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キミの幻影  作者: yuiki
8/12

人生の先に

 その後、俺は1日空けて棋祥さんの元を訪れることにした。


 「全く、取り繕うの大変だったんだからね‼ 全く、キミが棋祥さんの胸ぐらに掴みかかったりするから……」

 

 「初っ端から事実を捏造していくのは止めたほうがいいぞ?」


 相変わらずのノリの桜庭は置いておき、棋祥さんのの元に向かう足がとても重い。

 何故俺はあんな暴走したんだ……


 「ほらほら、ぼさっとしてないで行くよ‼」

 

 「ぼさっとするってなんだよ……」


 

 そうこう言っている内にまた屋敷の前に着いた。


 「…………悠君」

 開口一番、棋祥さんが呼びかけて来た。


 「はいっ、何でしょうか」

 少し声が上ずる。


 「一昨日は済まなかったね。数少ない門下生を少し侮辱されたような気分と……色々あった。少々声を荒げてしまったことを許してくれ」


 「そんな、こちらこそ申し訳ありません。何の考えも無く不躾なことを……」

 

 「無理もない。彼が……歪んだ人間と言うことは私も重々承知している。だが……仮にも門下生であり、私と同じ志を持っていた者だ。まぁ、少し大目に見てほしい」


 「はい……、分かりました」


 「よし、ではこの話はもうお終いだ。とは言ってもこの状態ではまともなことはあまり出来ないな。どうするか……」


 「よし補佐‼ ついに役立つ時が来たようだね‼ 一度桂さんと対局してみたまえ‼」


 「今まで何も役立ってないみたいな言い方だな。てか俺将棋できんぞ?」


 「見よう見まねで‼ よし特別に共闘してやろう‼ 因みに私も将棋経験0だ‼」


 「何も変わんねえじゃねえか‼」


 「も〜、隠さなくても良いんだよ? 精神弱者のキミは私が隣で寄り添ってあげるだけでやる気100倍アン○ンマン‼ になるんだろう? 良いんだよ、遠慮しなくて。私は優しい優しい桜庭さんなんだから……。と言う訳で桂さん‼ 将棋盤と駒ってどこにありますか?」


 俺は愛と勇気が友達とか抜かしてる頭に餡しか詰まってないパンのヒーローじゃねえんだよ。

 あとお前は隣に居るだけで気が散るわ。


 「確か…2階の私の部屋にしまってあるはずだ。場所を案内しよう」

 なんで棋祥さんまで乗り気なんだよ……


 「とりあえずルールと駒の説明からお願いします‼」


 「それは自分で調べろ」


 「お願いします‼」

 どうやら俺の声は桜庭の耳から完全にシャットアウトされている。

 桜庭は自分で調べる気は微塵もないようだった。


 「では始めるか。まずは各駒の名前・動きからだ。これは一番基本の駒、『歩兵』、略して歩と呼ばれる駒だ。1手ごとに1筋だけ進める。また。これには自分の陣地の境界線を示す役割あってだな……」


 続々と棋祥さんの口から将棋の駒、ルール、勝ち負け、定石などが飛び出てくる。

 心なしか、目が少し生き生きしているようにも見えた。

 やはり将棋が打てるということが嬉しいのだろう。


 …………俺にもいつかはこんなに熱中できるものが出来るのか。



 1時間ほど経っただろうか。


 「という訳で、こうすれば金が7二に来て玉が詰む。まあ説明はこのくらいでいいだろう。悠君も分かったかね?」


 ボーっとしていたら長い説明が終わった。

 ヤバい、何も聞いて無かった。


 「………………はい、一応は」

 

 「ほう? 私が見ていた限りだと目が虚空を追っていたようだが…本当は聞いていなかったのではないのか?」

  

 もちろん図星だ。


 「その様子だと図星のようだな。まぁ君は見ながら慣れて行く方がいいだろう。ではそろそろ始めようか」


 何も返せずにいると目の前で着々を将棋の駒が並べられていく。


 「さて、何枚落ちでやるか?私は8枚落ち程が妥当だと思うが」

 まぁプロがそう言うのなら間違いないのだろう。


 「じゃあそれでお願い……「いえいえ‼ この天才桜庭さんの手にかかれば平手で十分‼ 見事打ち負かして見せましょう‼」


 「お前本当何言ってんだよ……」

 

 だがこの発言は意外と棋祥さんにウケたみたいで、

 「ほう……面白い。その挑戦、受けて立とう」

 とまたもや乗り気になっている。


 では俺は棋祥さんの指示で駒を動かすから反対に行こう、ということになった。


 だが……

 「ん?キミは私と共闘するんだよね? そう言ったよね?」


 「いや俺は棋祥さんの駒動かさないと」


 「両方やればいいじゃん‼」


 「俺はルールも何も分かんないんだよ‼」


 「全く、見よう見まねでもやるって言ったのは誰だい?」


 「お前だ」


 「よし。では悠君。先に打ちなさい。先ほどの話は聞いていたのだろう?」

 珍しく棋祥さんは意地悪な顔をしながら言ってきた。


 「勘弁してください。聞いてませんでした。」

 

