国王1
王妃が辺境の地に旅立ってから数週間。
王宮は静かだ。
執務室に来る人の数が極端に減った。
「王妃殿下が戻り次第、我々も業務を再開させて頂きます」
文官だけではない。
王妃付きの女官や侍従も同じような事を言って王宮を去った。
王妃の地方公務は思っていた以上に長引く可能性があると大臣から聞かされた。
「王子の死という悲劇があったのです。それを補うためにも王妃殿下の地方巡礼は必要不可欠なのです」
そう言った大臣達も王宮に来なくなった。
現在、王宮には最低限の人数しかいない。
こうなった今、嫌でも理解出来た。
この王宮の「真の主人」は王妃であった事を。
何時も側妃の寝室で眠っていた。
王妃の寝室で朝を迎えた事はない。
その前に王妃の寝室に入った事さえなかった。
王妃の部屋の扉のドアに手をかける。
ガチャガチャ。
鍵がかかっている。
鍵をかけたのは王妃付きの女官だった。
「王妃の部屋に鍵をかけるのか? 何故だ?」
「王妃の留守中に躾のなっていない猫が入り込まないとも限りませんので」
「猫? 王妃は猫など飼っていないだろう?」
「はい、王妃殿下以外が飼っている猫でございます。餌をくれる主人にのみ懐いている野良猫風情ですから色々な処で粗相をなさって王宮の者は大多数が迷惑を被っているのです」
「野良猫……」
「はい。野良猫は子猫を亡くしたばかりですから普段よりも気が立っております。なので、陛下も頭を撫でる時はお気を付けください」
……と、私には理解できない事を言っていた。
きっと王宮に迷い込んできた野良猫が居ついたんだろう事は分かった。勝手に居ついた野良猫が子猫を産んだから王宮の者が始末しようとしたんだろう。まったく、親猫も一緒に葬ってしまえば良かったものを。情でも移ったのか?
こっちは、野良猫よりも側妃の癇癪が酷くて困っている。
エドワードが死んでから暫くすると、王妃にして欲しいと言い出した。「王妃には出来ない」と言っても聴き入れてくれない。「エドワードが死んだ責任を取って私を王妃にして!」と喚き始めた。
最近では王妃の部屋に侵入しようとする始末だ。
女官が鍵をかけてくれて助かった。
ここは一刻も早く王妃が戻って来る事を願うしかなかった。
「……ちち…うえ」
側妃を宥めるのに神経を使い過ぎたせいか息子の声が聞こえた気がした。
「父上……」
幻聴だ。
ガンッ!!!




