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朝風呂

秀吉さん「飯も食ったし。よし、朝風呂入るか」


 風呂おけという言葉には2つの意味があるそうだ。一般的には洗面器を指すことが多いが実は湯船という意味もある。もしかしたらこちらがもともとの意味だったのかもしれない。


「あ~、いいですね~」


 ワイはいま風呂おけに入っている。樽のような、死体を入れて土葬するようなサイズの桶。足は伸ばせないが、片腕を伸ばしたくらいの高さと直径があるので1人が座る分には十分。

 木製で漆塗り、表面になんか金色で家紋みたいな葉っぱが描かれている。

 なんか高そう。


「そうじゃろ~」


 隣の桶に入ってる秀吉さんが答える。片方が尖った細い木の棒を爪楊枝がわりに歯を掃除してる。ワイも同じく。 


 秀吉さんは今は帽子を外しているので初めて髪型を見ることになった。頭の上側は剃られていて他の髪は垂れ下がっている。

 完全落ち武者ヘアーだ。

 自分は頭頂部も髪がある長髪。こちらも結っていない。

 ちょんまげにはしないのかな?


「髪は結わないんですか~?」

「ばかも~ん。兜かぶれないじゃろうが~。ここは戦場じゃぞ~」


 怒るような口調ではなく、ばかもんという言葉のチョイスに反して非常に穏やかに返答された。

 互いに気持ちよさで語尾が伸びる。


「ああ、だから落ち武者って必ず髪下ろしてるんですね~」

「そうじゃ~。戦闘で髷が解けたのではなく始めから結ってないだけじゃ~」

「じゃあ落ち武者って兜はどうしたんです、兜は~?」

「打ち捨てていくに決まっとろうが~」

「ああ、重いですもんね~」

「しかも兜つけてると身分が高いと思われて敵の標的にされやすいんじゃ~」

「あ~、手柄ですもんね~」

「じゃから高価なものではあるがお主も逃げるときは兜を捨ててゆけ~」

「は~い」


「なんなら鎧も捨ててよいぞ~。刀も捨てて、服も庶民と交換してもらうとよいぞ~。あくまで相手が落ち武者狩りじゃなければな~。服は前もって用意しておくのもよいし~」

「負ける前提じゃないですか~、やだ~」

「お主の頭のてっぺん、剃ってないじゃろ~。それワシがそうさせたんじゃぞ~」

「なんでです~」

「髪剃ってるとな~、庶民に扮して逃げる時、侍だとばれてしまうかもしれんからじゃ~」

「え、庶民は頭のてっぺん剃ってないんですか~」

「これ兜の中で頭が蒸れないためにやっとるんじゃ~。庶民はやらんなあ~」


「じゃあ戦が終わったら髪伸ばすんですか~?」

「この戦国の世では伸ばす時間がないじゃろ~。戦につぐ戦じゃぞ~」

「たしかに~」

「そしてな~、ワシはそもそも伸ばす髪がないな~」

「そんな~」

「この髪型はな~、ハゲ隠しでもあるんじゃよ~」

「すご~い。わからなかった~」

「大殿様がな~、ワシにつけてくださったあだ名は『ハゲネズミ』じゃぞ~」

「ひど~い、おおとのさま~」


 誰だか知らないけど~。あの人かな~?


「家臣の中でも遠慮のいらない相手にだけひどいあだ名をつけるんじゃ~。大殿様特有の愛情表現じゃて~」

「きゃ~、エモい~」

「何言ってるのかよくわからんけど~、とにかくお主は髪があるうちはそのままにせいな~、兜の中が蒸れるけど~、お主が兜をかぶる必要のない世界をワシが作るでな~」

「すてき~」


 結婚して~。


 ここは城の庭。風呂とは別に火を焚いてお湯を沸かし、それを桶に入れて人が入る。


「そういや五右衛門風呂じゃないんですね~」

「なんじゃ五右衛門風呂とは~?」


 確か五右衛門風呂の名前の由来はあなたが関白の時代に釜茹での刑にした天下の大泥棒石川五右衛門で、じゃあどう考えても五右衛門風呂って名前はまだねえわ、あっはっは~。


「えっと、鉄の釜を火にかけて沸かすタイプで~」

「たいぷがよくわからんけど鉄湯船のことかの~。人が入れる大きさの鉄釜では鉄を使いすぎるの~。持ってくるのも大変じゃし~」

「ああ、そうなんですか~。鉄高いんですね~」

「当たり前じゃろ~」


 でもこの漆塗りの桶もお高いんでしょ~?


