がしい暁玲を振り向いて注意する余裕もない。骸から目を離さないように、いつでも攻撃を仕掛けられるように、こちらは少しも気が抜けないのだ。
「私が仮説するに、ひとり目が左眼、ふたり目が右腕、三人目が左脚。これは人体にふたつずつあるもの、ですよね。右か左は特に問題ではないのでしょう。では私が千切られてしまうのはどこか····十年前の資料を参考にすれば、おそらく耳でしょう」
そしてその順番も関係ない。妖者の気分でいずれかを千切るという、自身の規則のようなものがあるのだろう。血を喰らい殺した後でそれをする理由、否、暁玲はこんな状況だが自身の考えの答え合わせがしたかった。
「死体を捨てた後で新しい得物を物色する。しかし靄の状態でどうやってそれをなすのか不思議でした。が、今のあなたの姿を見て確信しました」
骸も憂炎もただ茫然と暁玲の演説を聞いていた。この見習い道士は、それを知ってどうするつもりなのか。
確かに、事件を調べている時は自身も気になっていたことだが。すでに正体を現している妖者が起こす【怪異】の謎解きをしたところで、なんの意味もないだろうに。
「骸の一部となって、今のように身体を操って次の獲物を狩った後、そのまた次の獲物の身体の一部となって次の獲物を得る。四人目の獲物はまた一番目の獲物を攫い四人目を捨て、次の周期までその身体のまま鳴りを潜めるというカラクリです」
饒舌にぺらぺらと話す暁玲は、仮説といいながらすでにその謎を自身の口ですべて解決してしまっていた。それには骸も可笑しくなり、あははと声を上げて笑い、ぱちぱちと手まで叩いて称賛する。
『可愛いだけの道士さんじゃなかったってわけね。その通りよ』
「見つかった遺体に大量の穢れが纏わりついていたのは、元々あなたが入っていたから。残っていたのは残骸ですね」
『そうかもしれないわね。で? 他になにか言い残すことはあるかしら?』
骸は口元に手を当てて、首を傾げた。それはどこか挑発的で、勝ち誇ったかのような表情。完全に嘗められている。憂炎はこれ以上は無駄話に付き合っていられないと双剣を構えたが、なぜかあの白い毛の生き物····もとい、精霊が自分の肩にぴょんと乗ってきた。
『きゅう、きゅっ!』
と、耳元でなにかを訴えてくるが、憂炎にわかるはずもなく。
(なんだ····なにか企んでるのか?)
企んでいる、というか考えがある?
自分の後ろに隠れたままの暁玲。持論を披露するなら、前に出てきてもいいものだ。それをしないでこそこそ隠れている理由はなんだ?
「うーん。そうですねぇ····では、なぜあなたがそのような悪知恵を思い付いたのか、とか? 百年以上前の関連がありそうな記述によれば、共通するのは血を喰らうことと数年置きに起こること、遺体の損壊。四人というのは途中からですね?」
まるで目の前で書物を広げて読んでいるかのように語る暁玲であったが、まさにそれが現在進行形で脳内で行われているとは、この場にいる誰が知り得るというのだろうか。
『そんなの単純で簡単なことよ。繰り返していれば最低限の数がわかってくるものでしょう? 四人分あれば十年ほどもつ。十年も大人しくしていれば、王宮の道士たちも世代が変わる。怪異を起こしてそれがどんな怪異でどう動くかを考えている内に、四人なんて簡単に手に入るもの。気付いた頃にはもう終わってるってわけ』
「つまり、十年前から決まっていたんですね」
くすり、と背にした暁玲が笑う音がやけに響いた。その台詞の意味を憂炎は特に深く考えなかったのだが、余裕の笑みを浮かべていた骸の表情が変わったことに気付く。
『どういう意味かしら?』
明らかに声音が低くなる。それに応えるように、ぱんと両手を合わせる音が響いた。その瞬間、憂炎の足元を光る陣が照らし出す。
「知りたいですか? いいでしょう、せっかくなので教えて差し上げます」
その光る陣はそのまま骸の方へと物凄い速さで伸びていき、気付いた時には光る鎖がその四肢を拘束していた。いったい、この一瞬でなにが起きたというのか。
「あなたの最大の敗因は、憂炎さんの御父上を殺したことです」
ようやく憂炎の横に並んだ暁玲の表情は明るいものではなく、どこか悲しげだった。
「この縁は自分が招いた悪縁だと思って、諦めてください」
肩に乗っていた精霊がぴょんと本来の主の方へと飛び移り、ぴんと黒い尻尾を立てた。
『きゅきゅ!』
精霊の鳴き声と前脚の動きから、都合よく「今だ!」という攻撃の合図と受け取った憂炎は、双剣を握り締め骸に向かって全霊力を込めた渾身の一撃を放った!