第二話 魔法と武術
家族から魔法のことについて相談し、無事に教えてもらえるよになった。
これからは余裕があれば母さんから魔法を教えてもらう事になる。
今日も布団の上で母さんの講義が始まる。
「いい?魔法っていうのは目に見えないけれど、凄い強い力を持っているの」
母さんは子供にも分かりやすく話してくれる。正直詳しく聞きたいが子供っぽさを演じる為にもぐっと堪える。
「中には空や海、大地を割ったりすることも出来るのよ」
「ほんとうに?!」
「え・・・ええ、そうよ」
魔法に関してはぐいぐい行く方向で決めてある。
「母さんにも出来るの?」
母さんが出来るならここの世界の魔法は一般市民が土地や天候を変える恐ろしい世界になってしまう。
「・・・ふふふ、流石に出来ないわ。でも、英雄譚ではそう言った話もあるし、魔導国の学長や魔術師ギルドの凄い人なら出来るかも知れないわね」
魔導国に魔術師ギルド。絶対に大きくなったら寄りたい。なんて心躍る単語なんだ。
「リベルももしかしたら使えるようになるかも知れないわよ」
「僕、がんばる!」
「母さんも頑張るわ」
母さんが優しく頭を撫でてくれる。
「まずは魔法の源になる魔力を手足みたいに使えるようになるところからね。感じるのはもう出来てるから後はリベル自身が動かせるようになることかな」
「感じる・・・?」
俺が疑問符を浮かべていると母さんが答えてくれた。
「うん、ほら髪の毛をぴょんぴょんさせてたの覚えてる?先読み出来たのは魔力の動きが読めたからなの。だからあの感覚をリベル自身でイメージして動かしてみて」
「・・・」
感じたのは分かるけどあれを動かす?俺自身にもあるという事か。ならまずは俺自身の魔力を感じるところからだな。
「ちょっと難しかったかな」
俺は目を瞑って集中する。母さんのときに流れたあれをイメージして意図的に感覚を探る。
「・・・・・・」
ダメだ。何も感じない。なら、無理やり作る。感覚を想像し、体の上を這っていると思い込む。
「う、ん」
体の左腕から剥がれたように新しい感覚、魔力の感覚を得る。後は簡単だった。俺はそのまま広げるようにして全身からその魔力を感じることが出来るようになった。
「出来た」
「本当に?」
俺は全身を迸る魔力に充実感を感じる。まるで見えずに重さのない服を着ているかのようだ。ただ少し胸が苦しく感じた。
これが俺の魔力。流れていく魔力に俺はしばらくの間、感触を楽しみながら魔力を意図的に動かして遊んだ。
一通り楽しんだ後に世界の音が戻ってきて現実に戻った感覚に陥る。
「ご、ごめん、母さん。多分できてると思う」
母さんを長いこと放置してしまっていたので、謝りながら顔を見る。
「ええ、大丈夫よ。では少し、私も触らせてもらっていい?」
「うん」
俺は頷き、右手を差し出す。
母さんは俺の右手を両手で掴む。
俺は握られた手に向かって魔力を集中させる。
「・・・ありがとう、さすがは私の子ね」
そう言って母さんは俺の頭を撫でられた俺は少し照れながら御礼の言葉を返した。
「最初でこれだけ動かせたら後はそれをどんどん濃く、分厚くしていきましょう。それが出来れば物とかにも触れるわ」
「そうなの?やる気出てきた!」
「ふふふ、頑張りましょう」
母さんがまた頭を撫でてきた。
いやー楽しみだ。落としたコップを止めたり、指で円を描くとスプーンが動いたりとか地味だけど出来たら面白いだろうな。早く習得したい。
「リベルはどうやって感覚を覚えたの?」
「うーん、母さんの魔力をイメージしたらそれが広がっていった・・・感じかな?」
「なるほどね。・・・それなら私がリベルの魔力より上に私の魔力を流すからそれを真似る感じでやってみようかな」
母さんが思案しながら今後の方針を出す。
あれ?こういうのって練習方法決まってたりとかするのかと思ったけど、その場で色々試す感じなのかな。
「リベル、ちょっとお手々貸して」
「はい」
俺は右手を母さんに出すと母さんは俺の右手を両手で覆った。
そしてすぐに凄い勢いで母さんの魔力が俺の魔力の上に流れ込んできた。
「うわっ」
「母さんの魔力をイメージしてみて」
急なスピードで流れ込んだ魔力に驚くが、母さんからの指示に俺がやるべきことを思い出す。
俺は黙って集中し、母さんの魔力を追いかけイメージする。
だが、凄まじい勢いにどれだけがんばっても追いつけず、むしろ蓋をされているような気分になる。
「か・・・」
「・・・・・・」
母さんに事情を説明しようとしたが、母さんは既に集中して自分の世界に入っているのか目を瞑っている。
この間にも母さんから流れ込んでくる魔力の勢いに衰えは無かった。
