騎士団長の息子
地方増税という馬鹿げた命令を撥ね退け独立したスタンデール公国は半年後、元祖国に侵攻を開始した。
もっとも、果たして侵攻と言っていいのか些か分からない状態ではある。既に王国の国庫は底を尽いている。貴族の殆どがこちら側だ。王都までの道行にあっさりと通行許可が出る程なのだから、戦場になるのは王都だけだろう。
「アレックス、ちょっといいか?」
「どうしたんだ?ヴィクター」
「少し聞きたいことがある。その……」
「何だ?」
「王国の……いや、この場合王都と言うべきか……。王都とリベルタ共和国との交易通路で盗賊団による被害が出ているらしい。そのせいで王都は物資不足で暴動が起こっているという情報が入っている。これはアレックス、君の仕業か?」
「神に誓って言っておくが、私は何もしていない」
「アレックスはだろ?……伯爵家はその恨んでいるのか……」
「私は恨んではいないな。何しろ、生まれる前の出来事だ。だが、当時の一族の無念や憎しみは理解している。幼い頃から、一族の悲劇を聞かされてきた。だからと言って復讐を考えた事は無い。私はコムーネ王国のベデヴィア伯爵家の跡取りだったからな。バートンなら簡単に私を復讐者に仕立て上げれただろう。だけど、それをしなかった。バートンは私に復讐心を植え付けるような事はしなかった。次期伯爵家の当主として大切に育ててくれた。感謝している。バートンが居なければベデヴィア伯爵家は立ち行かなかった筈だ。バートンはベデヴィア伯爵家の恩人でもある」
「……その恩人に言われたら……その……」
「バートンは何も言っていない。だが、バートンとコムーネ王国、どちらの味方をするかなど考えるまでもない」
「アレックス!!」
「冗談だ」
「冗談に聞こえないぞ!」
「そもそもこれは上の指示だ」
「上……?」
「ああ。言っとくがアテナじゃないぞ。その更に上だ」
暗に帝国の存在を匂わすとヴィクターはもう何も言わなかった。察したのだろう。自分にどうこうできる問題ではない事も理解したはずだ。ヴィクターは優しい。王都にいた母君の死も知らされていると言うのに。王都に最後まで残っていたために王によって公開処刑された貴族の内の一人がヴィクターの母君だ。王都民は喝采をあげたという。そんな王都の連中にすら情けをかけられるのだからな。私には無理だ。
途中、帝国軍と合流した。
コムーネ王国は帝国の属国。
地域によって帝国軍の軍事基地がある。謂わば治外法権の地域だ。そこを経由すれば、帝国人は王国を自由に行き来できる。早い話が誰であれ帝国の許可さえあれば出入国できるのだ。
たとえ、それが極悪な犯罪者であろうとも。
帝国軍がこれから何を行おうとしているか分かっていながら止めもせずにいる私は王国の裏切り者だろう。だが、先に裏切ったのは奴らだ。ヴィクターにはああ言ったが、私も彼らを恨んでいたようだ。
王都ではまともな戦闘は行われなかった。
まあ、食うにも困る状況だ。王家の私兵も満足に給料をもらえず離反するものが後を絶たないと聞いていたのだから当然だろう。辛うじて戦いに参加したものは素人同然だった。ただでさえ、数で勝る我々に勝てるはずもない。刀の錆になるだけであった。
王宮にたどり着いた我々は、そのまま王宮を制圧していく。王宮内にいた者は全員捕縛し牢獄へ入れた。王宮にはためいていた国旗は燃やし尽くしておいた。これは我々がここを攻め落としたという宣言である。この国の紋章の入った旗を残しておくと、後々問題になりかねない。我々の存在を示すためには必要な措置であった。その後に帝国旗が掲げられた。王都民に見せつけるためである。これで、王国の旗を掲げるものが現れた場合は、そいつらは帝国の敵となる。これは宗主国の意思表示とも言えるものだ。独立したばかりのスタンデール公国では納得しない王都民も帝国ならば従うしかないのだ。もっとも、そんなことをする奴などいないとは思うのだが……念のためだ。用心するに越したことはないからね。こうして、王国との戦いが終わった。この戦いでの被害は皆無である。ほぼ一方的に勝ったと言えるものだった。
元凶の国王夫妻とその側近は逃げられないように他の者とは別の場所に幽閉した。




