I am your father (in law).
わたしがスキン氏と呼んでいた池田恒興おじさんはお義父さんでした。
「え、マジすか? 娘さんがわたくしの嫁?」
「左様。頼みまずぞ、婿殿、早く思い出してくだされ」
風呂を上がったあと秀吉さんは仕事に戻っていった。わたくしが小姓と一緒に部屋に戻ると池田のおじさんがやってきた。
そこで孫七郎の記憶喪失のことは秘密にされていて多くの者は知らないこと、バレないよう事情を知るものが常に近くにいて助太刀することを告げられた。だから秀吉さんとバトンタッチで池田おじさんがやってきたのだ。
なぜ紀伊守さんはそこまでしてるれるのか聞いたら、「そら、娘婿ですゆえ」と。え?ワイに嫁? 興奮してきた。
「娘さんはどちらにいらっしゃいますか?」
あたりを見渡してワクワクしながら聞いた。
「ここにはおらんですぞ?」
「じゃどこにいるんです?」
架空の嫁だったりする?
「そりゃ三好家でしょうな」
「そうですか、三好家ですか。なるほど、あの三好家ですか」
どこの家だろう。
「あのって、貴殿の家ですぞ」
「え、わたくし、三好なんですか?」
「もちろん。三好孫七郎殿にござる」
羽柴じゃなかったんだ。
「ではよろずまるはなんですか?」
「貴殿の幼名にござる」
幼い頃の最初の名前ってことか。
「信吉はなんでしょう?」
「貴殿の名にござる」
「え、じゃあ孫七郎は?」
「貴殿の仮名にござる」
「け、けみょう?」
「仮の名。いわば通称にござる」
あだ名みたいなもんかな。
「じゃあ私の名前は三好信吉が正解?」
「左様。もしくは名乗り上げるときは三好孫七郎のあとにあなたの名です」
「名乗り上げる時にはなんで名前長くなるんです?」
「長いほうがかっこいいからでしょうなあ」
「つまり我こそは三好孫七郎信吉?」
「そのとおりでござる。かっこいいですぞ」
昔の人の名によくあるこのミドルネームみたいなやつニックネームだったのか。
「あとなんで回りくどい言い方したんです? あとにあなたの名って。読み上げればいいのに」
「名というのは貴殿の本名。いわば真名。軽々しく呼んでよいものではござらん。親や主君のみ呼ぶことを許されておりまする。特に目上の方の名を呼ぶのはたいへん失礼。首を刎ねられてもおかしくありませぬぞ」
「はえ~」
危なかった。
「名には霊が宿るのです。それに呼びかけるということは相手の霊を支配することに他なりませぬ。お気をつけくだされ」
よく真名を隠したりするもんね、フィクションで魔術で戦ったりする時さ。
「義理の父でもダメなんですか?」
「それはそれがしと貴殿の関係性にもよりましょう」
「我々はそんな仲良くないと?」
「はっは。そうではござらん」
「あと今更なんですけどなんで私に丁寧語なんです? 娘婿の若造に」
「それは将来の関係性のためですな」
池田お義父さんはにやりとして続ける。
「こたびの戦でそれがしは羽柴殿につくことを決め、この犬山城を奇襲し攻略いたした」
「おお~」
「というかそれがしを味方にするべく説得に来たのは貴殿ですぞ」
「お…おお~」
やるじゃん孫七郎。
残念そうな表情を浮かべて池田さんは続ける。
「それがしと羽柴殿は長らく同僚でござったが、この戦が勝利で終わればおそらくそれがしが羽柴殿の下につくことになりましょう。そして貴殿は羽柴殿の甥のうちで最年長。お子のいない羽柴殿にとって現時点の跡継ぎにござる。もう言いたいことはおわかりか」
「羽柴殿って呼ぶのは失礼じゃないんですね」
「左様。姓で呼ぶのは大丈夫。しかし今の話題はそこではござらん」
「つまり将来の主君の跡継ぎだから遠慮があると」
「そういうことにござる」
「いや気にしないでくださいよ、池田さん。池田さんじゃない。池田殿。いやお義父様。お父上」
「はっはっは。では2人だけのときは多少くだけた口調にいたそう」
公ではかしこまってるのに男2人だけのときはタメ口で話すってなんだかエッチなんだ。
「はい。信吉と呼んでくださってかまいません」
「それはいざというときに人前で出てしまうやもしれんので孫七郎殿で」
「ところで三好家というのは農家ですか?」
「何をおっしゃる。三好の一門。武家にござるぞ?」
「あれ? わたくしの実家ではないんですか?」
「貴殿は三好家の養子となられた。実家ではござらん」
「羽柴家の後継ぎの予定なのに他の家の養子になったんですか?」
「最初は跡取りとしてではなくなかば人質みたいなものであられたろう。しかし三好家の実子も亡くなられてしまったゆえ、実際に三好家を継いでござる。貴殿は」
「へぇ~」
「近いうちに羽柴に姓を戻す予定ですぞ。いずれ羽柴家も継がれるゆえ」
「なるほど」
「だからこそそれがしはこたびの戦場で自分の命に替えてでもあなた様を守らねばならぬのです。池田家の繁栄のためにも。賭けておるのですぞ、孫七郎殿に」
「それなのにすみません。服の着方も鎧の着方もわからなくて」
「それはおまかせあれ」