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見知らぬ、天井

4114日後に死ぬ秀次


 目を開けたら知らない天井だった。

 体を起こす。知らない部屋。知らない着物っぽい掛け布団。というか着物そのもの。知らない体。ふんどし一丁。


 なにこの体? またちんぽついとるわ。ウケる~。

 

 ふんどしの上から股間を触ってみたがまだ生では見てない。

 いったいここはどこ? またあの夢か現実かわからんやつ? 障子の外の明るさからして夜ではないようだ。


「孫七郎様。お目覚めにてございますか?」


 8畳ほどのこの部屋の外から声がする。


「は、はい」


 この体の持ち主であろう名で呼ばれたので返事をしてみる。


「ごめんつかまつります」


 丁寧な所作で障子を開けて小学校低学年くらいの美少年が入ってきた。小学校ないだろうけど。襖を閉じる所作も丁寧。仲居さんみたい。


「お加減はいかがであらせられますか? 気を失われたと聞いて仰天いたしました」

「え、気を失ってたの?」

「左様にございます。紀伊守様が軍議のあとで話をしていたら気を失われたと」

「あ、ふーん」


 あのあと気を失ってたってことになってるのね、この体。


「しかもご記憶も定かでないと」

「うん、そうなの」


 現実かも定かでないの。


「わたくしのこともお忘れですか」

「うん」


 そもそも知らないの。あなた可愛い顔してるのにもったいないことだけど。もう忘れないからお姉さんに誰なのかか教えて。


「人を、人を呼んでまいります」


 少年は悲しそうな顔を浮かべて部屋を出ていった。

1人残されたわたくしは何をすればよいのかわからないのでとりあえずそこらへんの服を羽織って、服の上からちんぽをいじっておりました。なにこれおもろ~。


 そうしているうちにドタドタと外から足音が聞こえて障子が開く。

 部屋に入ってきたのはボス。筑前殿こと秀吉…さんだった。

 

 さすがに一度出会ってしまうと心の中でも呼び捨てにしづらい。有名芸能人やスポーツ選手を普段は呼び捨てにしてもに生で会ったらさん付けする感じ。


「無事か。万丸よろずまる!」


 よろずまるって誰だよ。また新キャラ出てきちゃったよ。でもワイに向かって話しかけてんだよなあ、この人。


「え、あ、大丈夫です」

「そうか、なら良かった」


 当たったわ。ワイはよろずまるで合ってたわ。前は信吉って呼んでたじゃん。何個名前ついてんだよ。


「昨日の午前に寝込んでもう今は次の日の朝ぞ。心配したぞ」

「え?」


 すげえ長いこと寝てんな。起こさんのか。


「まあよい。今晩から作戦行動に入る。眠る時間も不安定になるゆえ寝れるときにたっぷり寝ておくのがよい」


 なんかもう寝すぎて頭痛いもん。


「では、飯でも食うか」


 先程の少年が食事を部屋に持ってきた。


「あさげを持ってまいりました」


 別の中学生くらいの少年もいて秀吉さんの分も配膳した。


大きい少年「毒見を」

「いやせんでよい」


 どうやらここで一緒に朝飯タイムらしい。一体どんな物を食べるのだろう。


 膳の上にのっているものはなんか普通だった。旅館で出てくるような何品も皿があって小さい鍋に固形燃料があって、少年が懐からチャッカマンを取り出してで火を付けるようなそんな流れではない。


 米と味噌汁と漬物となんかの魚の目刺し2本。たぶんイワシ。チェーン店の朝定食とかこんなんよね。ただ米の量が半端なかった。丼のようなサイズの木のお椀にもりもりと。現代での茶碗にして5杯分くらいはありそう。


 え、これを食べきるの?


「どうした、そんなまじまじと米を見つめて。足りんのか?」

「いえ、大丈夫です」

「ならほれ食え」

「はい」


 少年たちが布団を片している間に秀吉さんと向かい合って食事を取る。いや布団と言ってもタオルケットみたいな布を敷いてるだけだけど。



まずは味噌汁をすすってみる。

 しょっぱい。あんまり旨味はない。味噌のみで出汁は取ってないのかもしれない。具はいっぱい入ってる。


「この味噌汁の具はなんですか?」

秀吉さん「そこらへんに生えてる草」


 ちょっとむせた。そこらへんに生えてる草食えるんだ。そして食うんだ。動物や人間が立ちションしてるかもしれないのに。草生える。


「漬物や干し野菜よりはるかに新鮮であろう」

「たしかに」


 鮮度が落ちれば栄養素減っていきますもんね。

 ちょっと漬物に行ってみる。大根となんかの草。たぶんそこらへんに生えているんだろう。

 しょっぱい。マジしょっぱい。


 昔長野県で漬物をパンで包んだような郷土料理を食べたことがある。おやきと言ったかな。そのときの漬物がべらぼうにしょっぱかった。生地で包んでも抑えきれないほどにあふれ出す塩味。

 