 「はは、冗談だ。じゃあ桜庭さん。始めようか」


 「よろしくお願いしますっ‼」

 

 「よろしくお願いします」


 こうして2人の戦いは幕を開けた――




 

 15分後。


 「おや。そこに動かすと王の逃げ道が無くなってしまうぞ? 本当にそれでいいのかね? 」


 「んむぅ~~~……あ‼ ちょっと待って下さい‼ ほら、キミもどうしたらいいか考えて‼」


 「いやどう考えても詰んでるだろ。流石に諦めたらどうだ」


 「いいや私は負けていない‼ 諦めなければ必ず道は開ける‼ はず‼」


 「それ言うなら最後まで言い切れよ……」


 「はは、往生際が悪いんじゃないのかね? 負けを認めるというのも1つの手だぞ」

 こう棋祥さんに諭されてようやく……


 「………………参りました」


 と投降した。


 「まあ私は? 投降するという手を打っただけで? 心から屈服しない限り負けにはなりませんから? 実質引き分けと言いますか」


 「ははは、まあ初めてにしては良い打ち筋じゃないか。次は悠君が打つかい?」


 「いや俺は……」

 そう言いかけてふと思った。


 別にただ対局したいなら桜庭にとみっちりやればいい話だ。

 

 でも、まだ俺を取り込もうとしている。


 棋祥さんはまだ将棋が打ちたいんだ。

 色々な人と打ちたいんだ。


 色々な人を試したいんだ。

 

 未練なんて関係無く。

 ただただ将棋を続けたいだけなんだ。


 それこそ、満足するまで。

 

 「……お願いします」


 「うむ‼ それでこそ我が補佐‼」


 「お前は黙ってろ」

 

 そこから俺達2人は毎日棋祥さんのところに入り浸り、将棋の鍛錬をした。


 目的なんて、ない。

 

 ただ、将棋を打つために続けている。



 そして、夏休み終了4日後。


 「お~い‼ こんなもの見つけたよ‼」

 いつになってもうるさい桜庭が差し出すチラシを見た。


 「『ジュニア将棋王決定戦』?」

 

 「という訳で。ちょっと顔出して優勝してきて」


 「はぁぁぁぁぁ‼?」

 こいつはいつも突拍子もないことを言い出す。


 「んな簡単に言うなよ。ちょこっと顔出して優勝できるほど甘くないだろ」


 「でもさ、ほら。優勝できなくても目標ってやつはあった方が良いじゃん‼ そうですよね、桂()()


 「………‼…」

 棋祥さんは突然先生と呼ばれ少し驚いたようだが、ゆっくり微笑んで


 「そうだな。一度そのような場で己の力を試すのもまた一興かもしれない。悠君。ここはひとつ行って自慢の腕前を揮ってきたらどうかね。」


 「いや、俺は……」 


 棋祥さんの瞳が俺の視線を捉える。

 「……行きます。」


 「うむ‼ それでこそ我……「うるさい」

 「ってかこれいつだよ……4日後じゃねえか。目標っつったって準備期間4日しかないんじゃなぁ……」


 「この私が教えているのを忘れてはいないだろうな?」

 突然棋祥さんが声にドスを利かせて呟いた。


 「……もちろんです。分かりました。短い間ですが、ご指導のほどよろしくお願いします」


 「ははは、相変わらずだな。よし、必ず優勝まで導いてやる」


 この人は、たぶん自分の教え子が活躍するのが見たいんだ。

 

 今は、それしか世と関われないから。

 最後の教え子の活躍を見たかったんだ。


 

 そこから、――というかそれまでもなのだがそれまで以上に――将棋漬けの毎日となっていた。


 相変わらず桜庭はうるさいが、それでも全力で応援してくれた。


 そして、大会当日。



 「棋祥さんは来ないんですか?」

 棋祥さんはここに残るから、結果は口頭で伝えてくれと言ったのだ。


 「まぁ、ここからそもそもが動けないからな」


 そして幻影が常に同じ場所にいるのを思い出す。


 「それとも何か? 師匠に活躍を直接見てほしいのかね?」

 冗談交じりに言ったのかも知れない。


 でも。


 「……そうですね。見てほしかったです」


 予想通り、棋祥さんは驚いていた。

 そして満足そうな顔で、

 「……そうか。思う存分、楽しんで来なさい」

 と言い、見送ってくれた。



 

 「おお~っ‼ 会場でっかいねぇ~」


 「頼むからもうちょい静かにしてれ。さっきから目立ってしょうがない」


 「ほうほう、私の美に気付く目の良い人々がいるようだね」


 「何言ってんだよ」

 相変わらずうるさいし口ではそう言ったものの、やはり桜庭の容姿は人の目を引くものがあった。


 「ほら、さっさと行くぞ」


 「やる気満々だねぇ。やっぱり私が隣にいるから……」


 「ああ、お前が隣にいなきゃもっと気楽だっただろうな」


 『大会出場者様は3番口の受付までお越しください』


 アナウンスに従って受付まで行くと、50人ほどの参加者がいるようだった。


 「じゃあいってら‼」


 「おう」


 そうして、俺の挑戦は始まった。



 

