美徳(1)
道徳という言葉が嫌いだ。世間の常識を美徳とし、その道からはみ出たものを道徳のない人間として切り捨てるような言葉だと感じていた。小学生の頃までは道徳の授業を受け、そこに正解を求めようとしていた。私なりに人を気遣う考えが、先生には
『少し違うかな〜。』
と一蹴される。違わない。とは何かを考える。私がその時から変わったことといえば、多少の知識をつけたことと、道徳の授業が無くなったことくらいだろう。
目覚ましの音に不快感を感じて、止める。私は少し気分の悪い顔をして起き上がる。ベットをおりてコーヒーメーカーを操作する。マグカップにコーヒーが注がれている間に、私はパソコンを起動し、昨日までに進めていた仕事のファイルを開こうとする。いつも通りの行動に体は無意識で応じていた。視界の端にいつもでは見ないものが見えた。それは母からのメールだった。
《遥希、名古屋での仕事には慣れましたか?最近は新型の感染症が流行っているけど体調には気をつけてね。先日お米を送ったので、届いたら連絡してくれると嬉しいです。そういえば、先日遥希の中学校の友達の一稀君のお母さんとあいました。彼はプロのサッカー選手になってるみたいで凄いよね。お母さん同士で話してたけど、いまでも一稀君とは連絡を取り合ってるの?》
メールを開くとこのような事が書いてあった。どうやらイツキは漢字で一稀と書くらしい。母には悪気があった訳では無いだろうが、私は一稀との差を提示されている気になった。虚しくも勝手な被害妄想だと分かっているが、心は意識とは関係なく傷ついていた。
一稀とは、中学時代の友達と母は言っていたが、実は小学生の頃の方が仲は良かった。彼とは小学校も通っていたサッカースクールも同じでそれなりに仲は良かったし、昼放課の20分間は必ず私と一稀を中心に2チームを作りサッカーをしていた。そんなことを考えていると、『何のためにサッカーをしてるの?プロにもなれないのに。』と誰かに言われた記憶が蘇る。一稀は私の蓋をした記憶の中の登場人物で中から蓋を開けようとしているのだと、私は思ったがもう遅い。目覚ましの音が聞こえた気がした。