母さんだって何が正しいのか分からないんだ。それでも俺のために考えて方法を提示し、集中して取り組んでいるのに俺が先に諦めてどうする。
俺は口を閉じて改めて集中し、母さんの期待に応えようと魔力を追いかけ続ける。
母子共に日の入る寝室で静かに手を握り合い、時間が流れていった。
夜になると父さんが帰ってきた。
いつも仕事帰りの父は土やら木くずやら酷い汚れだ。帰ってすぐに浴室へと向かう。
その間に母さんと二人で食事の準備を始める。と言っても俺は食器を並べたり、机を拭いたりと簡単なことだ。
正直、俺がいなくても母さんの魔法で皿とかは手で動かさなくても良いのだが、何もせずに椅子で座って待つのも居心地が悪いので手伝うようにしている。
そういえば母さんが魔力を濃く分厚くすれば物にも触れるって言ってたな。
俺は思いつきで皿を握る手の力を弱め、皿の下を支えるように魔力を流し込んで見る。
「くっ・・・」
皿を支えてる魔力の感覚はあるが、手を離したら皿が落ちるのは何となく分かる。まだまだ中身が伴っていないのだろう。
それでも俺は諦めずに運ぶ食器類を持つたびに全てで魔力を流し続けた。
準備が全て終わる頃には父さんが水浴びを終えて、食卓へと戻ってきた。
「いつも悪いな」
「いえ、当然のことですから」
一言だけ言葉を交わした後は特に喋ることもなく、静かな食事が始まる。
いつもなら食べ終わるまで誰も喋らないが今日は違った。
「・・・リベル、魔法の調子はどうだ?」
「母さんに教えてもらって魔力を動かせるようになったよ。ね?母さん」
「はい」
「そうか。流石だな」
少しだけ食卓の空気が柔らかくなった気がした。
何となく話しやすくなった空気のついでに俺は気になっていたことを話す。
「父さんは魔法を使わないの?」
「リベル!」
いつも家事をするのは母さんで父さんが魔法を使っているの見たことが無かった。だから、気になって聞いたのだが、母さんから初めて怒気の籠もった声をかけられ、俺は触れてはいけない話題だったと自覚する。
「・・・良いんだ母さん。気にするな」
少し怯えた俺と怒った母さんの間に立ったのは本人である父さんだった。
「リベル。父さんは魔法が使えないんだ」
「・・・・・・」
簡単に返事をしてはいけない気がして俺は黙って待った。
「確かに魔法が使えるといろいろなことが出来る。それは凄いことだし誇っても良い。これからもリベルには魔法を頑張って欲しい。だがな、だからといって魔法を使えない人を見下したりするようなことは絶対するな」
「・・・・・・」
「魔法ができようが出来なかろうが同じ人だ、そこに人の上下は存在しない。それに俺はリベルが人を差別するような人間になって欲しくないんだ」
父さんの食卓に置かれた右手が強く握られる。
「・・・ふう、難しい話でわるいな」
「い、いえ、ありがとうございます」
父さんがこんなにも喋ったのを初めて見た。それだけ大事なことなんだろう。人を差別しない。それは地球でもよく言われていたが、この世界でも同じ様に説かれているのかも知れない。
俺は元々見かけとかで差別するつもりは無かったが、この世界では魔法が存在することで能力でも差別があるのだろう。くだらないな。
「うむ、肝に銘じておけ。・・・そうだな、せっかくだから魔法が使えないからと言って劣っているわけじゃないっていうのを見せてやるか」
「旦那様、体に障りますよ」
父さんの話を聞いて何かあるのかと好奇心が湧き立つが、母さんが止めに入る。
「なに、これも親の努めだ」
「出過ぎた申し出でした」
それでも母さんは父さんの一言で引いた。何故母さんはここまで父さんを立てるのだろうか。俺にとっては今回ばかりは嬉しい対応だが、少し気になる。
それでも安易な一言でこんな空気になってしまったので、俺は黙ってことの成り行きを待つ。
「ではリベル、飯を食べたら外へ行くぞ」
「はい!」
俺は食事が終わった後に斧を持った父さんに連れられて外へと出る。
夜に外へ出るのも初めてだし、父さんと二人っきりというのも初めてな気がする。俺は妙に緊張した。
「・・・綺麗」
父さんの背中を追いかけるように歩きながら空を見上げると、満天の星空が輝いていた。
地球の夜空を見上げてもここまで切れに星々が見れることは無かっただだろう。
そういえば、初めて外に出たときも似たような事を口ずさんだ気がする。ここはなんて綺麗な場所なんだ。そんなに長いこといるわけでも無いのに不思議と気分が落ち着いた。
「ここが好きか?」
「はい、大好きです」
「そうか・・・俺もだ」
星々が照らす夜道を新鮮な気持ちで歩いた。
