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1-0 忘却の彼方
忘れてしまったこと。
あなたの名前。
あなたの顔。
わたしの記憶領域はひとの何十倍もある代わりに、自分の意思とは関係なく『要らない』と判断されたらすぐに消されてしまう。
特にひとの顔や名前は優先順位が低く、必要な領域を維持するために忘れてしまうのだ。
それでも台詞だけ微かに憶えているこの曖昧すぎる記憶は、わたし自身がそれに逆らってでも、忘れたくなかったものだったのかもしれない。
「君にあげる」
そう言って、亜麻色の髪の毛を括っていたお団子の結び目に、持っていた簪を挿してくれた。
「忘れん坊の君が、私をちゃんと憶えていられるように。次に逢う時まで、絶対に失くしちゃ駄目だよ? もう少し大人になったら、逢いに行く。君に伝えたいことがあるんだ」
「····伝えたいこと?」
「うん。だからどうか、私を忘れないでね?」
その約束は果たされないまま。
気付けば八年もの月日が流れていた――――。