美徳(3)
次の日の学校では藤枝SCのメンバーが私と一稀の周りに集まってきた。みんな思い思いに昨日の試合のことを話しているようだった。昨日も話したようなことを繰り返しているので、私はそんなに褒めることでもないのにと思いつつも嬉しかった。もっと褒められようとみんなの前で昨日の得点シーンを再現しても見せた。一稀はというと照れる気持ちを隠そうともせず満面の笑みを浮かべていた。しばらく経って担任の先生が教室に来た。なんの騒ぎかと思ったらしく、私と一稀のもとに寄ってきた。
「なにかあったのか。」
私が答えようとする代わりに、藤枝SCのメンバーの1人が
「昨日の試合で遥希と一稀がすげえ活躍したんだよ!先生。」
と答えてくれたので私は照れくさそうに頭をかいた。
「そうか、遥希は一稀とおなじチームに入ったんだな!先生にも昨日の話聞かせてくれないか。」
ここからは私が答える。
「昨日オレと一稀が3点も決めたんだ!敵はオレたちの攻撃を守れないで独壇場だったんだ!」
「独壇場なんて難しい言葉を知ってるな。一稀は知ってたけど遥希もサッカー上手かったなんて知らなかった。でも敵って言い方はダメだぞ。相手がいるから試合が成り立つんだからな。」
先生はそこまで言い切ると朝の会を始めるために教室の前黒板に移動した。点呼を行い今日も欠席が居ないことを先生は嬉しそうにしていた。朝の会が終わると昨日の試合の話は終わっていて、昨日のバラエティ番組などの話になっていた。私もテレビを見ることは好きで、みんなの輪に入って喋っていた。なにもサッカーだけが私の価値では無いのだと会話を通して安心する。チャイムがなり、授業が始まる。今日の1時間目は道徳の授業だ。起立礼着席、それぞれを学級委員長の号令に合わせて行った。
「今日の道徳の授業ではみんなに考えてもらいたいことがあります。」
先生はそう言いながらなにか大きな紙と文字の書かれたマグネットを取りだした。先生が紙を黒板に貼ったタイミングで、それにおばあちゃんが描かれていることに気づいた。先生はその紙を指さしながら熱心に授業を続けた。
「おばあちゃんが重そうな荷物を持っているね、これはどうしてあげるのがいいかな。今から紙を配るからみんな自由に考えを書いてね。とりあえず5分取るから何か書いてみて。」
私は配られたプリントに《何もしない。おばあちゃん以外の困ってる人全員の荷物は持てないからおばあちゃんも助けない。》と書いた。5分が経つと先生はまた話し始めた。
「いま見て回ってたら結構書けてない子もいるみたいだね。じゃあおばあちゃんじゃなくて、これがみんなだったらどうかな。みんな重い荷物持ってたら助けて欲しいよね。おばあちゃんもそういう気持ちなんじゃないかな。どう思う遥希くん。」
急に自分の名前が出たことにびっくりした。先生は私の回答も回りながら見てるわけで、今の話と違うことを書いた自分を晒し者にしたいのだと思った。私は恥ずかしくて
「オレもそう思います。」
と言葉を返した。また5分取るので今のことを聞いて意見が変わっても変わらなくても下の欄に書いて欲しい。ということを先生が言っていたようだが聞いていなかった。しばらく無言の時間が続いたので、周りの席の子に、
「今何するの。」
と尋ねた。そこで先程の先生の言葉を聞いた時と同じ状態になった。意見が変わるわけもない私は下の欄にも上の欄と一語一句おなじ文を書いた。みんなの前で晒された意趣返しのつもりだったかもしれないが、ただ嘘を付けなかっただけかもしれない。先生はプリントを回収して、何やら社会を生きるには協力が必要。ということを説いていた。黒板に勢いよく貼られたマグネットには協力、や助け合い、などの単語が書かれていた。あのマグネットはここで使うのか。と私は思った。昼放課になるとまたサッカーをした。昨日の熱がサッカーをすることで再燃したらしく、みんな元気に走り回っていた。そんな中自分だけは熱くなりきれずにいた。昨日のことを褒められてスカしていたのだが、昨日のことを引きづっているという意味では私も同じことだった。帰りの会の時間になり、保護者用のプリントや授業プリントが返ってくる。そこには道徳のプリントがあった。私のプリントには、緑色で文字が書いてあった。
《おばあちゃんを助けないというのはどういうことなんだろう。と思ったけど、多くの人を考えての行動だったんだね。でも少しちがうかな〜。おばあちゃんは助けられなかったらどう思うかな。重いにもつを運んでつらくないかな。そんな時にはるきくんが助けてあげたらおばあちゃんすごいよろこぶと思うな。それに助けた方がかっこいいよ!!!》
全てを読んだ私は酷く落ち込んだ。私が正しいと思ってするであろう行いはどうやら世間からしたらはみ出しもの扱いをされているらしい。私には道徳というものがないのかもしれない。将来は犯罪をしてしまうのかも。そんなことばかりを考えてしまった。学校が終わるとサッカーをしに公園へ向かった。1人で自主練をするためだ。まずは柔軟をした。怪我をすると結果的に練習時間が減ることは過去数回の経験により学習済みだ。ゆっくり深呼吸をしながら体をほぐしていると、遠くに見知らぬおばあちゃんが乳母車のようなものを押しているのが見えた。助けに行こうか迷ったが遠くなのでやめた。柔軟が終わると、少し気がかりだったのか先程のおばあちゃんがいた方向を眺めていた。どうやらおばあちゃんは1人で歩けるようだし、さほど困っていないようだった。それを見て私は助ける気もなかったくせに安心した。助けなかった私を正当化する理由を探していたのかもしれない。柔軟が終わると、さっそくサッカーボールを使った練習を始めた。1人でできる練習は限られているので1時間ほどしか練習はしなかったが、十分だった。家への帰り道横断歩道で車が止まるのを待っていると空気が歪んでいるのを発見した。私にとってはそれが常識では測りえないものでとても興奮した。家に着くなりすぐに空気の歪みを母に話した。どうやらあの歪みは陽炎というらしい。