 内陸部で海から離れているのになんで塩味が強いんだと子供心に思った。冬が寒くて流通も悪い地域は冬に備えて多くの保存食が必要で期間も長いので濃い塩漬けになるとのことだった。まあ昔は冷蔵庫ないもんね。


 このしょっぱさを薄めるために米に箸をつける。米は少し茶色がかった白米で現代のと比べるとモチモチ感が少なくてボソボソ、パサパサしていた。甘みも少なめ。でも食べられなくはない。何よりこの漬物を前にしたら塩味を薄められる食べ物は本当にありがたい。米で漬物をかっこめる。


 飲み食いせずにずっと寝てたらしいし、そこそこお腹が減っていたようでもぐもぐ食べる。そういや喉も渇いている。味噌汁で渇きを癒やすのはきつい。


「あ、あの」


 小さい方の少年に声をかける。


「はっ」

「水はどこに行けばもらえる?」

「失礼しました。ただいま持ってまいります」

「え、いや。教えてくれれば自分で」

筑前殿「それは持ってこさせればよかろう。そうじゃ。そなたたち2人もここで食事にいたせ」

大きい方の少年「よろしいのですか?」

「おう。腹が減っておろう。持ってこい」

大きい方の少年「はっ」


 少年2人が出ていって、残されたのは肉体的には男2人、密室。何も起きない。

 気まずいから食事を続けよう。


 本日のメインディッシュ。目刺し。これは現代だってめっちゃしょっぱいから覚悟はしていた。けれど別に問題なかった。塩抜きはしてあるようでまあ普通のイワシ。少し魚臭さはあるけど、別にそんな高級目刺しを食べてきた人生でもないし。刺し身や寿司ほど美味でないのはしかたない。でも今日の食事で脂肪分を感じられるのはこれだけなので貴重に感じる。


「失礼いたします」


 少年たちが帰ってくる。木のお椀に入った水を1人1つずつ両手で持ってきて、小さい方の子が1つワイに差し出す。大きい子の方は秀吉さんのために持ってきたようだ。


「水でございます」

「ありがとう」


 受け取って一気に飲み切る。よほど喉が渇いていたようだ。


「よほど喉が渇いていたのじゃな」


 それワイが言った。ワイが先に心の中で言ったもんね。


「はい」

「申し訳ありません。ついでまいります」


 少年が驚いてもう1杯ついで来ようとするが秀吉さんに止められる。


「いやよい。ワシに持ってきたこっちの1杯をを飲めばよい」

「あ、いやもう。足りました。大丈夫です」


 身体が一度に吸収できる水の量はコップ1杯程度。そんな重ね飲みできない。


「遠慮するでない。ほれ」


 秀吉さんが直接片手で差し出す。この瞬間ピコーンと脳内で感じるものがあった。あ、これ進研ゼミでやったところだ!(やってない)


「ありがとうございます。お心遣い感謝します」


 受け取ってもう1杯もごくごく飲んだ。3杯目が飛んでくると流石にまずいから少し残した。


「いい飲みっぷりじゃ」

 水ですけど。

「水じゃけど」

 それワイが先に思ったからワイの勝ち!

「はい」


 昨日の流れ的に2回勧められたら断らないのが正解なんじゃないかと思った。固辞してまたキレだしたら怖い。


「いま実はやっぱり水は1杯で十分じゃった?」

はい。

「え、いえそんなことは」


 秀吉さんはフッと笑った。バレてるのかもしれない。


「ほれ、そなたたちは自身の飯をもってこい」

「「はっ」」


 少年たちはまた部屋を出ていった。また2人だけになる。


「この戦が終わればな、今の水のようにいくらでも酒を飲ませてやろうぞ」


 いやいいです。飲んだことないし。


「我らが生きておればな」

「……あの、死にうるんですか?」

「当たり前じゃ。戦場におる以上、明日の朝を生きて迎える保証もないわ」

「ですね」

「特にお主じゃ」

「わたし?」

「今晩、出立じゃぞ。中入り隊の第1隊で出陣じゃ」

「はえ~」


 すっごい。


「なんじゃその他人事みたいな反応は」


 いや実際自分が他人なのか本人なのかわかりかねてますし。


「やはり記憶を無くしたという話は本当のようじゃな。なんか話し方も変じゃし」


 あ、やっぱり変なのね、話し方。何々いたしたくそうろう、みたいに語尾にそうろうとか付けたほうがいいのかな。はえ~でそうろう。


「はい。昨日の会議? 軍議?より前の記憶がございません」

「そうか」


 秀吉さんは少し悲しそうな顔を浮かべる。



「それでも9000兵を加える以上お主にも行ってもらわねばならぬ。記憶がないのなら判断は紀伊守殿に頼れ。もともと17のひよっこじゃ。戦場の判断を熟練の者に頼むのは記憶があっても同じこと。今回の作戦でそなたがなすべきもっとも大切なことは1つだけじゃ。何じゃと思う?」