 

 ――4時間後――

 

 「いや~凄いね‼ もう決勝戦じゃん‼」


 「そんなことは無い」

 

 「素直になって良いんだよ」


 「本音だ。凄いのは棋祥さんだよ」


 「言われてみれば……」


 「納得すんのか」


 『では決勝戦を始めます決勝進出者は前に出てください』


 「行ってくる」

 

 「決勝戦の相手は化け物みたいに強い女子らしい……‼ 検討をいのるぞ補佐‼」


 「うるせえっつの」


 さて決勝戦の相手は……

 

 「え…………???」


 「ふっふっふ、この私がキミに引けを取ると思うかい? 勝負だ‼」


 決勝戦の座に座っていたのは、さも当然のようにこちらを見ている桜庭だった。


 「お前も出てたのかよ‼」


 「アレ~イワナカッタッケナ~」

 

 「絶対隠してたろ」


 「私も桂さんに教わった弟子だからね‼ さあこの天才桜庭さんを打ち負かしてみよ‼」


 「嘘だろ……」


 そして、俺達の対局は始まった。





 ――1時間後――


 「ひゃー、疲れたねー。長い1日だった‼」


 「ああ、疲れたよ。お前のせいでな。」

 俺達の対局は接戦を極め、お互いが自分の持ち時間を使い切るという事態にまで発展した。


 そしてその苛烈な戦いを制したのは……





 桜庭だった。




 「いやー決勝戦はほんといい勝負だったね‼ まさかキミがあそこまで強くなっているとはねぇ」


 「お前もな。最初は平手でコテンパンだったけど、今なら棋祥さんに4枚落ちくらいで勝てんじゃないか?」


 「いや~そうかもねぇ……まぁ、その役目はキミに譲るよ。何せ、"優勝"を貰っちゃったからねぇ」

 

 「うわウザい」

 物凄く煽るような目と言い方をされたから、桜庭から目を逸らした。


 

 

 「勝ちたかったな……クソっ……」


 「ん? なあに?」

 

 「いや、何でもない」


 俺の呟きは、桜庭には届かずに散って行った。





 「さて、どうだった」

 俺達は直接棋祥さんの元に向かった。

 

 平静を装っているようだが、やはり顔が僅かに強張っていた。


 「……桜庭が優勝、俺は準優勝でした」


 大きく息を吸い、報告した。


 「なんと、桜庭さんも出たのか。そうかそうか、2人揃ってトップじゃないか。上出来も上出来。よくやったな」


 そう褒めてくれた。

 でも。


 俺の望んでいた結果はこうでは無かった。


 子供っぽいかもしれないが、やはり悔しかった。


 「…………」

 棋祥さんは、俺の表情が暗いことに気が付いたのだろう。


 やはり、観察眼が半端ではない。

 

 「……悔しいだろう。勝ちたかったろう。でもいつまでも引きずるな。次に活かせ。バネにしろ。私から言うのはそれだけだ。精進しなさい」


 ありきたりな言葉だった。

 当たり前の言葉だった。



 でも、俺の心にすっぽりと収まった。


 「……桜庭。次は負けんからな」


 「ふははっ‼ いつでもかかって来い‼ 返り討ちにしてくれるわ‼」


 「調子乗んな。今日も超接戦だったろ」


 

 

 「ふっ、私は幸せだな」

 

 「「え?」」

 突然の言葉に疑問が零れる。


 「弟子が、好敵手(ライバル)と競い合い、高め合い、たたえ合い、そして後世に伝えて行く。当たり前のことだ。でも、それがありがたいことだというのは一番良く分かっているつもりだ。私は、礼を言わなければならないな。この数週間、本当に楽しかった。苦労を掛けたな。君達も大変だろうにな」


 何も、お礼を言われるようなことはしていない。


 そう思っているのは、俺だけなのだろうか。


 当たり前のありがたみが分かっている棋祥さんは、俺達のどこにありがたみを感じたのだろうか。



 それが分からない俺は、当たり前に慣れ過ぎているのかも知れない。


 「人生最後の1局は、結局何も変わらず卑楊との対局のままだ。でも、ここで。人生が終わってから、人生の先で、最高の将棋を打つことが出来た。私はもうこの世に思い残していることは無い。苦労を掛けたな。君達も大変だろうに」


 2回言われたが、俺達は棋祥さんほど大変な目には遭っていない。

 

 そう思っていた。


 「私はこの世を発つ。今までの感謝はしてもし切れない。それでは、来世でまた会おう。」


 そう言い残し、棋祥さんは光に包まれ消えて行った。



 「……終わったね」

 「……終わったな」


 何も変わり映えのない会話だった。


 この後、事態が大きく転換することになるとは知らずに。

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