しばらく道を歩いて行くと、木々が見えてきた。
木から伸びる枝葉によって光を通さない暗闇となっており、妙に恐怖を煽り立てられる。
「よし、ここら辺で良いだろう」
木々の中に入る手前で父さんの足が止まる。
「良いか、これから一度だけ武術を見せる。目に焼き付けておけ」
「はい!」
父さんが背中に背負っていた斧を両手に持ち、上半身を右にひねり、鍛え上げられた両腕が膨れ上がる。その状態で一度止まり、一瞬の静粛が流れ、夜風が木々を揺らす。
風が吹き止み、木々から音が消えたその瞬間に父さんが動いた。
「武術、開闢!うおりゃああああああああああ!!!!」
父さんの咆哮と共に斧が横に振り払われた。
それに合わせて眼の前の木々が全て横に切り払われる。
少し背の高い草花も、大きな木も等しく全て特定の高さから上を切り分けられ横へ倒れていく。
視界全ての植物が一度宙に浮き、轟音と共に倒れ、砂埃と木の葉を散らす。
最後に残ったのはぐちゃぐちゃになった木々と、それを照らす星々の光だった。
「す、すげえ」
俺は空いた口が塞がらず、ただ呆然とその光景を目に焼き付ける。
「ふうー・・・。魔法が使えなくとも手段はある。まあちと使い勝手は悪いがな。がはははは」
道中の涼しけな見た目と打って変わり、汗で全身を濡らしながら父は笑う。
こっちは笑っていられる状況じゃない。何だこれは。これが魔法じゃないって言うなら地球でもこれが出来るという事になってしまう。
でもどんな達人でもこんな視界の距離三十メートル程の木々を一撃で薙ぎ倒す人間などテレビでも見たことが無い。
それにこれだけの物があれば魔法が使えないなんて本当に些細な問題だ。
俺は額の汗を拭う父さんに顔を向ける。
「うむ。今日は特別だからな。聞きたいことがあれば答えてやるぞ」
父さんが歩いて切った木の切り株に腰をかける。
「これは本当に魔法ではないんですか?」
「お前まで畏まった言い方をしなくて良い。そうだ。これは武術だ」
「うん、分かった。それで、武術ってなに?」
俺が知っているのは合気道とか空手とかだ。少なくともこんな武術は知らない。
「その名の通り武の術だ。正直、俺も詳しく知っているわけじゃあ無いが、技を極め、更に極地へ至ると技は術へと昇華する。汝、技を極め友を切れ。俺は好かんが有名な武術の使い手が残した言葉だ。俺のこれもあることをきっかけで突然出来たものだ」
父さんは昔を思い出しているのか顎に手を当て思い出しながら語ってくれた。
「そのきっかけが来た時に体が教えてくれる。どうすれば、どういう結果を生むのかをな。だからもし体が反応したときは素直に従え。常識など捨てて、本能に身を任せ今までの自分を信じろ。魔法以外にも目に見えない不思議な力が存在する」
「・・・・・・」
俺は一語一句聞き漏らさないように耳へ意識を傾ける。メモ帳が欲しい。
「まあ、何だ。要するに日頃の鍛錬を疎かにせず、まっすぐ生きれば困難な状況も切り開ける力を神様が下さるっていう事だ。分かったか?ちょっと難しかったかも知れんが俺はそこまで気遣いが出来ん」
「ううん。ちゃんと聞けた。ありがとう」
「がははははは、それは良かった。俺はあまり面倒を見てやれんからな。大事なところだけでも覚えていけ」
「面倒なんてとんでもない!父さんが朝から晩まで働いているの知ってるから。いつかちゃんと親孝行させてね」
「今からそんな事を考えてどうする。リベルは本当に頭は良いが、俺たちに気を使いすぎだ。もっと甘えろ。母さんも寂しがってたぞ」
父さんの一言で心臓に釘を打たれた気分になる。
さすがは両親。鋭い。
「うーん、分かった」
「お、おう。まあ程々にな。何かお前の要望は難易度高そうで勧めておいて何だが・・・あれだ、ちょっと怖いな」
「そ、そんなことないよ!」
確かにちょっと脳裏でどこまで武術を使えるのか限界まで試してほしいっていう要望はよぎったけど流石に口には出さないよ。
「よし、それじゃあ帰るか。俺も明日が早いし、リベルも若いときから夜更かしをするものじゃあない」
「はい!」
父さんはそう言って切り株から立ち上がり斧を片手で握った。
筋肉隆々の父さんはそれだけで巨人に見えたが、そこで俺はもっと仲良くなりたいと思い、まず最初に甘えてみることにした。
「父さん、おんぶ!」
「お?良いぞ!」
俺はかがんだ父さんの背中をよじ登り太い首に手を回す。
父さんが立ち上がると別世界のように世界が広がって見えた。
「父さんの武術は本当にかっこよかった。母さん以外の人にも言って良い?」
「ああ、構わん」
何だか、寡黙で巨人な父さんが怖かったけど、今日の一件で何だか仲良くなれそうな気がした。