 従者がお湯を足してくれる。追い焚きが出来ないから最初少なめに入れてあとから熱々のお湯を少しずつ入れるといい感じらしい。半身浴みたいになる。

 

 ちなみにすっぽんぽんでなく浴衣を着ている。秀吉さんは湯帷子ゆかたびらと言っていた。浴衣を浴の衣と書くのはこのせいだろうか?


 秀吉さんは今度は木の棒の尖ってない方が噛みだした。噛んで噛んで砕いて筆みたいにフサフサになる。そしてそこに塩をつけて歯を磨き出した。へえ~。ワイも真似して噛む。


「みんなこうやって歯を磨いてるんですか~」

「どうじゃろう~。ワシは公家衆がやっておるから真似しておる~。民たちはやっとらんな~」

「庶民はどうやって磨いてるんでしょ~?」

「磨く者は指に塩つけて磨いとるな~。でも塩も米と同じくらいの値段がするでの~。内陸部はその数倍はするし、塩がなければ爪なり指なり細枝なりじゃろうな~」


 秀吉さんは渡された水で口をゆすいで庭にペッと吐く。ここが屋外だからこそ。

 ワイも塩を渡されて磨く。当然しょっぱい。大丈夫か、この時代の人の塩分摂取量。そういや塩分で思い出した。


「あの~、食事のことなんですけど~、いつもああいうメニューなんですか~? メニューっていうか献立ですか~?」

「そうじゃな~、白米が食える分いつもより豪華じゃぞ~」


 え、マジで? もっと豪華なもん食べてるのかと。ここは戦場だから粗食なのかと。逆なんかい。

 食べたすぐ後に風呂に入ってるせいかちょっと勝栗か口の中戻ってきたわ。水圧もかかるし、実際四肢に血が回って内臓に血が回らなくなるから消化にも悪い。


「みんなあんな感じですか~?」

「上級武士はな~。庶民は魚が毎日はつかんじゃろうて」

「なるほど~」

「もっと良いものを食べたいかの~?」

「いえ、そういうわけでは」


「昔、公家衆が天下を治めておったころはな~、貴族たちは豪勢な儀式のために贅沢な食事をしておったそうな~。見せるためだけで食べられはしない料理などもあったそうじゃ~」

「え、残すってことですか?」

「そうじゃ。最初から箸をつけないことを前提として見栄えのために作られた料理じゃて」


 え、なにそれもったいない。


「何のためにです?」

「そりゃ儀式のために。まつりごととは祭りのことじゃし、祭事こそが政治じゃったんじゃ」

「たのしそ~」

「毎日お祭り騒ぎしとるって意味じゃないぞ。あくまで儀式じゃ」

「へえ~」


「しかし武家は違う。祭りより実利じゃ。上の者をのぞけば武士は元をたどるとだいたい農民。質素な食事や生活にも慣れっこじゃ。贅沢を我慢して兵を養ったから武士が世を治めるようになったのじゃ」

「なるほど」


「じゃからワシらも天下を取るまでは贅沢は我慢じゃな~」

「いやこのお風呂もめっちゃ贅沢では~?」

「そうじゃった~。はっはっは~」


 なんか秀吉さんお風呂のせいか機嫌がいい。


「ときに万丸よ。今の状況をどれくらい把握しておる? 何を覚えておる?」

「いえまったく。これから別働隊に参加して、えっとそしてボロボロにやられます」

「は?」


「あ、それはまだです」

「なに、ボロボロにやられる予定なの、お主?」

「いやそうではなく」

「また怒鳴っちゃうよ、ワシ? 湯船で沸騰しちゃうよ、ワシ?」

「いや違うんです。そんな気がしただけです」

「戦う前から負けることを考える馬鹿がおるかよ」


 そうですよ。歴史上負けるってだけで、やってみなきゃわかんないですよ。


 いややめましょう。


「いやワシも負けた時にどうするかお主に言っとるけど。負ける予定で送り出すわけではないぞ」

「夢!そうです、夢。敵に奇襲されて負ける夢を見ました」

「なに? 夢とな。それはまずいな」


 え、何が? 単なる夢ですよ。夢が意外とシリアスに受け取られてうろたえる。


「どこで奇襲された?」

「夢の中です」

「いや夢の中でどこじゃった?」

「わかりません。道すがらです」


 別働隊が襲われて大敗した以外は詳しくまでは知りません。


「夢は未来を映す鏡じゃ。捨て置くわけにはいかんな」


 さっき祭りより実利とか言ってたけど、正夢みたいなのは信じるのね。

 そしてこの話、私にとって他人事じゃない。今のとこ当人事なんだ。


「なので別働隊派遣をやめるってことにはなりませんか?」

「ならんな」

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