「手柄を上げることですか?」



「生き残ることじゃ。兵士をすべて失うような大敗を喫しても、他のものなら恥じ入って切腹するような場合でも、敵に囲まれて九分九厘討ち取られるような場面でも、部下に切腹を勧められるような状況でも、常に自分の命を最優先し泥水すすってでも家来を犠牲にしてでも必ず生きて帰れ。それがワシからお主に下すの唯一のめいじゃ」



「……わかり…ました」



「他人の前でこれは言ってはならぬぞ。将本人が自分の命を最優先しているなどとは表立って言えぬからな。当然そんな大敗をしてきたらワシはそなたを叱責するし、時によってはなぜ切腹しなかったとまで言うやもしれぬ。だが内心は首になって帰ってくるよりははるかにマシじゃと思っておるだろう。それだけは覚えておいてくれ」



「はい」



 ここで少年たちが自分たちの膳とともに帰ってきた。4人で食事をする。


「お、なんじゃそちたち魚が付いておらんではないか」


 秀吉さんが少年たちの膳を覗いて言う。


少年大「わたくしどもは小姓ですゆえ」

「なんじゃ、料理番もケチくさいのお。ほれワシの魚やる。2匹あるから1匹ずつ取れ」

少年小「そんなもったいのうございます」

少年大「主君を差し置いて自分だけ食べることはできませぬ」

ワイ「あ、わたくしの1本残ってるので1本どうですか?」

「うむ。では全員1本ずつじゃ。これで遠慮はいるまい」

少年大「ご配慮痛み入ります、大殿様。ありがたくちょうだいいたします」


 2回勧められたら断らない。でたよ、このパティーン。頻出問題か。

 少年大が秀吉さんから受け取ったのでワイは少年小に1本あげる。


少年小「かたじけのうございます」


 うん。なに言ってんのかよくわかんねえけどもってけや。

 そのとき気づいたけど少年たちの米は白米じゃなかった。


「それって雑穀米?」

「はい。コメ、ムギ、アワ、ヒエ、マメが入っております」

「え、マジで。五穀米じゃん。良いもん食ってますな」


 主君よりも。秀吉さんも白米じゃん。

 少年は腑に落ちないという表情を浮かべる。


「雑穀ですよ? 白米ではございません」

「あれ、白米の方がいいものなんだっけ?」


 スーパーで売ってる玄米だって白米より高いし、五穀米なんかちょっとしか入ってないのにやたら高いよね。


「はい。一般的には。雑穀の方がよろしかったですか?」

「え、うん。そっち食べてみたい」

「なんじゃ記憶がなくなって好みが変わったか? 戦の間は白米が食べられると喜んでおったろうに」


「あ、えっと。そうですね、はい。あ、そうだ。国を護る米と書いて護国の米と考えたら縁起が良いかなと」

「なるほど。今こじつけた感丸出しじゃがそれは確かに悪くない。よし、ワシも雑穀米にしよう。そっちのよこせ。こっちの白米をやる」


 少年大に向かって秀吉さんが言う。


少年大「もう箸をつけてしまっておりまする。新しいのをお持ちしましょう」

「かまわん。万丸もかまわんな」

「はい」


 私も小さい方の少年と米を交換した。五穀米食べるの久しぶりだなあとワクワクしながら口に運んだ。


ガリッ!


 なんですかこれ? 石のように固い何かを噛んだ。吐き出したらそんまんま石だった。


「え、石入ってるんですけど」

「そりゃ穀物なんだから石は入っとるよ」


 穀物って石入ってるものなんだ。知らんかったわ。


「これ雑穀だから入ってるんですか。白米には入ってないから人気なんですか?」

「いや白米も石は入っとるよ」


 そっか白米も石入ってるか~。たまたま当たらなかっただけかあ。


「どんなにふるいにかけても米粒と同じ大きさの石は残る。高級米ならさらに手間ひまかけて人の目で取り除いてあるやもしれぬ。しかしすべての石を取り去ることはできん」

「へえ~」

「へえ~ってお主の実家も農家ぞ」


 あ、そっかあ。


「忘れてました」

「これは重症かもしれんなあ」

 五穀米は白米よりもっとパサパサ、ボソボソして口の中の水分が吸い取られるようだった。そんなときに米をノドに流し込むのに味噌汁は重宝した。


 籾殻だったり石やゴミが入っていたりで、「ああ、現代の五穀米は高級なものなのだ」と感じられた。完食した。


 そのあと秀吉さんは懐から袋を取り出して開けた。


「勝栗じゃ」


 中に入っていたドライフードみたいなのを全員に配った。片手のひらいっぱいのかちぐり。おそらく乾燥した栗。戦勝祈願の縁起物と聞いたことがある。

 口に入れると固い。とにかく固い。また石かと。なんも味しない。しかし口の中の水分を吸ってだんだんと栗に戻ってくるとじんわりとほんのりと甘くなる。

 あ、これ美味いやつ。飴のような感覚で口の中を転がして味わうおやつのよう。

 

 これが一番おいしかった。

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